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傾国狐のまつりごと-食われて始まる建国物語-  作者: つね
 第3章 アルゴス王国の危機
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メリシャ救出

リネアを助け出し、メリシャの捕らわれている場所へ向かうフィル。

そこにやってきたのは…

「リネア、ちょっと我慢してね」

 王宮前の広場に出たフィルは、追いついてきたリネアの手を引いて、ひょいとお姫様抱っこをした。

「フィル様…?」

「ここから飛び降りる。怖いかも知れないけど、急ぎたいから」

「…はい。大丈夫です」


 今は一刻も早くメリシャのところに行かなくては…やや顔を強張らせながらもリネアは頷き、フィルの首に手を回してぎゅっとしがみついた。

「しっかり掴まってて」

 フィルはテラス状の広場から、手すりを飛び越え空中に身を躍らせた。九尾の姿で空を走る時のように風を蹴り、町並みの上を玉藻の気配を感じる方へと向かう。


 やがてフィルは、一軒の屋敷の屋上に着地した。周りに人の気配が無いことを確認して、そっとリネアを下ろす。

 丘の頂上に建つ王宮からさほど離れていない、中腹より少し上の比較的裕福な市民が多いエリア。

 フィルたちが降りたのは、その中でも大きな三階建ての建物だった。丘の斜面に沿って階段状に建物が重ねられており、各階には見晴らしの良い広いテラスが設けられている。

 豊かな商人の家か何かだろうか。


「ここに、メリシャがいるのですか?」

(来たか)

 リネアが尋ねると同時に、石造りの床からするりと玉藻が姿を現した。

「玉藻様、メリシャは無事なのですか?!」

(怪我はしておらん…じゃが、怯えてはおるな。麿が来たから少しは安心したようじゃが、それまではずっと泣いておったようじゃ)


「メリシャ…」

 リネアは辛そうに俯いた。

 フィルは、そっとリネアの方を抱きながら、玉藻に尋ねる。

「中の様子はどうなの?」


(メリシャは、2階の奥にある客間のような部屋に閉じ込められておる。部屋の中に兵はおらん。見張りは部屋の入口に2人、そのほかに1階の広間に20人ほどいる。どうやらここは反乱を起こした連中の本陣になっているらしい)

「じゃ、ここにいる連中が反乱の首謀者ってことね?」

(そうじゃ。王宮との間には伝令が走っておったが、王宮でフィルが暴れたせいで、王宮からの知らせが途絶えておる。フィルがこちらに向かったことには、まだ気付かれておらん)

「チャンスね、このままメリシャを取り戻しに行く。リネア、わたしから離れないようにしてね」

「わかりました」

 リネアは気を取り直して顔を上げた。


 玉藻の案内で屋敷の内部に入りこんだフィルは、すぐに廊下の先に兵士が守られた扉を見つけた。

 物陰から様子を伺う。玉藻の言ったとおり数は2人。

(妲己、お願いしていい?)

(体術で昏倒させればいいのね?)

(そう。ここはわたしの領地じゃないから無闇に殺すのはちょっとね…裁きはアルラ様に任せましょう)

 短いやりとりの後、フィルの瞳が金色に変わる。

「リネア、少しここで待ってて。すぐ終わるから」

「はい。妲己様、お気を付けて」


 ごく自然な動作で、妲己は物陰から廊下に出る。武器も何も手にしていない少女の姿に、扉を見張っていた兵士は何の警戒もしなかった。メリシャの世話にやってきた屋敷の使用人だと思ったのだ。

 扉の近くまで来た妲己は、微笑んで一礼すると、軽く腰を落として右側にいた兵士のみぞおちに掌底を突き込んだ。

「ぐぼっ…!」

 完全な不意打ちを受けた兵士は、声も出ず、ただ体内の空気が逆流する湿った音を漏らして昏倒する。

「なっ…貴様は…!」

 言いかけたもう一人が剣を抜くより早く、妲己はくるりと身を翻して上段回し蹴りを繰り出す。側頭部に踵を打ち込まれた左側の兵士は一撃で脳震盪を起こし、意識を刈り取られた。

 

 妲己は無言で扉に手をかける。鍵はかかっていなかった。ゆっくりと扉を開け隙間から中を伺う。部屋の中には、手前に長椅子とテーブルのセットが置かれ、奥に薄衣のかかったベッドがある。そのベッドの上には小さな人影が背を丸めて蹲っていた。

