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傾国狐のまつりごと-食われて始まる建国物語-  作者: つね
 第3章 アルゴス王国の危機
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フィルの決意

反乱は片付いたが、ティフォンの脅威は何も解決していない。

ティフォンの目的は、九尾に滅ぼされること。そしてフィルは…

 アルゴスの一部士官らによる反乱は、大事には至らず失敗に終わった。

 フィルがメリシャを助けに向かった後、王宮ではアルラが直接軍を指揮して、反乱に加担した者達を捕らえていた。パエラが縛り上げた反乱の首謀者たちも、アルラたちに引き渡され、反乱は1日とたたずに鎮圧されたのである。

  

 反乱の鎮圧の翌日、アルラは王宮の広間にフィルたちを招いた。その場には、王弟カルムをはじめ、アルゴス王国の主要な文官、武官たちが集められていた。

 アルラはまず、反乱鎮圧への協力に対する感謝と、フィルたちを巻き込んだことへの謝罪を行ったが、本題はそれではない。すぐに話題は反乱よりも余程大きな危機、ティフォンへの対処をどうするかに移った。

 アルゴスの危機は何も解決していない。九尾の力を以てしてもティフォンを倒すのは難しいとわかった今、事態はより悪化しているとも言える。


 まずはフィルが、実際に見てきたティフォンの様子について説明する。

「ティフォンは、わたしが持つ九尾の力を感じ、わたしに滅ぼされることを望んでいます。だから、北の住処を出て、わたしがいる南へと向かったのだとティフォンは言いました」

「滅ぼされることを、望んだ?」

 思わず聞き返したアルラに、フィルは頷く。


 そして、九尾やティフォンから聞いた、長い長い時を生きた神獣が至る末路、滅びを願う理由を簡単に説明した。その滅びを回避するために、九尾は他者を取り込んで意識を代替わりさせるという手段を用いており、フィルが九尾の力を得たのはそれが原因であることも話す。


「そうだったのですね…」

「正直、わたしの力ではティフォンに歯が立ちませんでした。ティフォンもそれに落胆したようで、わたしがその場から逃げても、追ってくることはありませんでした。…それでも、いずれティフォンはわたしを捜しに来るでしょう。万に一つでも、この世でティフォンを滅ぼせるかもしれない存在は、同じく神と呼ばれた獣である九尾だけですから」

 フィルの言葉にアルラは沈黙した。


 フィルの言う事が正しいのなら、話は簡単だ。

 パドキアをティフォンから守るには、フィルがここを去ればいい。ティフォンはフィルを追っていく。アルゴスとは関係のない土地で戦うなりすればいい。

 しかし、アルラやカルムをはじめ、アルゴス側の出席者の誰もがそれを口にはしなかった。

 内心は色々だったろう。反乱の鎮圧に力を貸してくれたフィルを責めることを躊躇う者、下手にフィルを怒らせ、むしろここにティフォンを呼び込むようなことをされては困ると考える者、フィルがティフォンに敗れてしまったら、結局、ティフォンは無差別に街を襲うのではないかと諦めの表情を浮かべる者。

 

 ……結局、具体的なことは何も決まらず、明日、再度話し合いをすることとなり、その場は解散となった。

 

「フィル様、ティフォンというのはそれほどの強敵なのですか?だって、魔獣オルトロスを瞬殺したフィル様でも歯が立たないなんて」

 客室に戻るなり、イネスが不安そうに言う。

「えぇ。オルトロスくらいなら群れごと焼き払えるだけの攻撃をしてみたけど、ほとんど効いてなかった」

「ひぇ、本当にそんな生き物がいるんですか?…巨人族でもそんなの耐えられないのに…」

 ミュリスは口元に手を当てて青くなっている。


「でも、そいつはフィルさまに滅ぼされたがってるんだよね?」

 冷静に言ったのはパエラだった。

「そう。ティフォンが滅ぼされるのを諦めるか、わたし以外にティフォンを滅ぼせる相手が見つかるまで、ティフォンはわたしを追い、本気で自分と戦えと迫るでしょうね」

 つまりフィルはパドキアから離れたとしても、サエイレムには帰れない。そんなことをすれば、ティフォンをサエイレムに引き込んでしまう。


「いい方法がないか、もう一度考えてみる。みんなも何か思い付いたら教えて…」

 そう言って窓際に置かれた机に向かったフィルは、その日一日そこを動かず、ひたすらに何かを書き続けていた。


 昼が過ぎ、夜になり、いつもなら楽しげな会話が飛び交う夕食の席でも、皆は押し黙ったままだった。


「フィルさま、みんなで戦おうよ。やっぱりそれしかないよ」

 意を決したようにパエラが言った。


「イネスとミュリスに、このことをサエイレムに伝えてもらって、サエイレムとベナトリアの全軍を動員してもらう。それに、ケンタウロスのウルド様だって事情を話せば手伝ってくれるはずだよ。もちろんティミアにも手伝ってもらう。フィルさまを追ってくることがわかっているなら、アラクネ族得意の罠だって仕掛けられる。そこでフィルさまの全力の攻撃を撃ち込めば、さすがに…」

