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傾国狐のまつりごと-食われて始まる建国物語-  作者: つね
 第2章 サエイレムを狙う者
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サエイレム協定

「第二部 サエイレムを狙う者」今回で終わります。

 ベナトリアとリンドニアがサエイレム属州に併合されるにあたり、フィルは早速、重臣たちと相談して統治体制を固めていった。

 まず、サエイレム属州全体の領都は引き続きサエイレムということになり、フィルはそのままサエイレムの総督府に残る。ベナトリアの旧領都イスリースの方が都市の規模も大きく、地理的には領地の中心となるのだが、サエイレムを離れるという選択肢は、フィルの中に最初から存在しなかった。


 そして、ベナトリアにはグラム、リンドニアにはフラメアをそれぞれ総督代行として派遣し、サエイレム総督府の部下の一部を補佐に付けた。どちらも帝国領となってからの歴史が長く、統治体制も整っていたため、元々の官僚機構をそのまま引き継ぐことで、領地経営は特に混乱もなく進められている。

 魔族と人間が混在し、さらに戦争によって行政の仕組みが崩壊していたサエイレムとは、統治の難易度が根本から異なるのである。こんな領地の総督なら、さぞ楽だったろうとフィルがぼやいたくらいだ。


 そのサエイレムでは、グラムがベナトリアに赴任したためテミスが跡を継いで昇格、役職も帝都に倣って執政官と改めた。帝国において行政府の長官に魔族が就いた初めての例となったが、それまでの手腕を知っていたサエイレムの市民たちは、これを当然のものとして受け入れた。


 フラメアの後任の財務官には商業組合のバレンを口説き落とし、経済政策を任せた。領地の併合により、サエイレムから帝都に向かう航路とは別に、沿岸沿いを北上してベナトリアのバレアル、そしてリンドニアのロンボイへと、属州の南北を結ぶ新しい航路も開拓され始めている。

 サエイレムは、南方、帝都、ベナトリア、リンドニア、魔族領、各地を結ぶ陸海双方の交易路の中心に位置することとなり、バレンはこの立地を最大限生かしてサエイレムを商都として繁栄させるべく、通商のルールや金融制度の整備に取り組んでいる。


 そして、ようやく家臣たちの人事が一段落した頃、フィルはサエイレムにケンタウロス族のウルドを招いていた。

「お久しぶりです、ウルド様」

 総督府の門前で出迎えたフィルに、ウルドも丁重に頭を下げる。

「フィル殿、お招き感謝する。フィル殿とは色々話し合いたいと思っていたところだった」

「わたしもです。どうぞ、こちらへ」

 にこりと笑ってフィルはウルドを総督府の中に案内した。


「ウルド様、紹介します。この度、アラクネ族の族長になったティミアです」

 魔族でも狭くないように改築した迎賓館で、フィルはウルドとティミアを引き合わせた。

 今回、フィルがウルドを招いた目的は、サエイレム属州、ケンタウロス族、アラクネ族、三者の今後の付き合い方を話し合うためだ。


「ティミアと申します。この度、前族長リドリアの後を継いで族長を務めることとなりました。よろしくお願いいたします」

「ケンタウロス族族長のウルドだ。前族長は残念なことになったが、それも自業自得であろう。ケンタウロス族はティミア殿のアラクネ族族長就任を歓迎する」

「ありがとうございます。フィル様にもウルド様にも、我らアラクネ族のせいで大変ご迷惑をおかけしました。まずは、お詫び申し上げます」

 深く身を屈め、ティミアはフィルとウルドに頭を下げる。


「ティミアが謝ることじゃないよ。元凶は帝国の人間だったんだし、アラクネ族はわたしを陥れるために巻き添えにされたようなものなんだから!」

「フィル殿、その元凶とは?…やはり…?」

「はい、ご想像のとおりです。あの一件の折『次に手を出したら首が落ちる』と警告したとおり、わたしの手で首を落としてやりました」

「そうかそうか、自ら敵将の首を討ち取ったか。さすがはフィル殿だ」

「恐れ入ります」

 武人らしい感覚でフィルを称えるウルドに、フィルは苦笑まじりに軽く頭を下げた。


 迎賓館の広間に設えられた会談の場で、3人は円卓を挟んで座った。いつものようにリネアがお茶を用意し、フィルの後ろに控える。

「ウルド様、ティミア殿、この度、このサエイレムに加えてベナトリア、リンドニアもわたしの領地となりました。これで、ルブエルズ山脈で隔てられている範囲も含め、帝国において魔族側の土地に接する範囲は、全てわたしのもの、ということになります」

 フィルは、テーブルの上に地図を広げる。大判の羊皮紙に描かれた絵地図には、帝国の東半分の地形や主要な都市が描き込まれている。


 フィルは地図を使って、ここまでの経緯を二人に説明する。それぞれ、部分的には今回の侵攻に関わっているが、全体の様子はフィルの説明で初めて知った。

 そして、帝都での出来事についても話し、現皇帝自身は魔族と敵対する意思を持っていないことも説明する。ただ、それが帝国全体の意思だと言えないのが残念だった。


「…それで、帝国最大の領主となったフィル殿は、これからどうなさるおつもりか?」

「わたしの考えは変わりません。ケンタウロス族、アラクネ族と友好的な関係を持ち、もっと交流を進めたいと思っています。帝国本国との間にはわたしの領地がありますから、帝国軍が手出ししてくる心配も、もはや無用です。ケンタウロス族がこちらに仕掛けてくる心配もないと思っていますので、わたしの軍もすでに大部分を国境から撤収させています」

