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傾国狐のまつりごと-食われて始まる建国物語-  作者: つね
 第3章 アルゴス王国の危機
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巨竜の脅威

アルゴスの女王アルラが、メリシャを連れ戻そうとした理由…とは?


累計20,000PVをこえました。読んでくださっている皆様、本当にありがとうございます。

今後ともよろしくお願いします。

「アルラ様、見たところ、街の周りで争いがあったような痕跡がありましたが…もしや、アルラ様のお怪我もそれが原因で?」

 話を切り出したフィルに、アルラとカルムが揃って目を伏せた。

「既にカルムからお聞きになっているかと思いますが、我が国は王位の継承を巡って先頃まで内戦状態にあったのです。それはメリシャにも関係していることです」


 アルラの話によれば、メリシャはアルラとカルムの妹、王家の末の王女であったサリア姫の娘。アルラから見れば姪に当たる。

 父親はアルゴス軍を指揮する将の一人であったが、帝国との戦争の中で命を落としたという。


 女王であるアルラには、まだ10歳ながら息子がおり、王太子に立てられている。特に病弱であったり能力に問題があるわけでもないらしい。ここまでならば、継承争いが生じる理由はない。


 問題は、メリシャが持って生まれた能力であった。百の目を持ち、百の未来を見る能力。それは、かつて神の末席に連なったというアルゴス族本来の能力であった。

 だが、時が流れ代を重ねるにつれてその能力は衰え、今ではそのほとんどが失われている。

 メリシャは、そのアルゴス本来の能力を持って生まれた先祖返り。当然、その能力は一族の間で神聖視されることになる。そこまで聞けば、フィルにも結果は想像できる。


「なるほど。一族本来の能力を持つメリシャの方が王にふさわしい、そう主張する者たちがいるということですか」

「はい。帝国との戦争が終わった途端に、彼らはメリシャを王に就けよと反乱を起こし、我々との間に内戦が始まりました。その最中に、サリアはメリシャを連れて国から姿を消してしまったのです」

 アルラは悲しそうに言う。サリア姫の最期を知るフィルも、痛々しい表情でため息をついた。


「主立った者たちを捕らえ、内戦は何とか鎮圧しましたが、こちらも疲弊していて国外まで捜索する余裕がなく……メリシャには辛い思いをさせて申し訳なかったと思っています」

 アルラは、フィルの服の裾を掴んでじっと座っているメリシャに謝った。


 メリシャは困ったようにフィルを見上げ、フィルの服の裾を握り直す。フィルは安心させるようにメリシャの頭を撫で、アルラに視線を戻した。

「アルゴスの事情はわかりました。しかし、メリシャが国に戻れば、また争いに巻き込まれるのではありませんか?」

「それは…ないと保証することはできません」

 アルラは正直に認める。


「でしたら、なおのことメリシャをここに置いて置くわけには参りません。メリシャは、わたしの娘として大切に育て、いずれは総督職を継がせるつもりです」

 フィルはメリシャの手を取り、そっと握る。メリシャもその手を握り返した。

「まさか、魔族を帝国の総督に…?」

 フィルの言葉に、アルラは驚きを隠せない。養女にしたとは聞いていたが、まさか本気で総督を継がせるつもりだとは思っていなかった。


「誤解のないように申し上げておきますが、わたしはメリシャの能力が欲しいのではありません。むしろ、メリシャには『見ない』ように言い聞かせています」

「それは、なぜ……?」

 正直、カルムはフィルがメリシャを返さないのは、その能力が目的だと思っていた。未来を見る能力、それは、争いを未然に防ぎ、善政を敷くためにも、為政者としては是非とも欲しい能力のはずだ。


「様々な未来を見るということは、必ずしも良い未来ばかり見るわけではないでしょう。1つの良い未来を見るのと引き換えに、ひどい未来、恐ろしい未来も数多く見てしまうはずです。わたしは、メリシャにそんなものを見せたくはありません」

 フィルは少し強い口調で言った。その言葉に、アルラは悲しげに俯く。


「…フィル様、私どもはメリシャの能力ばかりに目がいき、この子のことを考えていなかったのかもしれません。それはメリシャを王にと推す者たちも同じ。…だから、サリアはメリシャを連れて国を出たのでしょうね」

