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傾国狐のまつりごと-食われて始まる建国物語-  作者: つね
 第2章 サエイレムを狙う者
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皇帝特使

遂に大グラウスを討ち取り、サエイレムを守ったフィル。その後の顛末です。

 大グラウスを討ってから約1ヶ月。

 フィルは、今回の騒動の後始末に追われていた。


 大グラウスを討ってすぐ、フィルはイネスを伝令に出し、領境で待機させていたエリン率いる第二軍団に対してベナトリアへの進駐を命令した。

 準備を整えていた第二軍団は直ちに進軍を開始。ベナトリア属州軍の帰還に先んじて領都であるイスリースを無血占領した。


 アラクネの里を襲ったベナトリアの別働隊は、ケンタウロス族の戦士団と戦って壊滅。

 生き残った者たちは、侵入に利用したルブエルズ山脈を越える裏街道を使ってベナトリアへ撤退しようとしたが、手持ちの食料はすぐに尽き、街道沿いに累々と死体の列を築くことになった。ベナトリアまで帰り着いた者は、ほとんど居なかったとみられている。

 後日、空からこの街道の様子を確認したハルピュイアのミュリスは、まるで白骨が行進しているようだったとフィルに報告し、この裏街道は『白骨街道』とあだ名されることになる。


 サエイレムに戻ったフィルは皇帝に書簡を送って顛末を報告した。大グラウスが属州軍に対してサエイレムへの侵攻命令を出していたこと。大グラウスはフィルの手で討ち取ったこと。エルフォリア軍がベナトリア属州と、その保護領となっていたリンドニア属州に進軍、これを接収したことも報告し、ベナトリアとリンドニアを自領とすることを宣言した。


 なお、今回の侵攻が総督である大グラウスの命令であったことは、フィルの報告だけでなく、属州軍の軍団長であったハミルカスも証言しており、元老院も大グラウスの責任を認めてベナトリア総督を罷免。これにより、エルフォリア軍によるベナトリアとリンドニアの接収は、正当な行為として認められた。


 この機会に皇帝は、元老院属州であったベナトリアと、元々皇帝属州ながらベナトリアの保護領とされていたリンドニアを正式に皇帝属州とすることを決定。豊かな収入源であるベナトリアを取り上げられることに対し元老院側には反発もあったが、サエイレムとフィルに対して先に手を出したのはグラウス親子であり、また現地にはすでにエルフォリア軍が進駐している状況とあっては、元老院側も折れざるを得なかった。


 帝都の小グラウスは元老院議員を罷免され、ほどなくして自宅で服毒死しているのが発見された。自身の行いを恥じての自害と発表されているが、本当に自害だったのか、それに見せかけた暗殺だったのか…フィルもそれは知らない。知りたいとも思わない。


 そして、何の被害もなくベナトリアの侵攻を防ぎきったフィルとエルフォリア軍へのサエイレム市民の支持はますます高まり、サエイレムの街は連日のお祭り騒ぎである。


 この日、フィルは総督府に一人の来客を迎えていた。

「フィル殿、久しいな」

「ティベリオ様、遠路ようこそいらっしゃいました。兄様もお元気ですか?」

「もちろんお元気じゃ。陛下が自ら行幸されると仰られたくらいでの。さすがに、もう少し情勢が落ち着いてから、ということにして頂いたが」


 執務室のテーブルに向かい合うフィルとティベリオに、リネアがお茶を運ぶ。

「フィル殿、お疲れではないかな?」

 少し表情が冴えないフィルに、ティベリオは心配そうに言った。侵攻の後始末に2つの属州の接収と統治、それに本来の職務であるサエイレムの統治もある。フィルが多忙を極めているのは容易に想像出来る。

