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傾国狐のまつりごと-食われて始まる建国物語-  作者: つね
 第4章 フィルのお忍び旅
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奴隷探し

シアとテオを助け、この地域の中心都市エンケラへとやってきたフィルたち。

シアたちと同じように連れ出された魔族の子がいないか、フィルは奴隷を探し始める。

 『エンケラ』はベナトリア南西地域の中心都市である。人口は約2万、南部穀倉地帯で収穫された農作物の集積地でもあるため、商都として知られている。


 この地は、大グラウスの秘書官だったルギスの実家であるベルナート家が代官に任じられていた。

 豊かな農業生産から生まれる莫大な利益が、大グラウスを通じて元老院に納められていたため、ルギスが大グラウスの側近の地位を得たのも、その出自によるところも大きいと言える。


 意外にも、フィルがベナトリアを領有した後も、ベルナート家は変わらずこの地の代官を務めていた。

 フィルが、サエイレム侵攻に関係する一連の事件の責任を問うにあたり、大グラウスとその側近、この場合ルギス個人にあるものとして、その血縁者への連座をしなかったためである。


 別に情けをかけたわけではなく、サエイレムには行政官の人材に余裕がなく、処罰の対象を限定しなければ統治に支障をきたす恐れがあったという現実的な理由だった。


 もちろん、これまでの素行を調査し、能力や言動に問題のある役人は役職の上下を問わず交代させていたが、ベルナート家の現当主であるルギスの兄、ラナス・ベルナートは、これまでの領地経営において極めて真っ当な人物であった。

 大グラウスや元老院の蓄財を賄わなくてはならなかったため、税率は安いとは言えなかったが、それでも民が困窮を極めるような状況ではなかったし、ラナス自身が過度な蓄財や汚職に手を染めている様子も無かった。


 総督代行として着任したグラムに対してもラナスは素直に従い、一族への連座を行わなかったフィルへの感謝を示すとともに、自分の所にルギスが現れたら引き渡すと約束していた。

 結局、ルギスはエンケラには姿を現さず、魔族側に逃亡していたわけだが、兄は自分を匿ってくれないとわかっていたのかもしれない。

 そうした事情からフィルは、引き続きラナスにこの地方を任せていたのである。

 

 サエイレムのレベニア商会を名乗ったフィルたちは、特に足止めされることもなくベルナート家のお膝元、エンケラの街に入った。

 休憩もそこそこに、フィルは行動を起こす。


 フィルは、エリンとシアを連れてエンケラの奴隷市場へと向かった。奴隷市場でシアの村の子が奴隷として売られていないか探すためだ。もしシアが顔を知っている子がいたら保護したいし、それがシアよりも年上の子なら村の場所を知っているかもしれないからだ。

 

 奴隷市場は市内の東の端にあった。

 通りの両側に奴隷商の商館が並び、店先には奴隷たちが並んでいた。

 帝国の法において、奴隷の所有者には衣食住を提供する義務が課せられ、一応、過剰な虐待は禁じられている。そのため、並んでいる奴隷たちも檻に入れられたりはしていないが、そこはやはり奴隷。首輪や足枷が嵌められ、そこから伸びる鎖が柱などに繋がれていた。

 だが、一通り市場を見て回っても目に付くのは人間の奴隷ばかり。魔族の奴隷の姿は一人も見つけられなかった。


「やはり、裏で取引されているのではないでしょうか?」

 エリンがそっとフィルに囁く。フィルの命令で魔族の奴隷に対する取り締まりが厳しくなって以降、魔族の奴隷は表に出されず、密かに売買されているのではないか、エリンはそう考えた。

「そうかもね…」

 だとしたら、こちらからカマを掛けてみるしかない。だが、ここではフィルたちは一見の客だ。魔族の奴隷が欲しいと訊いて回るだけでは、裏取引を持ち掛けてくる奴隷商はいないだろう。下手な相手に声をかけて、もしも取引がバレたら処罰されるかもしれないのだから。

 …少し芝居を追加する必要がありそうだ。 


 翌日、フィルはリネアとパエラを連れて奴隷市場にやってきた。帝国では極めて珍しいアラクネ族を引き連れたフィルが目立たないはずがない。

 フィルは、大店と呼ばれる奴隷商を幾つか訪ね、魔族の奴隷を求めていることを告げた。もちろん、サエイレム総督の命令に従い、今は取り扱っていないと断られるのも織り込み済みだ。


 フィルは、店主に帝国金貨を握らせ、同業者にも魔族の奴隷を手に入れられないか当たってみて欲しいと頼み、もし手に入りそうなら滞在している宿に使いを寄こすよう言い含めた。

