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傾国狐のまつりごと-食われて始まる建国物語-  作者: つね
 第3章 アルゴス王国の危機
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リネアの賭け

メリシャに自らの未来を『見て』ほしいと頼んだリネア。

リネアは一体、何をしようというのか。

「リネア…大丈夫な未来はちゃんとあるよ。…だけど、もし失敗したら、リネアもフィルもどちらも死んじゃう。そんなのメリシャ嫌だよ!」

 リネアの未来を『見た』メリシャは、口を開くなり言った。

「…私が賭けに失敗したら…フィル様も死んでしまう、ということですね?」

「たぶん…そうだと思う。でも、メリシャは『見る』ことしかできないから、どうすれば大丈夫になるのか、わからないの」

 メリシャは、目を潤ませてリネアを見上げる。


 メリシャが何を『見た』のか…自分がやろうとしていることだ。想像はできる。

 賭けに失敗したら、自分は間違いなく死ぬだろう。

 そして、自分が死んだ…いや、ティフォンに殺されたら、フィルは絶対にティフォンを許さない。たとえ勝ち目がないとわかっていても、フィルはティフォンに襲い掛かり…そして、敗れるのだ。

 メリシャが、フィルやリネアが死ぬところを見てしまったのは間違いない。メリシャにとって、それは耐え難い光景だったろう。


「ごめんなさい、メリシャ。私の我が儘で、悲しい未来をたくさん見せてしまいました。どうか、許してください…」

 リネアは、深々と頭を下げた。

「そんなのいいよ!フィルとリネアが一緒にいてくれたら、メリシャはそれだけいい!」

 メリシャはパエラの背から身を乗り出して叫ぶ。


「リネアちゃん、正気?フィル様が知ったらきっと怒るし、悲しむよ。あたしだって、正直怒ってる。リネアちゃんがそんなこと考えるなんて思わなかった」

 パエラも眉を吊り上げてリネアに言った。

「フィル様にはあんなに怒っておいて、そのリネアちゃんがいなくなったら、意味ないじゃない!」


「私はいなくなりません。必ず戻ります」

「でも、失敗するかもしれないんだよ」

「私は、メリシャが『見て』くれた未来を信じます。私は必ずその未来を掴まなくてはならないんです。そうしないと、私の望みは叶わないんです」

 リネアは、穏やかな笑みを浮かべていた。

「でも…!」

 メリシャが何か言おうとした瞬間に、視界の隅で激しい炎が上がり、ティフォンに対峙していたフィルが狐火をまとってティフォンに突っ込んだ。心配したとおり、やはり話し合いは決裂したようだ。


「リネアちゃん、メリシャ、逃げるよ!リネアちゃんも早くあたしに掴まって!」

 フィルに言われたおり、パエラは二人を連れてその場を離れようとした。だが、リネアはその場から動かない。

「リネアちゃん!」

「ごめんなさい、パエラちゃん。私、行ってきます!」

「待って!」

 フィルの方へ駆け出すリネアに、パエラも追いすがる。

「リネアちゃん、ダメだって!…フィルさま!フィルさまーっ!」

 メリシャを背負っている以上、あまり戦いの場に近づくわけにもいかず、リネアを止められないと思ったパエラは大声でフィルを呼んだ。


「…フィルさまーっ!」

 大声でパエラが呼んでいるのに気付いて、フィルはティフォンの前から飛び退いた。

 声のした方を見ると、こちらに駆けてくるリネアがいて、その後ろでメリシャを背負ったパエラが不安そうにこちらを見ていた。

「ちょっ…リネア、何やっているの?!」


 慌てて跳躍しリネアの側に着地する。その瞬間、ティフォンに殴られた部分がズキリと痛み、思わずフィルは体勢を崩した。喉にこみ上げてきた生暖かいものを吐き出すと、それは血の塊だった。


「フィル様、大丈夫ですか?!」

 地面にフィルの吐き出した血が飛び散るのを見て、リネアはフィルに駆け寄る。

「リネア、どうしてパエラと逃げないの?!何かあったら逃げるように言ったじゃない!わたしも必ず戻る、本当に、約束するから!」

 心配そうに自分を見上げるリネアに、フィルはやや強い口調で言った。


 だが、リネアは真剣な表情をフィルに向けた。

「…フィル様、私に任せて頂けませんか?」

「え?」

 リネアの意外な言葉に、フィルは動きを止める。


「少しの間で構いません。私にティフォン様とお話しさせてください。…その間、フィル様は、メリシャとパエラちゃんをお願いします」

 そう言ってリネアはフィルに頭を下げ、ティフォンの方へと歩き始めた。その何かを決意した様子に、フィルは言い様のない不安にとらわれる。


「ちょ、ちょっと、リネア…!」

 フィルは慌てて人間の姿に戻り、リネアの手を掴む。

「待って!一体、何をするつもりなの?」

 リネアは、そっとフィルの手を解き、首を横に振る。


「ティフォン様を止められるかもしれません。やらせてください。…私は…私の望みを叶えたいんです」

「リネアの、望み…?」

 リネアは、微笑んでフィルを強く抱きしめた。そして、フィルの耳元で囁く。

「そうです。私は、これからもフィル様のお側にいたい。フィル様との約束を破りたくないんです」

「…わたしとの約束…?」

「はい」

 ふわりと笑ってリネアはフィルから身体を離す。そして、必ず戻ります、と言い残し、しっかりした足取りでティフォンへと近づいていった。


「お前は?」

 1人で近づいてきたリネアに、ティフォンはちらりと視線を向け、感情の籠もらぬ声で問うた。

「ティフォン様、私はリネアと申します……少し話を聞いて頂けないでしょうか。それほどまでに滅びをお望みでしたら、私に考えがございます」

 リネアの言葉に、ティフォンは軽く首をかしげる。ごく小さな力しか感じない娘。だが、己をを前にして、逃げ出すこともなく、臆して竦み上がることもなく、毅然と背筋を伸ばして話かけるリネアに、ティフォンは興味をひかれた。

