12章 デビルの襲撃
毎日、平和で幸せな日々が過ぎていく。
そんな時、フォントと出かけていたアイルにエリーンが助けを求める声が聞こえた。
12章 デビルの襲撃
翌日から畑仕事を始めた。
アイルはトムが亡くなってからしばらくの間、こういう農家を転々として畑仕事を手伝っていたので慣れたものだ。
しかし思った通りエリーンは初めてのようで、バナに教えてもらっている。
なんともヘッピリ腰で、四苦八苦している模様。
あっ! こけた。
「可愛い妹が心配なのはわかるが、仕事しろよ」
「·········」
カミルが後ろから声をかけてきた。
また気付かぬうちに手を止めて、エリーンに見入っていたようだ。 慌てて作業に戻る。
「傭兵さんが畑仕事なんてできるのか?」
カミルはちょっと嫌みっぽくいう。
アイルは作業の手を速めた。 エリーンの分まで働く必要があると思ったからだ。
「えっ?······お···おい······」
カミルはアイルの早くて正確な作業に驚きながら見入ってしまう。
「人間技じゃないだろ······」
スピードもさることながら、刈り取った作物を軽々と手で運んで行く。
「に···荷車は使わないのかよ······」
あっという間に5人分の仕事はこなしてしまった。
◇
夜、部屋に戻るとエリーンは興奮ぎみだ。
「ダコンとニネンって、土の中にできているのですね! 私、知りませんでした。 ダコンは大きすぎて抜けなかったのですが、ニネンを抜くのは······上手だとバナさんに褒められたんですよ。 取れたてのニネンを少し頂いたのですが、とれたてが···あんなにおいしいとは···思いませんでした······明日は······エダビーンの···取り方を············」
話が途切れたので振り返ってみると、昨日と同じ姿で眠っていた。
アイルはまた抱えて寝かせ、そっと布団をかけてあげる。
ふと見ると手がマメだらけになっていたので、アイルはそっと薬草を塗ってあげた。
◇
窓辺の椅子に座り外を見ていると、遠くの方の夜空をデビルが横切っていくのが見えた。
デビルをこんなに多く見るようになったのは5年前からだ。 ゴルドの中にいる奴が覚醒したのも5年前だ。 奴に何か関係あるのではないかと思える。
しかし、自分の中にもいる。 自分の力も同じく5年前に現れた。
ゴルドではなく、自分のせいだったら······
ただ、エリーンに会ってからは自分の中にいる奴の存在を感じることがなくなった。 力は前以上にみなぎるから確かにいるのだが、完全に抑え込めている。
以前は油断すると出てこようとするのを意志の力で抑え込んでいたのだが、今では素のままでいても出てこようとする事はなくなった。
もしかして、エリーンの力? いや、彼女にそんな力があるとは思えない。 しかし彼女に出会ってから心が安定しているのがわかる。
このまま消えてくれればいいのに······
◇
昨夜の事を考えながら仕事をしていた。 いつの間にかまたエリーンを見つめていたようだ。 アイルが自分を見ていることに気付いたエリーンが手を振ってきた。
「·········」
慌てて作業を再開する。
今日はそんなことが何度かあった。
ヤバい······気を引き締めなければ!······
夜、部屋に戻るとエリーンは昨日と同じように仕事の説明しようとするので、先に制した。
「もう寝ろ。 兄のいう事は聞くもんだろ?」
そう言って布団をめくると、素直に布団に入った。
「はい。 お兄さま」
ニッコリと笑って目を閉じた。
やっぱり可愛いすぎる。
心臓が高鳴り、エリーンに聞こえてしまうのではないかと慌てて窓際の椅子に座る。
エリーンが眠りについたのを確認してから、またマメができた手に薬草を塗ってあげた。
一ヶ月近くが過ぎた。
あいかわらずカミルはエリーンを「リンちゃん、リンちゃん」と言って、ちょっかいをかけてくるが、エリーンは、愛想笑いはするが相手にしていなさそうなので、気にしないことにした。
今、フォントと2人で、タネモミと食糧や雑貨を町で買ってきた帰りの馬車の上で揺られている。
初めてフォントとゆっくりと話しをした。
フォントはやはり元傭兵らしい。 足を負傷して休業中にエマと出会い、傭兵家業をスッパリやめて、今の農場を始めたということだ。
驚いたことにホグスとマルケスの事を知っていた。
「ホグス達は始めエルオゼア国の兵士に志願したらしいが、いけ好かない上官がいたので、一発ぶんなぐって辞めてやったといっていたよ。 あいつららしいだろ?