「そうかもしれぬ」

 カルムも少しきまり悪そうに声を落とす。


「アルラ様、今になって、メリシャの行方をお探しになったのはなぜでしょうか?メリシャが国に戻れば、メリシャを推す勢力をまた勢いづかせるだけ。こう言ってはなんですが、国にとってみれば、メリシャは行方不明のままの方が都合が良いのではありませんか?」

 フィルの指摘に、アルラは辛そうに口を開いた。

「今、我が国は巨竜の脅威にさらされています。巨竜の襲撃により、すでに幾つかの村や町が壊滅しました」

「巨竜?」

 思いがけない名に、フィルは眉を寄せた。

「はい、北の火山を住処とし、かつては神の末席に数えられたという巨竜…」

 アルラの深刻な表情が、その話が紛れもない事実であることを雄弁に語っていた。


 竜、それは神話や英雄伝説において最強の敵役として描かれている生物。

 決して架空の存在でないことは知っているが、はるか昔にその大半が姿を消したと伝えられており、少なくとも帝国の領内にはいないとされている。当然、フィルも実際に見たことはなかった。

「神の末席…ですか」

「はい。名は『ティフォン』と伝えられています。ずっと北の火山に住む、我々にとっても半ば伝説の存在でした。しかし、その伝説の竜と思われる赤い巨竜が、数ヶ月前からこちらの領内に姿を現すようになったのです」

「活動範囲が、広がりつつあると?」


「はい…しかし、長く続いた帝国との戦争やその後の内戦で我が国は戦士が不足しており、装備も帝国軍に比べれば粗末なものです。ですから、虫のいい話ではありますが、メリシャを国に呼び戻し、未来を見る能力に頼ろうと考えました。…少なくともティフォンがいつどこに現れるのかがわかれば、あらかじめ住民を避難させることができます。それに、もしかするとティフォンに対抗し、国を救うための手立てを探ることができるのではないかと……」

 アルラはアルラで必死だったのだろう。アルラを責める気にはなれなかった。

 だが、メリシャに『見せる』のはもちろん反対だ。


 多くの民が死に、国が滅亡していく場面など、メリシャに『見せ』たくはない。…そもそも、メリシャが未来を見たからと言って、そこに都合の良い解決策があるとは限らない。

 メリシャの能力は、様々な可能性の先にある未来を見るだけだ。竜という最強の怪物が相手なのだから、全ての未来が滅びに向かう、手詰まりの結果だって有り得るのだ。


 となれば、選択肢はおおむね次の3つだとフィルは考えた。


 ひとつ、アルゴスのことは諦め、リネアとメリシャを連れてサエイレムに帰る。

 ひとつ、アルゴスの民に避難を勧め、サエイレム属州に受け入れる。

 ひとつ、九尾の力でティフォンを追い払うか、できれば倒す。


 このまま、サエイレムに帰るのが一番簡単ではある。だが、アルゴスの危機的状況とアルラの苦悩を知ってしまった以上、見殺しにするのには抵抗も感じる。

「アルラ様、アルゴス族がこの地を捨て、避難するという選択は有り得るでしょうか?もちろん、避難なさるのであれば、サエイレム属州で受け入れても良いと思っています」 

 フィルの問いに、アルラは迷うことなく首を振った。


「ご提案はありがたいのですが、この地は我らが土地。一族の命は大切ですが、だからと言って国を捨てるわけには参りません。…ただ、ティフォンがこの街に迫り戦いが避けられないとなれば、戦えない者や子供たちだけでも逃がすつもりです。その時に受け入れて頂けるなら、それだけで…」

「そう仰るだろうとは思っていました…」

 フィルは、仕方なさそうにため息をつく。やはり戦うしかないのだろうか。


(フィルよ、ちょっと待つのじゃ)

 頭の中に玉藻の声が響いた。

(そのティフォンとやら、どんな相手なのか確かめる必要がある。本当に神の時代から生きる巨竜だとすれば、いかに九尾と言えども容易い相手ではないかもしれん。普通の魔獣と同じには考えない方が良い)


