魔族の村にて
シアたちの故郷、魔族の村に到着したものの、村には奴隷商が来ていた。
フィルの選択した行動は?
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…さて、どうするか。
アニアとシア、テオを村に帰す。そして、奴隷商たちを村から追い出す。村を守るのならそれでいいが、…できれば、この村の子たちを奴隷にしている黒幕も暴きたい。
しばらく考えていたフィルは、リネアに言った。
「リネア、まずはシアだけ連れて村に行ってみよう…わたしとリネアは姉妹ってことでどうかな?」
「わかりました。フィル姉様」
リネアも嬉しそうに返事をした。
聞いていたアニアが不思議そうに首をかしげる。
「でも、フィル様は人間で、リネアさんは狐人ですよ」
「おかしい?」
微笑むフィルの頭の上に狐耳が立っていた。
「…え、え?」
アニアは固まったままフィルの姿を見つめている。
「フィル様…だって、フィル様は人間で…どうして…狐の耳が…?」
「わたしは、元々は人間だけど、ちょっと訳ありでね。狐人の姿にもなれるのよ」
その場でくるりと回って見せる。スカートの裾から覗く美しい金色の尻尾が揺れた。
「でも、…そんな姿で村に行ったら、奴隷商に捕まってしまいます。フィル様とリネアさんが酷い目に遭わされるんじゃ…」
「平気だよ。フィルとリネアは、この世界で一番強いんだよ」
心配顔のアニアを見上げ、にこにこと笑いながら言うメリシャに、フィルとリネアは顔を見合わせて苦笑を浮かべた。
パエラに、アニアとテオ、そしてメリシャのことを頼み、フィルとリネアはシアを連れて村に入った。
村の中心には小さいながら水量豊かな川が流れ、その周りに粗末な家々が固まって建っている。村の周りを取り巻く畑には、麦や野菜などが植えられていた。
食料はこれら畑の収穫や森での採集、狩りで賄い、家などの材料は森の木を切り出しているのだろう。
畑仕事をしていた少し年配に見える狼人の男が、歩いてくるフィルたちを見つけて声を掛けてきた。
「おい、あんた、どこの者だ?村の者じゃないな?」
近くで作業していた何人かも手を止め、フィルたちを見つめている。一応、魔族同士とは言え、よそ者は警戒されて当然だ。いきなり取り囲まれて武器を向けられる、なんて展開にならなくて良かった。
「こんにちは。わたし達はサエイレムから来た旅の者です。旅の途中で、この子を保護したので、送り届けに来ました」
フィルは男に会釈して、手を繋いでいたシアを前に出す。
「おまえ、シアかっ?!」
シアの顔を見た男が驚きの声を上げ、慌てて自分の口を押さえた。そっと周りを見回し、フィル達に手招きする。
「こっちに来てくれ」
フィルたちは素直に男についていく。シアによれば、彼はシアの家のご近所さんらしい。
「俺はラジクという。村の子を助けてくれたことは、礼を言う。あんたたちもサエイレムから逃げてきたのか?」
アニアが言っていたとおり、この村にはまだ、戦争が終わったことも、その後の状況も全く伝わっていないようだ。
「逃げてきたのではありませんが…ラジクさん、どこへ行くんですか?シアを早くご両親に会わせてあげたいんですけど?」
何食わぬ顔で、フィルはラジクに尋ねた。
「まずは長のところだ。今、村には帝国の奴隷商が奴隷を集めに来ている。シアをどうするか、長と相談しなければならん」
ラジクは声をひそめて答える。その間も周りの様子を伺いながら、家の影に隠れるようにして村の中を進んでいく。
シアも緊張した雰囲気を感じているのだろう。黙ってフィルの手を握り締めている。
「また、シアを奴隷に差し出すのですか?」
少し低い声で言ったフィルに、シアがピクリと身を震わせた。
「…」
ラジクは答えない。フィルの方を振り返ることなく、路地を進んでいく。やがて集落の中心近くにある、少し大きな家に着いた。
「長はいるか?」
そっと扉を開け、ラジクは中に声をかける。そして、フィルたちにも中に入るよう促した。入ってみると、中は仕切りのない空間になっており、数人の男女がいた。何やら話し合っていたようだ。
「ラジクか?どうした?」
奥に座った狼人の男が顔を上げた。老人というには少し若いが、サエイレムにいる同じ狼人のウェルスたちのような筋骨隆々たる体格ではない。それだけ、この村の暮らしは厳しいのだろう。
「この娘たちが、シアを連れてきまして」
「シアを…?!」
男は目を見開いて腰を浮かせる。その周りに居た狼人や狐人の男女も、短く声を上げた。
「はじめまして。わたしはフィル、こちらは妹のリネア。サエイレムから旅をしてきた者です」
