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傾国狐のまつりごと-食われて始まる建国物語-  作者: つね
 第4章 フィルのお忍び旅
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奴隷の少女

シアの顔見知りだった奴隷の少女アニア。

フィルはアニアを買い取り、宿に連れて帰るが…

「まさか、シアなの…?」

 向こうもシアに気付いたようだ。

 だが、再会の喜びよりも、村にいるはずのシアが人間に連れられているのにショックを受けたようだ。フィルとシアを交互に見て、キッとフィルを睨んでくる。


 アニアとシアが顔見知りだとわかり、ボイドの表情が少し固くなる。

 おそらくアニアが魔族の村から連れてこられた事をボイドも知っているのだ。村のことを外の人間に知られるのはさすがにマズいと思ったのかもしれない。だが、ここで売り渋られては困る。フィルはあえてもう少し悪役を演じることにした。


「ボイド殿、この娘を頂きましょう……互いに、奴隷の出所は詮索しない、そういうことでよろしいですね?」

 フィルは意味ありげに笑って見せる。

「フィルお嬢様も…なるほど…」

 フィルが連れているシアという子供は、どうやらアニアと同じ村の出身らしい。その子を奴隷にしているフィルも、何らかの伝手で村のことを知っているのだ、とボイドは察した。

 アニアの出自は訊かない、だからシアのことも忘れろ、村のことは互いに知らん顔をしていればいい、そういうことだと。


「では、金貨40枚でいかがでしょうか?」

「良いでしょう」

 正直、奴隷の相場としてはかなり高い金額だったが、フィルはあっさりそれを受け入れる。ボイドはフィルが口止め料込みで了承したと解釈した。

 フィルは視線でテーブルの上の金貨の袋を示す。ボイドは、中に入っていた金貨から代金分を抜き取り、残りの金貨とアニアの首輪の鍵をエリンに手渡した。

「確かにお支払い頂きました。これでこの娘は、フィルお嬢様の奴隷です」


「良い買い物をしました。…では、今日のことは互いに忘れるとしましょう」

「はい。承知しております。お買い上げ、ありがとうございました」

 深々と頭を下げるボイドの見送りを受け、フィルは素知らぬ顔を崩さず、送りの馬車に乗り込んだ。


 宿に戻り、部屋に入ったところで我慢できなくなったシアがアニアに抱きついた。

 メリシャと遊んでいたテオもアニアに気が付いて、シアの隣に抱きつく。メリシャも真似をしてフィルの腰に抱きついてきた。

「アニアお姉ちゃん!良かった!」

「シア、どうしてこんな所に、まさかあなたまで奴隷に…それに、テオも…」

 アニアは厳しい表情でフィルを見つめる。


「エリン、アニアの首輪を外してあげて」

「はい」

 奴隷商から渡されていた鍵を使い、エリンはアニアに嵌められていた首輪を外した。

「シアもテオもは奴隷じゃないし、アニアも奴隷にするつもりはないよ」

 フィルは言うが、アニアはとても信じられない。

「嘘…そんなはずない」

 フィルはアニアが見たこともない大金をポンと払って自分を買い取った。それなのに、奴隷にしないなんて……


「アニアお姉ちゃん、フィル様はシアとテオを助けてくれたんだよ」

 アニアを見上げてシアが言う。

「助けてくれた?」

 困惑するアニアにリネアが歩み寄った。ここは同族である自分が話をした方が、アニアの警戒も解けるだろうと思ったからだ。 


「私はリネアと言います。アニアさんと同じ狐人族です」

 にこりと笑って、リネアはアニアに軽く一礼する。同族のリネアに、アニアも少し安心したような表情を浮かべた。


「あの、これはどういうことなんですか?…もしかして、リネアさんも奴隷にされているんですか?」

「いいえ。奴隷ではありません。私は自分の意思でフィル様の側に居るんです」


「そう、なんですか?」

 半信半疑のアニアに、リネアは話を続ける。

「私達は、シアとテオを村に帰したいのですが、村の場所がわかりません。だから、同じ村の子が奴隷市場で売られていないか、探していたのです。もしアニアさんが村の場所を知っているなら、一緒に村までお送りします」

「村の場所はわかります…村に、帰してもらえるんですか?」

「はい、安心してください」


 アニアは嬉しそうな表情を浮かべたが、すぐに俯いてしまう。

「でも、私にはお金が返せません」

 アニアを買い取るためにフィルが支払った金貨40枚、自分が何年働いても返せるとは思えない。


「返さなくて良いよ。あれはわたしが勝手に払ったんだから」

「でも、あんな大金…」

「わたしはお金持ちだから、いいんだよ。気にしないの」

 フィルはそう言って笑って見せる。実際には、アルテルメまでの旅費として持っていたお金が半分以上吹っ飛んだが、…まぁ、後でグラムにタカるとしよう。領内の問題を処理するのだから、それくらいは経費として認めてもらいたい、と思う。