「ティベリオ様からも少しはお休みになるよう言って下さい。フィル様、いつも夜遅くまでお仕事されてて…」

 ティベリオの前にお茶を置いたリネアが、困った表情で言った。

「ティベリオ様、わたしは神獣の力を持っていますから、本来、寝なくても平気なんです」

「お身体は平気でも、心が参ってしまわないかと心配です」

「その分、リネアに癒やしてもらってるから平気だよ」

「はっはっはっ…リネア殿がいれば、フィル殿は大丈夫のようだ」

「ぅ……恥ずかしいです…」

 顔を赤くしながら、リネアはフィルの前にもお茶を置き、少し俯きがちにフィルの後ろに控える。


「ティベリオ様、今回は皇帝陛下の特使としての来訪だと伺いましたが」

「そう。これをフィル殿に渡すのが、今回のわしの目的じゃ」

 ティベリオは、テーブルの上に3通の文書を並べた。


「まずこれじゃ、皇帝陛下からの信任状じゃ。フィル殿の身分はこれまでどおりサエイレム総督となる」

「では、ベナトリアとリンドニアは…?」

 意外そうな表情を浮かべたフィルに、ティベリオは笑った。

「ベナトリアとリンドニアは、サエイレム属州に併合する。その上で、フィル殿をサエイレム属州の総督に任ずる」


 さすがに3属州の総督をフィル一人で兼務するという扱いはなかなか難しい。今は適任者の不在を理由に認めたとしても、別々の属州である以上、後日、それぞれに総督を立てるべきだと主張された時に、フィルの兼務を正当化する理由がない。であれば、そもそも1つの属州にしてしまえば良い、という強引な発想だった。

「リンドニアまでが1つの属州ですか…」

 単一の属州としてはあまりにも広大になった自らの領地に、フィルも驚きの表情で文書を受け取る。


「次に、こちらはサエイレム総督への外交権の委任状じゃ。魔王国側の種族との外交に限り、その権限をフィル殿に預ける」

 次の文書もまた異例なものだった。国としての外交の権限は、当然ながら皇帝の専権事項である。その一部とは言え、総督に預けるというのだから。


「これから、ケンタウロス族やアラクネ族とも交流を持つのじゃろう?いちいち帝都に伺いを立てていては、まとまる話もまとまるまい」

「それは、そうかもしれませんが…反発はなかったのですか?」

 魔王国、つまりケンタウロス族やアラクネ族など帝国に属していない魔族と約束を取り交わす際、フィルの判断でやっていいということだ。

 今までも割と好き勝手にやってきた自覚はあるが、それを正式に認められるとなると、やはり重みが違う。

「魔王国との間に限定しておるからの。意外に反発はなかった。魔族との交渉に関わりたくないということじゃから、手放しに良い事だとも言えんがな」

「それでも、わたしにとってはありがたいです」

 フィルは皇帝に感謝しつつ、2通目の文書を受け取る。


「最後は、これじゃ」

 ティベリオは、特に何も言わず3通目の文書を差し出した。丸めたまま差し出すと言うことは、自分で読めということだろうか。フィルは文書を受け取り、テーブルに広げる。

「…え?」

 フィルは目を疑った。羊皮紙には何も本文が書かれていない。最後に皇帝のサインだけが書き込まれている。


「白紙の勅書だ。何か困ったことがあれば、内容は好きに書いて良い、との仰せだ」

 つまり、フィルが勝手に書いた内容がそのまま皇帝の命令に早変わりするという反則級の文書である。

「そんなこと…良いのですか?」

「一応、わしもお止めしたのだがな。フィル殿が良いと考えて書いたことなら、構わないと…」

 ティベリオは、苦笑を浮かべて肩をすくめる。

「そんなに信用されては、迂闊な事には使えませんね。でも、兄様の心遣い、ありがたく受け取らせて頂きます」

 フィルは、にこりと笑って羊皮紙を丸めると、他の2通とともに文箱に収めた。

 

「ティベリオ様、お伺いしたいことがあるのですが、よろしいですか?」

「…?」

 何か思い詰めたようなフィルの表情に、ティベリオはやや身構える。

「わたしが帝室の血を引いているかもしれない、という話は本当でしょうか?」

 フィルの言葉にティベリオの表情が強張る。数瞬の沈黙の後、ティベリオは口を開いた。


「フィル殿、それを誰に聞いた?」

「大グラウスから聞きました。どうしてあれほど執拗にわたしの命を狙ったのか問い質したところ、それはわたしが帝室の血を引いているかもしれないからだと。わたしは、母と先帝陛下との間に生まれた娘ではないのか、と……」