 いつも余裕を含んだ玉藻には珍しく、少し緊張した声だった。フィルは九尾の力は万能無敵のように考えていた。しかし、ティフォンという竜が、かつて神の末席に数えられた存在だと言うのなら、九尾に近い力を持つ存在なのかもしれない。玉藻の言う通り、侮ることはできないと思い直す。


「アルラ様、そのティフォンという竜は、ここより北の地域に現れるのですね?」

「はい、今どこにいるのかはわかりませんが……最近では、パドキアから北へ5日ほどの場所にある『スビル』という村が襲われました」


「わかりました」

 フィルは立ち上がる。そして、部屋の出口へ向かった。

「どんな竜なのか、この目で見てきます。話の続きはまた改めて」

 呆気にとられるアルラとカルムに、リネアとメリシャも軽く頭を下げてフィルの後を追う。


「お待ちください、フィル様!」

 王宮の外、先ほどの広場に出たフィルに、ようやくアルラが追い付いてくる。

「見てくるとおっしゃられても、一体、どうやって…」

「こうやってです」

 フィルは、アルラの目の前で九尾の姿をとった。 


「…なっ?!…あなたは…!」

「わたしも、神の末席に近しい神獣の力を得ているのです。アルラ様の足を治療したのも、その力の一端に過ぎません」

「そんなことが…」

「とにかく相手を知ることが第一です。では、行って参ります」

 言いながら身をかがめたフィルの背にリネアとメリシャがまたがり、フィルは広場から空へと駆け上がる。アルラたちはその様子をただ見送ることしかできなかった。


(ふふ、神の末席とは大きく出たものね。妾もそこまでは言ったことはないわ)

(全くじゃ。大方、あやつらに少しでも希望を持たせようとしたんじゃろうが、とても敵わぬ相手だったらどうするつもりじゃ?)

 面白がる妲己と、やや呆れた様子の玉藻。


「どうしよう。…正直、迷ってる」

 フィルは、パドキアから北へ向かって走る。

 メリシャとリネアはできれば連れて来たくなかったが、パドキアに残して何かあったら困る。アルラが卑劣な手段をとるとは思わないが、アルゴスの全員が信用できるわけではない。


「フィル様、竜というと、おとぎ話に出てくる、あの竜ですか?」

「たぶん、そう。…問題は、どこにいるかなんだけど」

「フィル、どこに行けば竜に会えるか『見』ようか?」

 それくらいなら、メリシャにもあまり負担はないだろう。今は時間が惜しい。フィルはメリシャに頷く。

「ごめんね、少しだけ見てくれる?」

「わかった」

 役に立てるのがうれしいのか、メリシャはにこりと笑った。そして、メリシャの百の目がそれぞれ虚空を見つめる。


「このまままっすぐ、まだ遠いよ。…でも、近づいてもすぐに襲ってきたりはしないみたい。隠れなくても大丈夫」

 前を指さすメリシャの言葉に、フィルは走る速度を上げる。

「話ができる相手なのかな?」

「わからない。でも、ただ暴れているわけじゃない…んだと思う」


 メリシャは自信なさそうに言うが、かつて神と呼ばれた者であるなら、九尾のような知性を備えているかもしれない。

「…戦わずに済むといいですね」

「そうだね」

 リネアに頷きながらも、フィルは考える。


 ティフォンが知性を備えた存在であったとしても、戦わずに済むと決まったわけではない。しかも、これまでと違い、力づくで何とかなる相手ではないかもしれない。


 その時に自分は戦うべきなのか。フィルが守るべきは、まず自分の背に乗る二人、そしてサエイレムやケンタウロス、アラクネの仲間や住人たちだ。今、危機に瀕しているのはそのどれでもない。


 アルラには悪いが、アルゴスのために命まで賭けようとは思わない。ティフォンの脅威が、いずれサエイレムに迫るのであれば、その時に戦えばいい。

 少し迷いながらもフィルはそう思っていた。

次回予定「ティフォン」

アルゴスの領地を脅かしているという巨竜ティフォン。それはどのような存在なのか…?

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