 そんなことをしていれば、当然、市場の中で噂になる。フィルは、奴隷商たちがこちらを見ながら囁き合っているのを見て取ると、大人しく宿へと引き返した。


 その翌日も同じように奴隷商を回りながら、もう少し口を滑らせる。サエイレムでも総督の命令のせいで魔族の奴隷が不足している。もしも若くて良い魔族が手に入るのならば、高くても買い取らせてもらう…と。

 つまり、フィルもまた裏で奴隷を売買しているように見せかけたのである。若い奴隷を仕入れ、教育し、美しく磨き上げた上で高い付加価値を付けて売る。そういう商人だと噂させた。


 そのため、フィルに付き従うリネアとパエラのことも評判になっていた。

 曰く、魔族にも関わらず若くて見目も良く、しかも知性と礼節までも弁えた上質な奴隷だ、あれならば相当な高値でも欲しがる者がいるだろう、と。

 

 3日目、フィルは奴隷市場には行かず宿で過ごした。フィルは数日でこの街を出発する予定であることもさりげなく漏らしている。餌は撒いた、食いつく者がいれば動き出すはずだ。


 その日の昼過ぎ、1人の若者が宿を訪ねてきた。とある奴隷商の使いだと言う若者は、魔族の奴隷をお目に掛けたいという主人の伝言をフィルに伝えた。

 フィルの都合が良ければ、これから店に案内するという。宿の前には迎えの馬車も待たされていた。フィルはそれを了承し、エリンとシアを連れて馬車に乗り込んだ。


 奴隷市場の中心から少し離れた場所にある商館だった。建物の見た目は立派な邸宅という趣きで、他の店のように店頭にずらりと奴隷を並べるようなこともしていない。どうやら顧客の要望を聞いてから店が勧める奴隷と対面させる仕組みのようだ。いわゆる高級店である。 


 店に到着すると、フィルたちは店員の案内で店の奥の一室に通された。少々お待ちを、と言って退室した店員は、ほどなくして主人と思しき壮年の男を連れて戻ってきた。

「この店の店主、ボイド・フリスと申します」

 ボイドはフィルに一礼すると、テーブルの向かい側に腰を下ろした。


「フィル・レベニアです。…早速ですが、魔族の奴隷を見せたいと聞いています。できれば若い方が良いのだけれど」

 フィルはボイドに問うた。もし若い奴隷がいるのなら、シアの村から連れてきた者である可能性は高いと思う。フィルが規制をかけて以後、若い魔族の奴隷を入手できる先など他にないからだ。


「ところでフィルお嬢様、その子供は?」

 ボイドは、フィルが連れているシアに目を向けた。

「この子も、先日買い取ったのです。……さて、わたしに見せたいという奴隷はどちらに?」

 フィルは素知らぬ顔で答える。ボイドもそれ以上詮索しなかった。


「ご存じかとは思いますが、総督の命令もあり、魔族の奴隷は稀少になっております。特に若い者となると入手が難しく、かなり値が上がっておりまして」

「それは承知しています。値段よりも、その奴隷をわたしが気に入るかどうかが問題ではないかしら?」

 フィルはエリンに目配せする。エリンが懐から革袋を出しテーブルに無造作に置いた。開いた口から何枚かの帝国金貨がこぼれる。


「これは失礼を致しました。すぐにお目に掛けましょう。お気に召すとよろしいのですが」

 金貨に目を細めたボイドが、テーブルの上のベルを一回鳴らすと、部屋の奥にあった扉が開き、1人の少女が部屋に入ってきた。


 リネアと同じ狐人族の少女だ。歳はフィルやリネアと同じか少し上くらいだろう。黒に近い焦げ茶色の髪を肩が肩の少し下まで延び、薄いワンピースに身を包んでいる。フィルの前に出すのに風呂に入れたのか、身なりは清潔だった。だが、その首には武骨な首輪が嵌められている。

 彼女は、自分を見つめるフィルの視線に気づくと、グッと歯を噛みしめて俯いた。


「今、当店にいる魔族の奴隷はこの娘1人です。しかし、この通り若く当然生娘でございますので、フィルお嬢様の手で磨いて頂けば、きっと価値の高い奴隷になるかと」

 ボイドは、昨日フィルが連れていたリネアを見て感心した。あれだけの奴隷は人間も含めて見たことがないと、フィルの手腕を褒め称えた。

「……」

 偽りに流した評判を褒められても何とも思わない。むしろボイドの態度に嫌気が差したが、それは押し隠して微笑みだけ返しておく。


「アニアお姉ちゃん…フィル様、アニアお姉ちゃんだよ」

 シアがフィルの袖を引っ張って小声で言った。

次回予定「奴隷の少女」

フィルの芝居に釣られた奴隷商ボイドが、フィルの前に出した狐人の少女。

その娘はシアの顔見知りだった。

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