「…よかろう。話してみるがいい」


「ティフォン様の全てを、私にお譲り頂けませんか?」

 リネアは、ティフォンの目をまっすぐに見て、そう言った。


「フィル、大丈夫?」

 よほど余裕のない表情をしていたのか、メリシャが隣に立つフィルの袖を引く。

「う、うん…」

 ぎこちなくメリシャに頷く。だが、目はリネアから外すことができなかった。

 メリシャの隣では、パエラも厳しい表情を浮かべ、黙ってリネアの様子を見ていた。


 リネアはティフォンの前に立っている。何事か話しているようだ。今のところ、ティフォンはやや身を屈め、大人しくリネアの話を聞いているように見える。


 だが、ティフォンが腕を軽く一振りするだけで、リネアは命を落とす。九尾の姿になって飛び込んでもリネアを守れるかわからない。そう思うと、フィルは気が気ではなかった。

 お願い…リネア、無事に戻って…フィルは祈るようにリネアを見つめる。

 

 不意に、ティフォンが巨竜の姿に戻った。

 フィルも九尾の姿をとり、すぐに逃げられるよう、メリシャとパエラを背に乗せる。リネアは目の前の巨竜を見上げて、祈るように胸の前で両手を組む。

 どうぞ…リネアの口が、そう動くのが見えた。

「リネア、早くこっちへ!もういい、逃げましょう!」

 フィルは叫んでリネアのところへ走り出す…だが、次の瞬間、ティフォンは大きく口を開いて足下のリネアに覆い被さり、その口の中にリネアの姿は消えた。


「…っ!!」

 フィルは、足を止めて呆然とリネアがいた場所を見つめた。そこにはもうリネアの姿はない。ティフォンは少し膨らんだ口を上に向け、その喉がごくりと動いた。


「う…、うぁ…あぁぁぁっ!」

 リネアが食べられた。それを見てしまったフィルの悲痛な叫びが響く。


「リネア…リネア…リネア!…どうして、どうしてっ…!」

 リネアを飲み込んだティフォンは、そのまま動かない。

 

「おのれ!…よくも…よくもリネアを…!」

 フィルは血走った目でティフォンを睨み付けた。

 絶対に許さない、刺し違えてでもリネアの仇をとってやる。フィルが放った強烈な殺気に、メリシャとパエラは身をすくませた。自分たちに向けられたものではないとしても気を失いそうだ。メリシャは頭を抱えてパエラの腕の中で身体を丸めている。


 フィルの周囲を埋め尽くすように大量の狐火が現れた。いつもの青白い炎ではなく、血のように赤い炎。それはフィルの中に渦巻く怒りと憎しみが溢れだしたかのように、ゆらゆらと不気味に揺らめいている。

「フィル…熱いよ…」

 背中から、メリシャのか細い声が聞こえた。そうだ、メリシャとパエラを乗せたままでは戦えない。フィルはハッとして少しだけ落ち着きを取り戻す。

 このままでは2人まで焼き殺してしまうと気付き、フィルは狐火を消した。だが、怒りが収まったわけではない。


 顔はティフォンに向けたまま、メリシャとパエラに言う。

「ごめん。わたし、リネアの仇を討たなきゃいけない。メリシャとパエラはパドキアに…いえ、アラクネの里に逃げて」

 どれだけ怒りが強くても、憎しみが強くても、正直、ティフォンに勝つのは難しいだろう。

 怒りを糧にそれまで勝てなかった強敵を討ち果たすなど、演劇で語られる英雄譚の中だけのことだ。たぶん、自分も殺される。

 でも、こいつはリネアを殺した。それだけは絶対に許さない。たとえ刺し違えてでも一矢報いてやらなくてはならない。


「わたしは、死んでもリネアの仇をとる。…パエラ、メリシャをお願い」

「そんな…フィルさま!」


「フィル!やめて!」

 メリシャが叫んだ。

「リネアは死んでないよ!食べられただけ…ティフォンを殺したら、リネアが死んじゃう!」


「え?!…メリシャ、それは…」

 神獣に食べられる、それがどういうことか…なぜメリシャはそれを知っているのか。

 まさかリネアは…でも、ティフォンにはそれが出来ないから滅びを望んだのではないのか…


 混乱するフィルの目の前で、巨竜の姿が白い光に包まれていく。ティフォンの赤褐色の身体が白い光で塗りつぶされ、竜の形を失って繭か卵のような丸い形へと変化していく。

 そして、光は見る見る小さくなっていった。

次回予定「竜を継ぐ者」

自らをティフォンに差し出したリネア。はたしてその結末は…。

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