「それは我も見てきた。我が言うことではないが、あまりにも手薄に過ぎるのではないかと思ったほどだ。我々はともかく、魔族の中には、まだ帝国や人間に対して敵意を持つ種族もあるというのに…」

 一方的に兵力を撤収してしまったフィルに、ウルドは呆れ顔で言う。もちろん、ケンタウロス族がフィルの信用を裏切るつもりはないが、隙を突いて別の種族が侵入してくることも有り得ないことではない。


「それです、ウルド様」

 フィルは大きく頷いて身を乗り出した。


「わたしが帝国との間で壁になりますから、ウルド様たちには魔族側で壁になってほしいのです。その後は、少しづつその壁を厚くしていければいいと思っています」

「互いに背を預け、互いに守り合おう、ということか。そして魔族と帝国の間に、そのどちらも手を出せない領域を作る、そういうことか?」

 ウルドは顎に手やり、うむと頷く。


「そうです。帝国にも魔族にも、互いに相手を受け入れぬ者たちもいるでしょう。それを全て変えられるとは思いません。だから、わたしは魔族を嫌う人間から魔族を守り、ウルド様たちは人間を嫌う魔族から人間を守る、そういう関係を作りたいのです。もちろん、こちらから争いを起こすつもりはありませんが…」

 そしてフィルは、一枚の羊皮紙を広げた。

「わたしは帝国皇帝から、魔王国側に関する帝国の外交権を委任されています。わたしが約束したことは、帝国が正式に認めた約束となりますので、本国にも文句は言わせません」

「なるほど、準備は整っているというわけですな」


 ウルドはフィルの提案について考える。

 帝国の中にいながらフィルは自分たちと手を結び、自分たちは魔族の側でありながらフィルと手を結ぶ。別に帝国や他の種族を裏切ったり不利益を与えようというのではない。手を取り合える者同士で交流を深め、互いを守る、それだけのことだ。それで一族の暮らしが豊かになり、人間と無闇に争う必要もなくなるのなら、断る理由もない。


「フィル殿、ケンタウロス族もその提案に賛成しよう。国境の市場を通じて、我らの毛織物や乳製品も良い値で売れるようになってきている。おかげで食料事情もずいぶん良くなった。民の生活が豊かになるのだ。今更、反対は出るまい」

 ケンタウロスは武を尊ぶ種族ではあるが、決して民の生活を犠牲にしてまで戦いを求めるものではないのだ。


 ティミアは、申し訳なさそうに目を伏せて言う。

「私達の一族は、かなり数が減ってしまいました。フィル様の言うような壁の役目を十分に果たせるでしょうか?」

「他の種族と争う必要はないよ。魔族の間でも、それぞれの土地は互いに尊重はしているのでしょう?それなら、アラクネ族は里を再建し、これまでどおり自分達の土地で暮らしてくれれば、それだけで十分……あ、サエイレムの支配下に入るのは無しね。もしアラクネ族を帝国が支配下に置いたとなれば、強く反発する種族も出てくるでしょうから。アラクネ族はティミアの下でちゃんと独立していてほしい。わたしは隣国の領主としてそれを尊重します」

 フィルはティミアの手を取り、両手で包み込む。


「フィル様、ありがとうございます。早く里を再建できるよう、皆で頑張ります」

「うん、困ったことがあったら手伝うから、何でも言ってね」

 深く頭を下げるティミアに、フィルは微笑んだ。


「ウルド様、ティミア、本当にありがとう。これからはサエイレム属州とケンタウロス領やアラクネ領の間の行き来を、もっと増やしていきたいと思っています…ですが、ケンタウロスにもアラクネにも、まだ人間を警戒してしている人もいるでしょう?もちろん、人間の側も全ての者が魔族に理解があるとは言えません」


 フィルは、そこで一旦言葉を切り、側に控えるリネアをちらりと振り返った。リネアは、無言のままフィルに微笑みを向ける。そしてフィルは再び口を開いた、


「……でも、わたしは初めて出会った魔族のリネアを、すぐに好きになりました。自分の目で見て、話をして、好きになれたら、信じることができたら、その相手が人間か魔族かなんて関係ない。わたしは、そう思います」

 

 この日、サエイレム総督フィル・ユリス・エルフォリアと、ケンタウロス族族長ウルド、アラクネ族族長ティミアの間に、互いの領土間の往来の自由化と安全確保に関する協定が結ばれた。

 『サエイレム協定』と呼ばれるこの取り決めは、後に成立するサエイレム王国の基礎となった重要な協定として、歴史に刻まれることになる。

次回予定「メリシャの故郷」

次回より新章開始です。舞台はメリシャの故郷、アルゴス族の領域へ。

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