11章 アイルの恋心
フォントの農場で世話になることになった。
そこで住み込みで働くカミルがエリーンを気に入ったようで·······
11章 アイルの恋心
エリーンとの二人旅が始まった。
昨夜、エリーンは寝ていないと言うので、河原で半日ほど仮眠を取ってから馬で移動することにした。
「お金はいくらほど持っていますか?」
アイルは思い切って聞いてみた。
「お金ですか?」
エリーンは胸元の内ポケットをまさぐっている。 500ヴィク(約500円)コイン一枚でてきた。
「すみません。 これだけしか······」
アイルも3000ヴィクしかない。 三バカトリオに急に連れ出されたのでこれだけポケットに入っていただけだった。
「俺もこれだけしかありません。 どこかでしばらく働かせてもらわないといけませんね。 できますか?」
旅をする時、宿がなければ民家にお金を払って泊まらせてもらう。 そのお金がないときには労働力を提供すれば、賃金をもらうことができる。
どうみても良いところのお嬢さんのようだ。 薄いグリーン服はシンプルだが上質のもので、仕立てもいい。 野良仕事などしたことはないだろう。
しかし、ここでは納屋を借りるにしても一人2000ヴィクはする。 特にデビルが出るようになってからは、しっかり戸締りができる場所でないと危険だ。 そうなると、安くても5000ヴィクは取られる。
「はい! 大丈夫です。 これでも体力には自信がありますから」
本当かな······
暗くなる前に村に着き、一番大きい農家を訪ねた。 2階建ての家屋で納屋や厩舎も大きく、家の前に広がる田畑もかなり広い。 ここなら働き口があるだろうとふんだ。
体の大きい30歳くらいの男性が出てきた。 仕事をさせてほしいと言ったが、不審そうにマスク姿のアイルを眺める。
エリーンがアイルの前に立った。
「兄は目元を以前ケガしてキズがあるのでお面を着けていますが、不審な者ではありません。 いつもは傭兵の仕事をしているのですが、私が母の所に行きたいというと付いてきてくれたのです。 でも私が全財産の入ったカバンを落としてしまって、お金がないんです。 しばらく働かせていただきませんか?」
これでもかというほどの可愛い瞳で男性を見上げる。
よくまぁスラスラとウソをつけるもんだ。
えっ? ちょっと待て······兄妹? それはマズイ気が······
エリーンのウソを聞いて、男性の顔がゆるんだ。 笑うととても優しそうだ。
「そんな事情が······少し待っていてくれ」
男性は中に入り、すぐに戻ってきた。
「いいそうだ。 オラは[ゴンズ] よろしく」
「ありがとうございます。 私は······[リン]で、兄はアイルです。 よろしくお願いします!」
リン?······偽名? と思ったが、深く考えなかった。
エリーンは深く頭を下げてから、アイルを見上げてニッコリと笑った。
ヤバい······可愛い。
中に入ると、数人が夕食の準備をしている。
50歳くらいのポッチャリした女性がゴンズと入れ替わりに対応しにきた。
「大変だったね。 私はゴンズの母親で[エマ] そしてあの人が亭主の[フォント]」
フォントは部屋の入り口に立って、こちらを見ている。
彼は傭兵か?と思うほどいい体をしていて、めくり上げた袖から出る腕は、エリーンのウエストより太いのではないかと思うほどだ。
従業員の[バナ]はおばあさんで、小柄で細い[ピエール]と夫婦らしい。 しかし蚤の夫婦で、バナばあさんの方が大きそうだ。
もう一人の20代くらいの若い男性は[カミル]。 アイルよりは小柄だがガッチリしていて、なかなかの好男子だ。
3人とも住み込みで働いているそうだ。
「夕食はまだだろ? ゴンズが案内するから部屋に荷物を置いたら降りておいで···って、荷物はないのかい?」
エマはアイル達の手元を覗き見る。
「あっ······私がなくしちゃって······」
「そうか······そうだったね、じゃあ先に体を洗っておいで。 ゴンズ!!」
二階に向かって叫ぶ。
ゴンズはアイルたちが泊まる部屋の準備をしていたのでろう。 二階からドタドタと降りてきた。
直ぐに風呂場に案内してくれた。
「ここのタオルを使ってくれていいからな」
それだけ言うとサッサと、戻っていった。
ゴンズが行ってしまうのを確認してからエリーンは小声でささやく。
「大丈夫でした?」
なにが? と、首を捻ってみせた。
「私があんなに上手にウソをつけるとは思いませんでした。 ほら、まだ手が震えています」
本当に震えている。
「でも何とかしないと、と思って······思い付いちゃった事を言ってしまったのですが、不自然じゃなかったですか?······ウソをついてしまって、申し訳ないですね。 今からでも本当の事を話した方がいいでしょうか?
