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傾国狐のまつりごと-食われて始まる建国物語-  作者: つね
 第3章 アルゴス王国の危機
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リネアの望み

ティフォンの力を受け継ぎ、無事にフィルのもとに戻ったリネア。

自分の身を差し出すほどにティフォンの力を望んだ、その理由とは?

「もぅ、…本当に、心配したよ。リネアが死んじゃったかと思ったんだから…!」

「ごめんなさい。フィル様」

 泣き笑いを浮かべるフィルの顔を間近で見つめながら、リネアは申し訳なさそうに目を伏せる。


「私、どうしても神獣の力が欲しかったんです……心配かけて、本当にごめんなさい。私の我が儘を許してください…」

「そんな力、無くたっていいのに…リネアはずっとわたしが守るよ。…それじゃ、いけなかったの?…わたしが一人で行こうとしたから?…わたしと一緒に戦えるようになろうとしたの?」

 フィルは、宥めるように軽くリネアの背を叩く。しかし、リネアは小さく首を振った。


「いいえ、戦う力よりも、…私は、フィル様との約束を守りたい…フィル様と同じ時を生きたいんです」


「同じ、時……?」

「狐人族の寿命は人間と変わりません。いくらフィル様に守って頂いても、何十年か後に私は必ずフィル様より先に死んでしまう。ずっとお側にいると約束したのに、私はフィル様を置いて逝ってしまう。フィル様を一人にしてしまう……それだけは絶対に嫌だったんです!」


 それは、ティフォンの件の前から、ずっとリネアの心につきまとっていた不安だった。フィルとリネアは同じ時を生きられないという現実。

 今は良いが、これから先、年を経るごとにフィルとの隔たりは大きくなっていき、やがてリネアは年老いて死ぬ。

 『無常の実』について考える過程で、玉藻から神獣の意識の代替わりについて聞いた時、もしかしたらと思った。自分の望みを叶える絶好の機会ではないかと。


「その時が来たら、リネアに九尾を譲るつもりだったのに…」

 フィルはリネアの耳元で囁いた。

「でも、それでは…」

 リネアは恥ずかしそうに頬を染める。

「フィル様に触れられないじゃないですか…フィル様の温もりを感じられなくなるなんて嫌です…」

 自分と共にあるため、人を辞めることを選んでくれたリネアに、フィルはあえて訊く。


「リネア…ずっと、ずっと、わたしの側にいてほしい。…いてくれる?」

「もちろんです。私はずっとずっと、何百年、何千年でもフィル様のお側にいます!」

 瞬間、感極まったリネアの尻尾が、赤褐色の鱗に覆われた竜のそれに変化し、頭の狐耳も真っ黒な光沢を放つ竜の角になっていた。

「あ…」

 恥ずかしそうに、リネアはスカートの後ろを押さえる。

「…フィル様が初めて狐人の姿になった時、こんな気持ちだったんですね…」

「わかってくれて嬉しいよ。…けっこう恥ずかしいでしょ?」

 目じりに浮かんだ涙を拭い、フィルはリネアをもう一度強く抱きしめた。


「どうして、ティフォンが代替わりできると思ったの?ティフォンは、代替わりのことを知らなかったんだよね」

「神話に語られた『無常の実』のことを、私なりに考えたんです。神獣が何かを食べるということは、九尾様のように意識の代替わりを意味しているんじゃないか。ティフォン様と敵対していた神々が、ティフォン様の代替わりを狙って次代の意識になるはずだった者をすり替えたんじゃないかって…」

「それが、『勝利の実』とすり替えられた『無常の実』ってこと?」


「はい。先代の意識と話をしましたが、フィル様の仰る通り、代替わりしたことを全く覚えていない様子でした。おそらく、姿を偽るなどして、神々に逆らうことができない…その意思すらない者…おそらくは、まだ物心もつかない生まれたばかりの竜の子を食べさせ、ティフォン様が戦えないようにしたのだと思います」

 リネアは少し悲しそうに顔を曇らせる。その理由はフィルにもわかった。


 ティフォンの中に残っていた断片的な記憶によれば、神話の時代のティフォンは竜種の王たる神獣であり、眷属である竜の一族から優秀な者を見極め、代々神獣の力を受け継がせていたらしい。つまりティフォンという存在には、竜族の王権という側面もあったのだ。


『勝利の実』とは、神に抗う意思を持ち、竜王として一族をまとめ、ティフォンの強大な力を存分に振るうに足る、成熟した意識。

『無常の実』とは、己が何なのかすら理解できず、ただ自らの強大な力に恐怖し混乱する、幼い意識。


 その二つをすり替えることで、神々はティフォンと戦う事を避け、封ずる事に成功したのだ。


「神様って、意外と汚いんだね。なんか幻滅した」

 リネアの話を聞いたパエラが、そんな感想を漏らしたのにも頷ける。控えめに言っても、卑怯のそしりはまぬがれない。それほどまでに神々は追い詰められていた、ということか。

