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傾国狐のまつりごと-食われて始まる建国物語-  作者: つね
 第3章 アルゴス王国の危機
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リネア救出

アルゴスの反乱に巻き込まれ、離れ離れになったフィルたち。

フィルは妲己と玉藻の協力を得て救出に動きだす。

(どうにかして逃げないと…!)

 リネアは、部屋のいる兵士たちを刺激しないよう、目を閉じて顔を俯かせた。背後の壁に寄りかかり、縛られた手を身体と壁の間に隠す。

 兵たちの話を聞くに、どうやら彼らはメリシャを王に就けようとする、先の内戦の残党らしい。だとすれば、メリシャに危害を加えるようなことはしないはずだ。


 リネアは、自分が一番の足枷であり、自分が人質を脱することが事態解決のカギなのだと悟った。

 自分さえ逃れることができれば、フィルは連中に従わなくて済む。メリシャだって助けられる。

 きっと、フィルは心配しているだろう。メリシャは怖い思いをしているだろう。


 リネアは、背に隠した右手の指先に小さな炎を灯した。

 リネアが持って生まれた、小さな火を灯す能力。どうしてこんなことができるのか、自分でもよくわからない能力だが、リネアは能力を授けてくれた母ファムに感謝する。

 いつもは竈に火を入れる時や、ランプを灯す時に便利に使っているが、こんな時に役に立つとは思わなかった。


 リネアは、指先の炎で手首を縛るロープを炙り、焼き切っていく。煙と臭いでばれないよう、少しづつ。

 だが、後ろ手に手探りでやっていること。時々指先が逸れて自分の肌を炎が焼いてしまう。だが、熱さと痛みは猿轡をきつく噛みしめて我慢し、リネアはロープを焼く事を止めない。


 どのくらい続けただろうか、リネアの額にはびっしりと汗が浮かんでいた。火傷を負った手首は熱を持ち、ロープの切れ端が触れるだけで激痛が走る。だが、先ほどプツリとした感触があり、ゆっくりと手を引いてみると、手が自由になっていた。あとは、どうやって兵士たちの隙を突くかだ。


 近くに転がされているカルムも助けたいところだが、さすがに難しい。自分が逃げてフィルが自由になれば、こんな連中はすぐに倒せるだろうから、それまで辛抱してもらうことにする。

 リネアは、ローブを切ったことを悟られないよう、背中に手を組んだまま、いつでも立ち上がれるように少し身体を起こした。


(リネア、探したわよ)

 不意に、リネアに頭の中に声が響いた。

(妲己様ですか?)

 部屋の中に姿は見えないが、すぐ近くにいるのか声ははっきりと聞こえる。部屋にいる兵士に悟られないよう、リネアは顔を伏せたまま妲己の声に答えた。

(えぇ、リネアを探しに来たの。怪我はない?…って、大丈夫?…その手、痛いんじゃない?)

 火傷で赤く爛れたリネアの手首に気付いて、妲己は心配そうに言った。

(このくらい、平気です。それよりもフィル様は?!)

(大丈夫。無事よ)

(よかった…)

 リネアは、ほっと表情を緩める。


(フィルはアルラ王の部屋に閉じ込められているわ。歯向かえばリネアを傷つけると脅されてね)

(申し訳ありません。私が捕まったせいで、こんなことになってしまって)

(いいえ。バカなのは反乱なんか起こした連中よ…ティフォンが迫っている時に、そんなことをしている場合じゃないでしょうに)


(妲己様、手を縛っていたロープは切りました。私は、どうすればいいでしょうか?)

(リネアは、もうしばらく縛られた振りをしていて。リネアを見つけたことをフィルに知らせるわ。早く安心させてあげないと)

(私…フィル様に心配をかけてしまっていますね)


(まぁね。…リネアとメリシャを守れなかったのは自分のせいだって、すっごく悔やんでた。アルラ王の前でなかったら、きっと泣いてるわね)

(…っ!)

 リネアは息を呑んだ。フィルの気持ちを想像して自分も泣きそうになる。

(フィル様…)

(大丈夫。すぐにフィルが助けに来るから、リネアの顔見れば安心するわよ)

 …ほんとに、お互い様ね…内心つぶやき、妲己はフィルに声を送った。


(お待たせ。リネアを見つけたわ)

 フィルの中に妲己の声が響いた。フィルは俯いていた顔を上げる。

(ほんと?!)

(えぇ、安心なさい。カルムと言ったかしら、あの男も一緒にいるわ。けど、メリシャは別に捕らえられているみたい。そっちは玉藻が探してくれてる)

(リネアは大丈夫なの?!ひどいことされてない?!)

(大丈夫よ。それより、フィルに心配をかけたって、泣きそうになってる)

(そんなことない!わたしがちゃんと守れなかったのが悪いの。すぐ助けに行くから安心してって、リネアに伝えて)

(わかったわ。…目印代わりに妾はリネアの側にいるから、妾の場所はわかるわよね?)