 フィルだけで勝てないなら、みんなで戦うしかない。事情を説明すればみんなフィルのために戦ってくれる。きっと反対する者はいない。そう思った。


「パエラ…ありがとう。でも、それはできないよ」

 小さく笑ってフィルは首を振る。


「どうして?!だって、そうしないとフィルさまは…!」

 パエラは言葉に詰まった。神獣の力を以てしても勝てない相手だ。いくら大軍を揃えて戦っても、勝ち負け以前に大きな犠牲が出るのは間違いない。そんなことをフィルさまが望まないのはよく分かる。だけど、それでは…


「でも…でも…」

 パエラは必死に考える。しかし、昼間から散々考えたけれど、他にいい方法なんて思いつかなかった。


 その後もパエラは一生懸命フィルを説得した。犠牲が出るかも知れない。でも、戦い方次第でそれは少なくすることも出来る、戦いのプロであるバルケスやエリンに相談すれば、きっと良い戦い方を考えてくれる。

 …だが、フィルが頷くことはなかった。


 時間だけが過ぎ、夜も更けた。メリシャは眠気に耐えられなくなり、リネアとともに寝室に入っていた。


「わたし達も今日はもう休もう。わたしも少し疲れたわ…パエラ、色々考えてくれて、本当にありがとう」

 穏やかに微笑むフィルの顔を、パエラは見ていられなかった。


「…わかった。フィルさま、おやすみなさい…また明日」

「おやすみなさい」

 フィルは、そう言って続き間になっている寝室に入っていった。それを見送ったパエラはのろのろと部屋の隅に行き、壁を向いて蹲る。


「イネスとミュリスも寝たら?」

 気まずそうにしている2人に、パエラは壁を向いたまま言った。

「そう、ありがと。先に寝るね」

「おやすみ。パエラ」

 パエラに励ましの言葉も見つからず、2人はぎこちない笑みを浮かべて、隣室へと消える。


 誰もいなくなった部屋で、パエラは音を立てないように、そっと机に向かった。昼間、フィルが何を書いていたのか。…とても嫌な予感がした。

 机の上に置かれた木箱の中には、幾つかの丸められた羊皮紙。

 悪いとは思いつつ、パエラは封蝋を割ってそれを開く。中身を読んだパエラは、思わずその紙をぐしゃりと握りつぶした。手紙の体裁をとってはいたが、それはサエイレムの主立った者たちに宛てて、自分がいなくなった後のことを書き綴った、いわば遺言だった。


「フィルさま…お願いだから…一緒にサエイレムに帰ろうよ…こんなの、嫌だよ…」

 しばらくして、すすり泣くパエラの嗚咽が小さく部屋に響いた。


「リネア、メリシャは?」

「よく寝ています」

 寝室に入ったフィルに、ベッドでメリシャを寝かしつけていたリネアがそっと身を起こす。


「リネアも、そのまま寝てて良いよ」

「では、フィル様も…」

「わたしは…少し夜風に当たってから寝るから、先に休んでて」

 フィルはそう言って、寝室のバルコニーに出た。


 晴れた夜空には、たくさんの星が出ていた。フィルは、手すりにもたれて星空を見上げる。


 フィルの中で結論は出ていた。ティフォンが自分を追ってくるなら、自分が囮になってどこか遠くへ行けばいい。アルゴスにもサエイレムにも関係ないところへ行けばいい。


 自分がいなくなった後のことは手紙に書いておいた。…せっかく、ベナトリアの一件が片付いて、これからという時なのに。

 …心残りはたくさんある。やりたいことだって、約束を果たしていないことだってたくさんある。


 正直言えば、今すぐにでも皆を連れてサエイレムに帰りたい。パエラがみんなで戦おうと提案してくれたのは、本当に嬉しかった。賛成したいとも思った。けれど、それによって生じる多くの犠牲のことを考えたら、やっぱりダメだ。

 わかっている。ティフォンに勝てない以上、他に方法はない。


 フィルは、そっと寝室の方を振り向いた。朝、目が覚めて自分がいなくなっていたら、リネアとメリシャは泣くだろう。自分だって泣きそうだ。

 リネアを両親に紹介すると約束したのに、それも果たせず、リネアと二度と会えなくなってしまう……フィルは拳を握り、手すりを叩く。その手に、我慢していた涙が落ちた。

 手すりを握り締め、声を殺して泣く。嫌だ、嫌だ…と声には出さずに口を動かしながら…


 しばらく泣いて、少し気持ちが落ち着いた。未練も吐き出した。これはリネアを助ける為なんだ。自分に言い聞かせるように、フィルはつぶやいた。きっと聞いているだろう、妲己と玉藻は何も言わない。


 リネアは魔族なのに、人間の私を一生懸命に助けようとしてくれた。自分はリネアがいたから、九尾の力に頼って生き返った。リネアに出会わなければ、全てはあの森の中で終わっていた。

 自分がいなくなっても、サエイレムが無事なら、きっとリネアもメリシャも幸せに暮らしていける。そのためなら…

 心残りがあるとしたら、リネアの優しい笑顔を、もう見られないことか。

 

 フィルは、せめて最後にリネアの寝顔を見て行こうと、音をたてないようにそっと寝室を覗いた。


「……っ!」

「フィル様、お休みになるのではないのですか?」

 寝室の窓辺に、先に休んだはずのリネアが立っていた。

次回予定「初めての喧嘩」

ティフォンの囮になることを決意したフィル。しかし、それに気付いたリネアは…

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