 何にせよ、遙かな昔の話。今となっては全て終わったことだ。


「…気が付いたらティフォンの意識になっていて、わけもわからないまま封じられて、ようやく地上に出られた時には他の竜も、神々も、すでにいない。…ティフォンは、自分が何なのか、何をしていいのかもわからなかったんだね」


「はい。可哀想な子でした…私に意識を譲った後も、私の中に自我を残す事はできると伝えたのですが、もういいと…」

 ティフォンの心は幼子のまま、周りには誰もおらず、ただ寂しくて、どうしていいかもわからなくて、だがその強い力のせいで死ぬことさえ出来ず、生き続けることが苦痛としか思えなくなってしまった。だから…自分をティフォンという枷から解き放ってくれる者を求めたのだ。


 『無常の実』の神話。それは全てが作り話ではなく、ちゃんと真実を内包していた。

 リネアは、自分にティフォンと戦う力などないとわかっている。だからこそ別の可能性を真剣に考え、それに賭けた。腕の中のリネアの温もりを感じながら、フィルはリネアの気持ちがとても嬉しかった。


「…リネア、その子の分まで生きようね……わたしと一緒に」

「はい…」

 リネアの腕がフィルの首の後ろに回される。ゆっくりとリネアの顔が近づき、唇が重なった。少し湿った音と長い口づけの後、ほぅと甘い吐息が漏れる。

「…私の全ては、フィル様のものですから…」

「リネア…」

 だが、2人だけの世界は唐突に終わりを告げた。


「フィルさま、リネアちゃん、お楽しみのところ悪いんだけど、そろそろいいかなー?メリシャの目隠し取っちゃうよー?」

 メリシャの目を手で隠しながら、パエラがにニマニマと笑いながら棒読み口調で言う。

「パエラー、見えないよー、メリシャもリネアに抱っこされたい!」

「…っ!」

 顔を真っ赤にして、フィルとリネアはバッと体を離した。


 アルゴス王都パドキアで、それを最初に見つけたのは、王宮の見張りに立っていた兵士だった。


 朝日の中、空を走る金色の狐に導かれるように、巨竜のシルエットがこちらに向かって飛んでくる。兵士は驚き目を疑ったが、その姿は見間違いではなかった。

 直ちに警報のドラムが打ち鳴らされ、それを聞いたアルラとカルムも慌てて窓辺に駆け寄った。


「あれは、フィル様…どうして…」

 信じられない思いだった。フィルはティフォンは自分を追ってくると言っていた。それがわかっていて、わざわざティフォンをここまで連れてくるなんて…

 まさか、自分と自分の領地の代わりに、アルゴスをティフォンに差し出したのか?…為政者ではあれば、その決断も理解できなくはない。だが、フィルに裏切られたのかと思うと、とても残念だった。


「急いで兵士の召集と、市民の避難を!街の外にはもう逃げられません。出来る限り地下に避難させなさい!」

 アルラの命令に、兵士の一人が飛び出していく。

「姉上、どうすれば…!」

 万策尽きたと言う表情で、カルムは壁に拳を打ち付けていた。


「聞け!戦う必要はない。逃げる必要もない。ティフォンはもう誰も襲わない!」

 フィルの声が響いた。そして、九尾の姿を見せつけるようにアルラ達の目の前を通り抜け、王宮の広場へと降り立った。

 アルラとカルムは、広場へと急ぐ。


「フィル様!」

「アルラ様、ご安心ください。ティフォンはもう恐れるべき存在ではありません」

 人間の姿に戻ってにこりと笑うフィルに、アルラは呆気にとられる。今も頭上には、巨竜が飛んでいるというのに。

 近くにいるカルムや兵士たちも、目を見開き、口を半開きにして空を舞う巨竜の姿を見上げている。


「フィル様、あの巨竜がティフォンなのですか?本当に、こちらを襲ってくることはないのですか?」

「はい。良く見て下さい。頭の上にメリシャを乗せているでしょう?」

 見上げたアルラの目に、ティフォンの頭の上にまたがり、楽しそうにはしゃいでいるメリシャの姿が見えた。


「フィル様、一体何があったのか、私達にもわかるように説明して頂けますか?」

「私の言葉より、ご自身の目でお確かめください」


 フィルが上空に向かって手を振る。

 それに応えるようにティフォンの巨体が広場に向けて降下してきたかと思うと、途中でその背からアラクネの少女が飛び降り、次の瞬間、巨竜の姿は一瞬でかき消える。

 そして、巨竜と入れ替わるように現れた狐人の少女が身軽に広場へと降り立った。

次回予定「メリシャの帰る場所」

ティフォンの脅威は去り、アルゴスの危機は解決した。

メリシャを王家に戻したいアルゴス王国と、サエイレムに連れ帰りたいフィル、その結末は…

第三部「アルゴス王国の危機」次回で完結です。

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