 声に意識を向け、妲己の気配を感じる。どうやら王宮の奥の方らしい。

「アルラ様、リネアを見つけました。助けに行きます」

 そう言ったフィルは、その場で九尾の姿へと変わった。

「早く、わたしの背に!」

「リネアさんの居場所がわかるのですか?」

「はい。妲己が見つけてくれました。カルム殿も同じ場所に捕らえられているようです」

 フィルと妲己のやりとりが聞こえないアルラには、フィルの言動は唐突に見えた。だが相手は神獣、きっと確証を得ているのだと信じて、フィルの背にしがみつく。


「王宮を壊してしまいますが、お許し下さい!」

 フィルはそう言って戸口の向こう、廊下の壁に向かって狐火をぶつけた。呆気なく壁は砕けて崩れ落ち、フィルを通す。このまま、妲己の気配を感じる場所まで一直線に進むのだ。

 ドーン、ドーン、と大きな破壊音が連続して王宮内に響き、反乱軍の兵士たちに動揺が広がっていった。


「おい、人質を連れてこい…!」

 リネアとカルムが捕らえられている部屋に、別の兵士が飛び込んできた。フィルの前でアルラに剣を突きつけていた士官だ。

「早く人質の場所を移すぞ」

 ここで人質を奪われたら、あの総督を名乗る娘が暴れ出す。青白い炎を出現させて分厚い扉を一撃で粉砕した化け物だ。とてもまともにはやり合えない。男達はリネアを部屋から連れ出すべく彼女に近づいた。


 床に座ったまま、リネアはキッと顔を上げる。妲己はすぐにフィルが助けに来ると言った。ならば、心配することは何もない。

「急げ、来い!」

 肩に手を掛けた男の手を振り払い、リネアは立ち上がった。既に自由になっていた手を首の後ろに回して猿轡も外す。

「いつの間に?!」

 リネアの手首に巻き付いたままのロープは、焼け焦げていた。

 指先に小さな炎を灯す。リネアの能力を警戒して男たちが少し後ずさった。リネアにはこれ以上大きな炎は出せない。炎を灯して見せたのはハッタリだ。


 しかし、効果はあったようだ。恐怖の表情を浮かべた男が後ずさる。

「おまえも、あの化け物のような術が使えるのか?!」

 フィルの放った狐火の威力を見ているだけに、化け物という言葉が口をついた。


「フィル様は、化け物じゃありません!」

 リネアは叫びながら男を睨み付ける。お前なんかがフィル様の何を知っているというのか。

 フィル自身、たまに自分のことを冗談めかして化け物と言うが、他人がフィルを化け物呼ばわりするのは、リネアにとって我慢ならないことだった。

 

 次の瞬間、男達の背後の壁が轟音を上げて吹っ飛んだ。

「リネア!」

 壁の破片を撒き散らしながら、金色の巨体が部屋に躍り込んでくる。

「フィル様!」

 リネアの姿を見つけたフィルは、4人の兵士たちをまとめて前足で薙いだ。軽々と弾き飛ばされ、壁に叩きつけられる。


 彼らが起き上がってこないのを見て、フィルは背のアルラを下ろして人間の姿になる。そしてリネアに駆け寄り、その身体を抱き締めた。

「ごめん、リネア…本当にごめん。怖かったよね…」

「フィル様…私こそ、ごめんなさい…私のせいでフィル様まで捕まって、それにメリシャも守れなくて…」

 リネアは、小さく震えながらフィルに謝る。


「大丈夫。リネアが謝ることなんて何もないよ。…メリシャのことも玉藻が探してくれてるから。見つかったらすぐ助けに行こう」

 フィルはリネアの身体を少し離し、リネアの顔を真っ直ぐに見つめて言った。

「はい…」

 リネアは気持ちを落ち着けるように両手を胸の前で組み、こくりと頷く。その手首が火傷で赤く爛れているのを見つけ、フィルは慌ててリネアの手を取った。


「その怪我どうしたの?!まさか、あいつらが…!」

 フィルは、壁際で折り重なっているアルゴスの兵たちに殺意の籠もった目を向ける。


「い、いいえ。これは縛られたロープを切るために、自分で…」

 一瞬目を見開いたフィルは、目を伏せて小さく首を振る。

「…もう、無茶しないで…お願いだから…リネアが傷つくところなんて、見たくないよ」


 フィルは、金色の光を宿した手のひらをリネアの火傷に重ねる。スッと痛みが無くなり、フィルが手を退けるとリネアの火傷は消え、元のきれいな肌に戻っていた。

「ありがとうございます。…ご心配をおかけしました」

「リネアが無事なら、それでいい……」

 治してもらった手首を撫でながら申し訳なさそうに言うリネアを、フィルはもう一度強く抱き締めた。


「うぅ…」

 アルラ王の手で戒めを解かれたカルムも、小さく呻きながら身を起こしていた。

「大丈夫ですか、カルム」

「姉上、…総督殿…?」

 目隠しを取られたカルムは、側にフィルとリネアがいるのを見て驚きの表情を浮かべた。


「カルム殿、ご無事で良かったです」

 とりあえずカルムも怪我はないようなので、フィルは一応そう言っておく。だが、そんなことよりももっと優先すべきメリシャだ。


「…早くメリシャを助けなきゃ」

 フィルはつぶやいた。反乱の目的からすればメリシャの身は安全だと思うが、知らない男たちに捕らえられ、怖い思いをしているだろう。それを思うと居ても立ってもいられない。


(そうね…だけど、メリシャの居所がわからないと動けないわ。…もぅ、玉藻は何をやっているのよ)

 そこへ、玉藻の声が響いた。

(妲己よ、麿は元々奥ゆかしい姫なのじゃ。そなたのような女武者と同じには動けぬわ……メリシャの居所を見つけたぞ)

(ありがとう、玉藻!すぐ助けに行くよ)

 九尾の姿になろうとするフィルを、玉藻が止める。

(待て、メリシャは王宮の外に連れ出されておる。九尾の姿で行けば、街が騒動になるぞ)


「…わかった。急いでそっちに行くから、メリシャの側に付いてて!」

「フィル様、私も行きます!」

 フィルは自分で開けた壁の穴をくぐって廊下に駆け出し、リネアもその後を追った。

次回予定「メリシャ救出」

リネアを助け出したフィル。玉藻が見つけたメリシャを助けに向かいます。

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