傭兵としての初仕事は私のパーティーで、それなりに腕は立つが粋がっているし口ばっかりで扱いにくかったことを覚えている。
そんなホグスをうまく制していたのがマルケスだった。 未だにつるんでいたんだな。
そんな奴が傭兵リーダーになっているとは、私も歳をとるはずだ。 ハハハハハ」
フォントは豪快に笑った。 この一ヶ月間、ほとんど話しをしたことがなかったが、なかなか気持ちのいい人だ。
「そういえば、アイル君は対魔剣士なのか? そのロングソードは対魔剣だろ?」
「そうです」
「対魔剣は重いと聞いているが、そんなに長いとかなりの重さだろう? それを扱えるとはよっぽどだな」
「·········」
アイルが黙っていても意に介さず、話しを続ける。
「私が傭兵をしていた頃はデビルなんてほとんどいなかった。 どうなっているんだろうね、今の世の中は。 暗くなると外に出ることができないなんて······」
その時、馬車がガクン!と傾いて止まった。 急に動かなくなったことに、馬がブルルと鼻を鳴らして苛立つ。
「おっと! どうしたんだ?」
フォントは馬車を降りて調べていた。
「車輪を止める金具が折れている。 困ったな」
アイルも降りてみた。 確かに車輪の一つが外れている。
「金具の代わりになる物はないのですか?」
「いや、予備の金具はあるのだが······」
歯切れが悪い。
「ではそれで止めれば······」
「荷台を持ち上げる道具を乗せていないんだよ」
普通、それ専用の道具か、大人が数人がかりで荷台を持ち上げる。
「大丈夫です。 早く帰らないと、もうすぐ日が暮れますから」
「大丈夫といっても······仕方がない、荷物を降ろして試してみるか」
「いいえ、そのままで······金具の準備をしてください」
「えっ?」
フォントは取り敢えず言われるままに金具を取り出した。
「いいですか? いきます」
アイルは車輪の横に手を入れ、グッと荷台を持ち上げた。
「お···おまえ······」
力が強いのは知っていたが、まさかこれほどだとは思っていなかった。
「早く」
「あ···あぁ、わかった」
フォントは慌てて車輪をつけて金具を取り付けた。
「よし、いいぞ!」
アイルはそっと下ろした。 少し馬車を動かしてみるが、大丈夫そうだ。
「えっと······」
フォントはなんと言っていいのか迷う。 見てはいけないものを見てしまったような、気まずい雰囲気だった。
「急ぎましょう」
「あ···そうだな。 えっと······ありがとう」
二人は帰りを急いだ。 すでに日が暮れてしまっている。 この先の角を曲がれば農場が見えてくるところまで来ていた。
その時、何かが聞こえた。
《······すけ······イル······》
「えっ?」
アイルは辺りを見回す。
「なにか聞こえませんでした?」
「いや······」
フォントは不思議そうにしているだけだ。
《助けて!···アイル!》
今度は確かに聞こえた、エリーンだ。 彼女に何かあったに違いない。
「すみません!! 先に行きます!!」
「えっ?」
アイルは立ちあがると、タン!と馬車から飛び降り、そのまま凄いスピードで農場のほうに走って行った。
フォントは言葉を失った。
「······えっと······」
3歩で曲がり角までいくと農場が見えた。
なんと、農場にデビルが6体もいる!!
