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傾国狐のまつりごと-食われて始まる建国物語-  作者: つね
 第4章 フィルのお忍び旅
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アニアたちの事情

アニアたちを連れて魔族の村を目指すフィルたち。

なぜ帝国の中に魔族の村があるのか、アニアが語った事情とは?

 エリンと別れ、エンケラを出発したフィルたちの馬車は、街道をレントへと向かっていた。

 レントはエンケラから見ると南西方向。フィル達が来たルートからすると、サエイレム側に少し戻る形になる。


 予定通りレントまでの行程の半分ほどを進み、街道脇に馬車を止めて野宿する。

 リネアが用意してくれた食事は、スライスした燻製肉、チーズ、玉ねぎ、オリーブの実を軽く焼いたパンに挟んだものと、あらかじめ宿の厨房で作っておき、鍋ごと馬車に積んできた野菜スープ、食後には干しブドウ。

 保存に適した食材の組み合わせだが、アニアもこれまであまり良いものを食べさせてもらってはいなかったのだろう。シアやテオとともに、美味しいと言ってよく食べてくれた。


 シアやテオたちがメリシャと一緒に眠った後、フィルはアニアに村の事をついて尋ねた。どうして、魔族の村がベナトリアの領内にあるのか。


「私たち、サエイレムから逃げてきたんです」

 アニアはそう告白した。アニアがまだテオくらいの歳の頃らしい。帝国と魔王国との戦争が始まってしばらく、といった時期だ。


 帝国軍、つまりエルフォリア軍がサエイレムを占領した時、一部の魔族が迫害を恐れてサエイレムから逃げ出した。それがアニアの村の者たちだ。帝国と魔王国との最前線だった国境沿いを避け、北の森を抜けてエルブルズ山脈の山麓を更に北へ。そして脱落者を出しながらも白骨街道をどうにか越えた。


 当時の白骨街道は、今よりも更に粗末で、一部の商人達がサエイレムから禁制品を持ち出す密輸のために利用していたルートだった。なので、国境警備の兵もいなければ関所もなかった。

 サエイレム周辺しか知らなかった彼らは、安住の地をを求めて彷徨い続け、知らずに帝国領に入ってしまっていたのである。


 …ようやく自分達が帝国の領内に村を作ってしまったと気が付いたのは、村を作って数年がたった後、偶然、森に迷い込んできた人間に村を見つけられてしまった時だった。


「あの、…フィル様たちはサエイレムから来たんですよね?」

 アニアはフィルに尋ねた。サエイレムのレベニア商会、フィルはアニアたちにもそう名乗っている。

「そうだよ。サエイレムがどうなっているか、気になる?」

「はい。街の様子もはっきりとは覚えていないんですけど、…私の生まれた街ですから」

「そっか…アニアが望むなら、今度連れてってあげようか?」


 フィルは微笑んだ。まだ道半ばではあるけれど、サエイレムは魔族にとっても暮らしやすい場所になっていると思う。

 ベナトリアも今後そうなるようにしたいと思うが、これまでの人々の反応を見れば、まだまだ時間がかかる。ならば、村にいるという魔族たちに、サエイレムに帰ってきてもらうのもいいのではないかとフィルは思った。


「でも、サエイレムは帝国の街になったと聞きました…フィル様のような方ばかりではないんじゃ…」

「大丈夫。今のサエイレムでは人間も魔族も関係ないよ。…戦争が終わって新しく来た総督の方針でね。魔族だからって奴隷になることもないし、ちゃんと働いて普通に暮らせるよ」

 心配そうなアニアに、フィルはさりげなく自分の仕事を誇ってみる。聞いていたリネアがクスッと笑った。


「はい。総督様が来られてから、サエイレムは大きく変わったんですよ。とても豊かで活気のある街になりました。これからもまだまだそうなっていくと思います」

 そしてリネアは付け加える。

「おいしいものもたくさんありますよ。総督様は、おいしいものを食べるのが大好きだと評判ですから」

「リ、リネア…それは…」

 照れと恥ずかしさで頬を染めたフィルは、でも否定もできず、もごもごと口元を震わせた。


「アニアは、サエイレムが帝国の街になったって、よく知っていたね」

 村は、奴隷商がやってくる以外、外部との交流がないということだったが…?

「知ったのは、奴隷にされてエンケラにやってきてからです。戦争がもう1年以上前に終わったというのも、そこで初めて知りました。村に来る奴隷商たちは、そんなことは教えてはくれませんでしたから、たぶん、村のみんなは今もまだ戦争が続いていると思っています」


「そうなんだ…」

「でも、戦争が終わったとしても、やっぱり帝国の中に魔族の村があるなんて知られたら、みんな捕まってしまうんじゃ…」

 不安げに言うアニアに、フィルは、大丈夫、と笑う。

「このベナトリアも、ひと月ほど前からサエイレム総督の支配地になったんだよ……まだ魔族を警戒する人間は多いけど、少なくとも魔族だからって捕まることはない。もう隠れて暮らす必要なんてないんだよ」