 フィルは、やや掠れた声でティベリオに問いかける。

「なるほど、そういうことだったか…」

「ティベリオ様も、何かご存じなのですね?」

 ティベリオの態度に、その話が根も葉もないことではないと察し、フィルは怯えたような表情を浮かべた。

 そんなことは有り得ない。信じたくない。でも、もしも…


「フィル殿、安心しなさい。フィル殿は間違いなくエルフォリア将軍と妻ユリス殿の間に生まれた娘だ。帝室の血など引いてはいない。それはわしが保証する」

 ティベリオは、フィルの目をじっと見つめて答えた。

「フィル殿の母、ユリス殿が先帝陛下の元妃だったのは事実だ。だが、それは公には隠されている。エルフォリアの家でも、おそらく知るのは夫のアルヴィン殿だけだったはずだ…どうやってそのことを元老院が掴んだのかはわからんが、それがフィル殿をつけ狙う原因になっていたとはな…」


 現皇帝には、まだ妃も世継ぎもいない。もしもフィルが帝室の血を引いていた場合、皇帝に何かあれば、当然、皇位継承の有力候補となる。しかも民に人気の高い凱旋将軍の娘となれば支持も得やすい。元老院は、自分達の都合のいい者を皇帝に就けるために、フィルが大きな障害になると考えたのだろう。

「母様のことは、どうして隠されたのですか?」

「すまないが、これ以上の子細をわしから話すことはできぬ。帝室の内情に関わること故な」

「そう、ですか…」

 フィルは、少し俯いて考える。

「すまん…」

 もう一度謝るティベリオに、フィルは微笑みを浮かべた。


「いえ、間違いなく父様と母様の娘だと保証して下さったのですから、わたしはそれで十分です。…これで、安心してリネアを両親に紹介することができます」

「リネア殿を?」

「はい、リンドニアがわたしの領地になりましたから、落ち着いたら両親の墓参りに行こうと思います。その時に。…リネアはわたしの大事な家族ですから」

 楽しげにフィルは言い、リネアはもじもじと俯く。


「それと、メリシャを正式にわたしの養女にしようと思います」

「メリシャを養女に?…それでは将来、フィル殿に子が出来た時に問題の種になるのではないか?」

 世継ぎ争いの騒動を何度も見てきたティベリオは心配そうな表情を浮かべる。

「大丈夫です。わたしは生涯、結婚する気はありませんし、子を産むつもりもありません。いずれメリシャに総督職を継がせようと思っています」

 真面目な表情できっぱりと言うフィルに、ティベリオの口がヘの字に曲がる。


「フィル殿、それは本気なのか?」

「はい。わたしはすでに人間を辞めていますから、何百年でも何千年でも生きるかもしれません。わたしの伴侶を務められる人間などいないし、産んだ子に先に死なれるなんて御免です」

 寂しげに首を横に振りながらフィルは言う。

「それはそうかもしれんが…」

 ティベリオはため息交じりにぼやいた。

「だが、帝国の2割を領有する大総督に魔族が就任するというのは、流石に反発がありそうじゃな…」


「そうだ。さっきの白紙の勅書、その時に使わせていただきますね」

「…勅書、返してくれんか」

「ダメです。返しません」

 フィルは文箱を抱えてティベリオを見つめ、プッと吹き出した。

「心配しないでください。兄様に迷惑はかけませんよ…メリシャも長命な種族ですから、まだ百年は先の話です。その頃には、帝国も魔族に寛容になっているかもしれませんし」

「百年か…気の長い話じゃな。さすがフィル殿と言うべきか…」

 笑いながら言うフィルに、ティベリオも呆れたように笑みを浮かべた。

次回予定「サエイレム協定」

帝国本国との間には、一応の決着がつきました。次は魔族サイドとのお話です。

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