2体のデビルが誰かをくわえて空高く舞い上がっている。
ピエールだ!!
急ぐが間に合わない! 腕を食いちぎられて落ちていき、高い場所から地面に叩きつけられて動かなくなった。
しかし見回すがエリーンの姿が見えない。
「エリーン!!」
返事はない。
カミルとゴンズががエマをかばって、1体のデビルに鍬で対抗している。
アイルはロングソードを抜き放ち、カミル達を襲うデビルに急ぐ。
――― エリーンは?! ―――
カミルが振り回していた鍬をデビルが取り上げる。 その時、アイルがそのデビルの首を鍬ごとスパン!と、切り落とした。
そして地面に落ちたピエールをもてあそんでいるデビル達の所に飛び、ザザン!と、2体同時に真っ二つにした。
――― エリーンはどこだ!! ―――
アイルの目が赤くなり、 口から牙が伸びてくる。
残りの3体は何かを探しているように見える。
アイルはタンッ!と、飛び上がり1体を踏み台にして一番高い所にいるデビルを切り裂き、降りざま踏み台にしたデビルに向かってロングソードで円を描くように大きく振り切って頭から縦に真っ二つにした。
―――エリーンがいない!! ―――
アイルのまわりに風が渦巻く。 その風が強く小さな白いかたまりとなり、アイルから離れて家の2階の窓を覗き込むデビルに向かって行き、デビルを飲み込むとアイルの元へ連れてきた。
風の渦にもまれるデビルが目の前にくると、ロングソードを叩きつけるようにして風ごとデビルを切り裂いた。 農場にいたデビルは全て倒したが、エリーンが見当たらない。
――― エリーンはどこだ!! まさか、殺されたのか!! ――――
背中が痛い!! 焼けるようだ!!
アイルのまわりにポツポツ炎が現われた。
――― 炎はダメだ! エリーンに危険だ!! お・さ・ま・れぇ!! ―――
背中が焼けるように熱く、耐えかねて膝をつく。
「ぐぉぉぉぉぉっ!!」
「じ···じいさん!!!」
その時、納屋からヨロヨロとバナが出てきた。 ピエールの所に向かって泳ぐように走る。 その後ろからエリーンの声がした。
「アイル!!」
――― エリーン? ―――
ハッと顔を上げてエリーンの姿を捜した。 エリーンがバナの後ろから出てきて、こちらに向かって走って来る。
アイルの牙が元に戻り、瞳の色も赤から薄く澄んだブルーへと変わっていった。
「エリーン!!」
アイルはエリーンの元に走る。
「たまたまバナさんと······」
アイルは涙を流して震える声で話すエリーンを抱きしめた。
「よかった······よかった·····エリーンの声が聞こえたんだ······」
エリーンもアイルにしがみつくように抱きつく。
「怖かったの······本当に怖かったの······心の中で何度も呼んだの」
「うん。 遅くなってごめん···もう大丈夫だから······もう大丈夫だから······」
フォントも合流し、すぐにピエールを土に埋めて簡単な葬儀をして家に入った。
誰もひとことも言葉を発しない。
エマがかんたんな食事を作ったが、口をつける者はいなかった。
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〈主人公〉
レイス・フォルト = (偽名)アイル = (あだ名)エンデビ
〈ヒロイン〉
エリーン・トレーディング = (偽名)リン
〈元友人〉
ゴルド・レイクロー
〈農夫〉
亭主 フォント
妻 エマ
息子 ゴンズ
老夫婦 ピエール
バナ
若い男 カミル
〈傭兵〉
ホグス・アクト
マルケス・リーヴ
〈先生〉
トム・ハミルトン (元将軍)
何かを探していたように見えたデビル。
誰を、なぜ、何のために?
!!ヽ(゜д゜ヽ)(ノ゜д゜)ノ!!
ちなみに「ダコン」は大根のような野菜。 「ニネン」はニンジンのような野菜。 「エダビーン」は枝豆のような野菜です。