「えぇっ?!それは本当ですか?」

「うん。それにサエイレム総督の命令で、魔族を不当に奴隷にしてはいけないことにもなってる。だから、アニアが奴隷として売り買いされたのも、本当はいけないことなの」

 アニアもフィルの出した命令までは知らなかったようだ。

「あのボイドとかいう奴隷商にもきっと処罰が下るわ。他の奴隷商たちも村にはちょっかい出せないようになる」

 ふふん、とフィルは胸を張る。だがアニアは逆に慌ててフィルに詰め寄ってきた。


「そ、それじゃ、フィル様は私を買ってしまって、大丈夫なんですか?!もし、私を助けたせいで処罰されることにでもなったら…」

「……それは、大丈夫なんじゃないかな」

 フィルはそっと目を逸らしつつ誤魔化す。


「フィル様はアニアさんを奴隷にしてはいませんから、処罰されることはありませんよ」

「あ…そうか、そうですよね!」

 リネアが口添えしてくれたおかげで、アニアもホッとしたように表情を緩めた。


 翌日の夕刻前、フィルたちはレントの村に到着した。すぐに、村人達の雰囲気がこれまでの街とは違うのがすぐにわかった。

 一見して魔族とわかるパエラの姿にも無関心、いや、外の者と関わらないようにしていると言った方がいいかもしれない。人間のフィルに対しても似たような反応だった。


 レントから西へ向かう道は、公には存在しない。このレントがエンケラから西へと向かう街道の終点だ。だが、実際にはルブエルズ山脈を越えてアラクネ領へと続く白骨街道が、西へ続いていた。…そして、ここを通っていくのは、兵士にしろ魔族の奴隷にしろ、公には出来ない者たちだ。


 だから、レントの村人達は、誰がここを通ろうと見て見ぬ振りをする。ここには誰も来なかった、誰も通らなかった…それが村の平穏を守るには必要なことだったからだ。


 見て見ぬ振りをされるなら今は好都合だ。村には旅人が来ることもほとんどないから、宿屋もない。フィルたちは村外れに馬車を止めて一夜を明かすことにした。

 今夜はさっさと寝て、明日早立ちしてシア達の村へ向かうとしよう。


 翌朝、夜明けと共にレントを出発したフィルたちは、レントから少し西に進んだところで、白骨街道から別れて北西へ向かう道を見つけた。一見して道があるようには見えないが、草むらに隠れた薄い轍が森の方へ続いている。


 道が分岐する地点の脇に、イトスギの大木がポツンと立っており、どうやらこれが目印になっているようだ。どうして目印を知っていたのかアニアに訊くと、村から連れ出される時に、このあたりで馬車がぬかるみにはまり、押すのを手伝わされたらしい。その時に見たのを覚えていたそうだ。


 通ってみれば、なるほど馬車が通れる幅で岩や立木といった障害物が除けられていることがわかる。

 やがて道が森の中へと入ると、木の幹に所々赤い染料で目印が付けられていた。定期的に奴隷を掠いに来ているだけあって、森で迷わないよう奴隷商たちが付けたものだろう。


 思ったより道の状態は悪くないが、深い森の中で見通しはきかない。村まであとどのくらいかかるのか、やや不安に感じつつ進むこと数時間。ゴトゴトと進んでいた馬車が停止した。

「フィルさま、ちょっといい?」

 パエラが馬車の中を振り返った。


「どうしたの?」

 御者台の横に這い出してみると、森はすぐ先で途切れ、なだらかな斜面の下に小さな村とそれを囲む畑が広がっていた。どうやら魔族の村に着いたらしい。


 だが、パエラの指さす村の広場に、黒っぽい四輪馬車が止まっていた。この村は外との交流がない。農作業など使う荷馬車ならわかるが、あれは明らかに人を運ぶための馬車。村には必要のないものだ。


「アニア、あの馬車が見える?」

 フィルの横から顔を出したアニアは、村の広場の馬車を見て、顔を青ざめさせた。

「あれは、奴隷を集めに来る馬車です。…嘘、だってシアとテオが連れてこられたばかりのはずなのに…」

 フィルは顔をしかめる。シアとテオを取り上げたから、あの奴隷商か、若しくは依頼された連中が代わりの奴隷を集めに来たのかも…。


「しばらく森の中で様子を見よう」

 フィルの言葉に、パエラとリネア、アニアも頷いた。


「シア、テオ、村に奴隷を集めに来てる。早く帰りたいだろうけど、もう少し我慢してね」

 アニアがシアとテオに言い聞かせてくれた。奴隷にされた時の怖さを思い出したのか2人は身を竦め、それをメリシャが心配そうに見つめている。


「大丈夫、わたし達が何とかするから」

 パエラが馬車の向きを変える。村の方を睨み、フィルはこれからどうするか考え始めていた。

次回予定「魔族の村にて」

村に来ていた奴隷商の馬車。せっかく帰ってきたのに、アニアたちがまた奴隷にされては意味がない。

フィルは一計を案ずるが…

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