 妲己は、室内に危険のないことを見て取ると、リネアに手招きする。

 リネアが小走りにフィルのそばまでやってくると、妲己はフィルと入れ替わった。

(フィル、早く呼んであげなさい)

 妲己から身体を返されたフィルは、大きく扉を開け、声を上げた。


「メリシャ!」

「…フィル?!」

 待ち望んだ声に、ベッドの上のメリシャは顔を上げ、扉を振り返る。

「メリシャ、遅くなってごめん!助けに来たよ!」

「フィル!」

 メリシャはベッドから飛び降りてフィルの腰にぎゅっと抱きついた。

「フィル…フィルぅ…」

「ごめんね。わたしが油断したせいで…怖い思いをさせたね。本当にごめんなさい」 

「フィル、リネアは?!…リネアも捕まっちゃったんだよ!」

 メリシャはハッと顔を上げた。兵士に無理矢理引きずられていくリネアの姿を思い出して、メリシャはフィルに訴える。

「お願い、フィル!リネアも助けないと!」


「メリシャ、私はここにいます。もう大丈夫ですよ」

 フィルの後ろで微笑むリネアの姿を見て、安心したメリシャの目からポロポロと涙がこぼれた。

「良かった……ぐすっ、うぅ…」

「泣かないの。もう大丈夫だから…ね、メリシャ」

 フィルとリネアは、その場にしゃがんでメリシャをしっかりと抱き締めた。


「リネアとメリシャが無事なのは良かったけど…」

 メリシャが泣き止むのを待って、身体を離したフィルは、リネアとメリシャを助けたことで一旦おさまっていた怒りを再燃させる。

「このままじゃ、どうにも気が済まないわ…どうしてくれようかしら」


「そうだねー、まずはあたしの糸で縛り上げるから、フィルさまの狐火で火あぶりしちゃおうよ?」


「パエラ、そうしたいところだけど…さすがに殺すわけには……えっ?!」

 聞き慣れた声に返事をしてから、フィルはおかしいことに気付く。フィルが留守の間、パエラはアラクネの里の再建を手伝いに行っているはず…


「フィルさま、手伝いに来たよ」

 窓の外で糸でぶら下がっていたパエラが、するっと部屋の中に入ってきた。続いて二人のハルピュイアも。


「パエラ!それにイネスとミュリスまで、一体、どうして?!」

「フィル様にお手紙を預かってきました。グラム様からテミス様のところに届いたものですが、すぐにフィル様に届けよと」

 イネスが背負っていた文書筒をフィルに差し出す。

「私は別件でアラクネの里に来ていたのですが、パエラに無理矢理……」

 ミュリスは恨めしそうにパエラを見て、ため息をつく。


「テミス様がフィル様に『急いで届けよ』なんて、その手紙、絶対キナ臭い感じじゃない。だから、里に休憩に降りてきたイネスを捕まえて、一人じゃ無理だからミュリスにも頼んで、ここまで運んでもらったの。この街の上まで来たら、フィルさまとリネアちゃんがここに入るのが見えたから、追いかけてきたってわけ」

 えへんと胸を張るパエラと、それを疲れた表情で見ているイネスとミュリス。どうやら二人でパエラを吊り下げてここまで飛んできたらしい。それは大変だったろう…


「……来てくれたんだ。ありがとう」

 フィルは、つぶやくように言った。

 ティフォンには敵わず、リネアたちも守れず、無意識に心細さを感じていたのかもしれない。パエラたちが来てくれたことが、素直に嬉しい。


「フィルさま、何かあった?」

 パエラが、少し心配そうな顔になる。

「勝手に来ちゃったから、『どうして来たの!』って、怒られると思ったのに…」

「そうね…でも…それでも来てくれたんだよね。パエラ」


「やっぱり今日のフィルさまはおかしいよ。熱でもあるんじゃない?」

 パエラが、ひたりとフィルの額に手のひらを当てた。

「もぅ!せっかく素直に感謝してるのに!」

 フィルは頬を膨らませて、パエラを睨む。


「ごめんごめん。フィルさま、何でも手伝うから機嫌直してよ」

「…ありがとう。パエラ」

 にぱっと笑うパエラに釣られて、フィルも表情を緩めた。

次回予定「反乱の動機」

メリシャを無事救出し、パエラたちも加わった。

そして、テミスがフィルに至急知らせようとしたこととは?

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