アイルさんにはつい本名を言ってしまったのですが、私にはちょっと本名を言えない事情がありますので、今回は偽名を使いました。 変な名前じゃないですか? 偽名も初めてなのでドキドキです。 あっ···アイルさんにもウソをつかせて申し訳ないのですが、ここではリンとよんでくださいね」
一気にしゃべってから大きなため息をつく。
「フウ~~~~。 でも大丈夫かしら······」
いつもながらよくしゃべる。 しかし自分のついたウソに、ここまで良心を痛めるなんて······可愛い······
しかしエリーンにも何か事情があるという事にも驚いた。 必要があればいつか話してくれるだろう。
「大丈夫だと思います」
とだけ答えると、エリーンはパッと顔をほころばせた。
「本当ですか? よかった······バレないようにしないといけませんね! ここではアイルさんをお兄さんと呼びますね!······お兄さん······お兄さん······」
物凄い決意をするように一人で大きく頷き、練習までしている······そんなに構えなくても······
エリーンに先に風呂に入ってもらい、アイルがリビングに戻ると、二階から服を抱えて降りてきたエマとバッタリ出くわした。
「あっ、アイルさん。 これを妹さんにと思って」
抱えるその服を見せる。 薄茶色のワンピースにグリーンのベストだ。
「今は結婚してここにはいないけど、これは娘が若い頃に着ていた服なんだよ。 どちらにしても、もう小さくなって着ることができないから······こんなのでよければ着ておくれ。 妹さんの服は、ちょっとあのままじゃかわいそうだからね。 田舎の服で申し訳ないけど······」
ちょうど服を買わねばと思っていたので、とても助かる。 それにエリーンの服に付いた血痕についても聞かないでいてくれて助かった。
「渡してくるね」
エマはパタパタと走っていく。
◇
食事の準備が整った頃に、風呂上がりのエリーンが戻ってきた。
ヤバい······凄く可愛い!······
「お兄さん。この服を頂いてしまいました。 似合ってます?」
エリーンはクルリとまわってみせる。 シンプルな綿の服だが、クルリと回ったときにフワリとふくらむスカートがキラキラして見えた。
アイルは顔が熱くなるのをごまかすように頷いたあと、下を向いて剣をいじる。
「可愛いじゃないか!!」
カミルがガタンと椅子を引いて立ち上がった。
「リンちゃん、すごく似合ってるよ! 元がいいから何を着ても似合うんだろうな。 さあ、リンちゃん! こっちに座って!」
リンちゃん?!
カミルはエリーンを自分の隣に座らせた。 アイルの向かい側だ。
「リンちゃんって可愛いよね。 グリーンの目もすごくきれいだ。 着ていた服は、物はいいよね。 じつはいい所のお嬢さんなの?」
ずっと話しかけている。 エリーンも笑顔を絶やさずニコニコしながら聞いているが、返事は「はい」とか「そうですね」とか、簡単な言葉しか返していない。
しかし······何だかおもしろくない!