「フィル様、あなたは一体…」

 困惑した表情でアニアはフィルに尋ねる。いくら金持ちでも、見ず知らずの魔族の娘に大金を払い、しかもそのまま自分のものにもせずに故郷に帰してくれるなんて、話が出来すぎている。騙されているんじゃないかとも思った。けれど、フィルがそんなことをするようにも見えなかった…


 フィルは、ポンとアニアの肩に手を置く。

「わたしは、サエイレムで交易を営む商会の娘です。今のサエイレムは人間も魔族も公平に扱われるの。だから、ウチの店にも魔族の人たちもたくさん働いていてね。みんな優しいし、わたしにも良くしてくれる。だから、魔族を無理矢理奴隷にしようとするなんて、許せない。だから、アニアを買い取ったの。アニアも、シアも、テオも、ちゃんと村に帰してあげるから、安心していいよ」

「ありがとうございます…フィル様」

 アニアの目が潤み、頭を下げた途端にポタリと雫が落ちた。アニアの目尻に残った涙を指ですくい、フィルはアニアを抱き締めた。


 その夜、皆で夕食を終えた後、フィルは、部屋のテーブルに地図を広げた。

「アニア、村の場所を教えてくれる?ここが今いるエンケラ、わたしたちはこっちから来て、このあたりでシアとテオに出会ったんだけど…」

 地図の上で場所を指さす。

「あの、レントという村は、ありますか?ここよりもルブエルズ山脈に近い場所だと思うんですが。人間の村で、私達の村に一番近い村です」

「レント…レント…あぁ、これかな?」

 地図をなぞっていたフィルの指が一点で止まる。エンケラの西、ルブエルズ山脈に近い場所にその名の村があった。

「…このあたりって、白骨街道の入口じゃない…」

 フィルがつぶやいた。ルブエルズ山脈を抜けてアラクネ領へと続く山越えの間道。地図には描かれていないが、ベナトリアの悪巧みで何度も使われたルートだけに、フィルもだいたいの場所は覚えていた。


「私達の村は、この辺りです」

 アニアが指したのは、レントから北西に行ったルブエルズ山脈の山麓、深い森に囲まれた場所だった。当然、地図に村の記載はない。フィルは、アニアが示した場所に印を描き込んだ。地図上の距離からするとレントから馬車で1日というところか…シアたちと出会った場所まで村から4日かかったという話にも、おおむね合致する。


 フィルは早速、明朝にエンケラを出発することにした。 


「エリン、悪いけどここから少し別行動をお願い」

「…フィル様、それは…!」

 出発に先立ち、フィルからそう告げられたエリンは、愕然とした表情を浮かべた。手入れをしていた大事な大刀を、思わず取り落としかけるほどに動揺している。


 フィルは慌てて首を振った。

「ちょっ、違うよ!エリンに居残りさせるとかじゃないからね!」

「では…?」

 フィルはエリンに2通の手紙を差し出した。丸めた羊皮紙にリボンを巻き、封蝋にサエイレム総督の印章を押した正式なものだ。


「これを届けて欲しいの。一通はここの代官のラナスに、もう一通はイスリースにいるグラムに。…2人に直接渡して欲しい」

 手紙を受け取り、エリンは納得した表情になる。ゼラの脚なら、グラムのいる領都イスリースまで2日足らずで到着できる。


「これまでの事情が書いてあるわ。とりあえずアニアたちを村に帰すところまでは面倒見るけど、その後の村をどうするか、相談しなくちゃいけないから」

 ベッドの側でリネアと一緒に荷造りをしているアニア達を見つめながら、フィルは言う。


「そうですね。…しかし、ラナス・ベルナートは信用出来るでしょうか?」

「その点はたぶん大丈夫だと思う。…けど、もしもラナスが今回の件に加担しているようなら、エリンの判断で捕縛することを許可します。でも、1人では無理だと思ったら放っておいて良いわ。後でグラムに対応してもらいます」

「わかりました。その時は脱出して、フィル様たちとの合流を優先します」

「うん。早く戻ってきてね」

 フィルは、笑いながら頷いた。

次回予定「アニアたちの事情」

フィルたちはアニアの案内で魔族の村へと向かう。

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