フィルは、軽く頭を下げて挨拶する。
「サエイレムから?」
奥にいた男が立ち上がり、フィルの前に近づいてきた。そしてフィルとリネアの事も注意深く観察するように見つめる。
シアは、フィルの手を抱き締めるようにして身を縮めている。
ほんの10日ほど前に奴隷に出され、辛い思いをしたのだ。また差し出されるのではないかと不安になるのも当然。フィルはそっとシアを自分の背に隠す。
「はい。旅の途中にシアと出会い、この村のことを聞きました。それほど先を急ぐ旅でもないので、こうして送り届けに来たのです」
「お前さんたちも、ここに住みたいのか?」
男の問いに、フィルは首を振る。
「いいえ。シアを親元に帰したら、また旅に戻るつもりですが?」
「バカな。ここは帝国の領内だぞ。魔族の娘が2人だけで旅をするなど、人間に捕らえられて、奴隷にされるか、慰み者にされるかだ。悪いことは言わん、ここに住むのでなければ、すぐにサエイレムに戻った方がいい」
おや、とフィルは少し意外に思った。どうやら男はフィルたちのことを心配してくれたようだ。
「…この村の長殿とお見受けしますが、何とお呼びすれば良いでしょうか?」
「あぁ、申し遅れた。俺はドルグ。お察しの通り、この村の長をしている。我らも戦争を避けてサエイレムからここに逃げてきた。もう10年近く前になる」
ドルグは、部屋の奥にフィル達を招いた。ドルグと話していた男女が場所を空け、フィルとリネアはドルグと向かい合って座る。
「ドルグ殿、帝国と魔王国との戦争がすでに終わったことはご存じでしょうか?」
切り出したフィルの言葉に、室内の空気がざわりと震えた。
「戦争が、終わった…?」
「はい。やはりご存知ありませんでしたか…もう1年以上になります。そしてサエイレムは帝国領となりました」
「だから、逃げてきたのか?サエイレムの魔族は帝国の人間に迫害されているのか?」
「違います。逃げる必要なんてありません」
フィルは笑みを浮かべた。
「サエイレム総督の命令で、魔族を不当に扱うことは禁止されました。今のサエイレムでは、人間も魔族も平等に市民として扱われます。魔族だからと迫害されることはないのです」
「そんなことが、あるはずは…」
「お疑いなら、一度、サエイレムにお戻りなってみたらわかると思います。それに、少し前にこのベナトリア属州もサエイレム総督の領地となりました。総督の命令で、ベナトリアでも魔族に不当な扱いをすることは禁じられています。魔族の子供を連れ去って奴隷にしているのがバレたら、奴隷商の方が処罰されますよ」
「なんだと?」
ドルグは理解が追いつかない。村の存在をひた隠し、外と関わりを持つ事を避けてきた。だからこそ村の存在を秘密にしてもらう代償として、奴隷商たちの要求にも従ってきた。それなのに、外ではそんなに大きな変化が起きているのか?
しかし、こんな娘の言うことだけで信じて良いものか。
近くにいた狐人の女性が、フィルの袖を掴んだ。
「じゃ、じゃぁ…もう奴隷を出さなくても良いの?」
「はい。村のことを役人にバラすと脅されて奴隷を差し出していたのでしょう?…もうその必要はありません。ここに魔族の村があることが知られても、咎められることはありませんから」
女性の手に自らの手を重ね、フィルは優しく言う。女性の目からポロポロと涙が落ち始めた。
「あぁ…なんてこと…もっと早くにそれがわかっていたら、アニアも…」
「アニア?」
「…はい。私の娘です。半年前に奴隷商に連れて行かれて…今はもう…」
フィルは身体の向きを変えて、女性の両手を握った。
「アニアは無事ですよ」
「え…?」
「村の様子がわからなかったので、まずはシアだけ連れてきましたが、アニアとテオも一緒にいます。今は、わたしの仲間と一緒に近くの森の中に隠れています」
「本当に?アニアが?」
フィルは女性に微笑みかける。
「はい。安心してください。アニアはすぐに帰ってきます」
それを聞いた女性は嗚咽を漏らして泣き崩れた。
「…フィル姉様」
外の音に耳を澄ましていたリネアが、そっと囁いた。
「3人、こちらに来ます。おそらく奴隷商たちかと」
ちょうどいい、とフィルはほくそ笑む。
「ドルグ殿、もうすぐここに奴隷商たちが来ます。早くシアを隠して下さい」
「わかった」
ドルグが目配せすると、その場にいた狐人の男性が頷いた。
「フィル…」
フィルは笑ってシアの頭を撫でる。
「わたしたちは大丈夫だから。心配しないで」
「うん…」
シアは狐人の男性に連れられて、奥の裏口から出て行った。
次回予定「フィルとリネア、奴隷になる」
村のことが知られても咎められないと知ったドルグは、奴隷商に反抗しようとするが…