何だかわからないが、イライラする!
アイルはエリーンが食べ終わると同時に席を立った。
「あっ! お兄さん」
あわてて付いていこうとしたが、カミルに腕をつかまれる。
「リンちゃん、もう少し話そうよ」
「あっ···えっと······お片付けをお手伝いします。 すみませんカミルさん」
そう言ってカミルの手から逃れてキッチンに向かった。
アイルは階段の中ほどでそのやり取りを聞いていたが、ちょっとホッとして部屋に戻った。
······なんでホッとしているんだろう?
2階の部屋の中でも集中すると下のキッチンの声が聞こえる。
ガチャガチャと洗い物をしている音がする。
「お兄さんはあまりしゃべらないね。 いつもかい?」
「はい」
「でも、優しそうだね」
「はい!」
「ご両親は何をしている人だい?」
「······普通の人です」
「······」
しばし沈黙がある。
「お兄さんはマスクをしていて顔はわかりにくいけど、かなりハンサムなんじゃないのかい?」
「えっ? あっ!」
ガッチャン!! 何かを割った音だ。
「すみません!!」ガチャガチャ「あっ! 痛い!」
どうやら割れた物を片付けようとしてケガをしたみたいだ。
「あら、アイルさん」
「お兄さん?」
自分でも気付かぬうちに、キッチンまで来ていた。
ちょっと気まずい。
「あっ······えっと······お水を······」
さっきの食事の時に出ていた大皿が割れている。
エリーンの人差し指からほんの少し血が出ていた。
「後はいいから、お兄さんと部屋に戻っていいよ。 今日は疲れているだろう」
アイルに水を渡しながらエマが言う。
エリーンの指に薬草を塗ってから、一緒に二階に上がった。
◇
「···············」
エリーンは部屋の入口で立ち止まる。 そう広くない部屋の中にベッドが1つ。 枕が2つ。
「も······もしかして、同じ部屋ですか?」
アイルはエリーンの背中を押して部屋の中に入った。
「兄妹だから······」
クスッと笑ってしまった。 今頃気付いた?
「わ、わ、わ、わ、私は床で寝ますから、ア、ア、アイルさんはベッドで寝て下さい」
ワタワタと床に寝ようとして枕を1つ抱え込んだ。
「俺はこういう所では、寝ないから大丈夫です」
この能力を得てからほとんど寝る必要がなくなった。 1日に1~2時間も寝ると充分なのだ。
えっ?と驚くエリーンを横目に、アイルは窓際の椅子に腰かけ、窓の外に目線を移す。
家の前には広い畑が広がり、南側に小さい森があって、その先に道が吸い込まれていく。
「でも······」
エリーンはベッドに腰かけ、枕を抱えたままアイルを見つめた。
月明りの中に浮かび上がるアイルの横顔は、マスクをしていても端正でとても美しい。
あの下の顔はどんなのだろうと、黙って外を見つめるアイルの横顔を見ながら、エリーンはいつのまにか眠っていた。
エリーンの寝息が聞こえてきたので振り返ると、さっきまで座っていたのだろう、足をベッドから投げ出して枕を抱えたまま横になって眠っている。
そっと抱き上げてベッドの真ん中に寝かせてやり、布団をかけてあげた。
······可愛い寝顔だ······
ついジッと見ていると、エリーンの長い睫毛の下から、一筋の涙が流れ落ち、枕を濡らす。
アイルは優しく涙をふき取ってあげた。
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〈主人公〉
レイス・フォルト = (偽名)アイル = (あだ名)エンデビ
〈ヒロイン〉
エリーン・トレーディング = (偽名)リン
〈農夫〉
亭主 フォント
妻 エマ
息子 ゴンズ
老夫婦 ピエール
バナ
若い男 カミル
初めての恋心に、戸惑いながらも心が和らぐアイル。
しかし運命は二人を放っておいてはくれない。
( >Д<;




