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傾国狐のまつりごと-食われて始まる建国物語-  作者: つね
 第2章 サエイレムを狙う者
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皇帝謁見

御前試合で小グラウスに一泡吹かせたフィル。次はいよいよ帝国皇帝との謁見です。

「フィル様、お疲れ様でした」

「フィル、すごい!」

 観覧席に戻ったフィルをリネアとメリシャが出迎えた。


「ただいま。急に飛び出してごめんね」

「いいえ。フィル様、格好良かったです」

 微笑むリネアに、フィルは照れたように頬を掻いた。

「メリシャ、怖くなかった?」

「うん、フィルは強いって知ってるから」

「ありがとう」

 メリシャの頭を撫で、リネアに尋ねる。


「さっきの娘たちは無事?」

「はい、こちらに」

 観覧席の隅で、シャウラに守られて5人の狐人の娘たちが座り込んでいた。

 リネアやフィルより少し年上、10代後半から20歳前後のくらいの娘たちだ。粗末な衣服に痩せた身体、尻尾の毛並みにも艶がない。まともな扱いを受けていないのは明白だった。

「フィル様…みんな、サエイレムの出身だそうです。戦争が終わる時に帝国の兵士に無理矢理連れてこられ、奴隷にされたと…」


 リネアは、試合の間に彼女たちから事情を聞いていた。終戦時、サエイレムにはエルフォリア軍だけでなく本国や他領の軍勢もいた。もちろん終戦後の拉致は軍規で禁止されていたが、おそらく一部の不心得者が、小遣い稼ぎに彼女らを連れ去り奴隷として売ったのだろう。


 観覧席に逃げてきた彼女たちは、同族の少女が貴族のような身なりで式典の場にいることに驚き、さらに自分達を助けてくれた人間の少女が今のサエイレム総督であること、サエイレムでは魔族も人間と同じに扱われていることを聞いて、信じられない様子だった。


 フィルは大刀をシャウラに預け、娘たちの前に立った。

「みなさん、怪我はありませんか?」

 一斉に頷く娘たち。だが、俯いて上目遣いにフィルを見る目には、まだ不安の色がある。

「良かった…わたしはサエイレム総督、フィル・ユリス・エルフォリアです。…もう大丈夫、わたしたちと一緒にサエイレムに帰りましょう」

「サエイレムに帰れるんですか?!」

 娘たちは驚いて顔を上げた。だが、そのうちの一人が小さな声でフィルに尋ねる。


「あの…総督様、リネアさんから魔族でも奴隷にならなくていいと聞きました。本当に、私達は奴隷でなくなるんですか?サエイレムに帰って、普通に暮らせるんですか?」

「もちろんです。魔族だからと奴隷にすることはありません。サエイレムに家族がいるなら一緒に暮らせますし、身寄りがないなら仕事や住む場所をお世話します。安心してください」

 フィルは、娘たちの前にしゃがみ、優しく微笑んだ。それで、ようやく本当に助かったのだと実感したのだろう。娘たちは顔を覆ってすすり泣く。


「…やっぱり、あいつの首を撥ねておけば良かったかな…」

 彼女たちの傷ついた様子に、フィルはぼそりと物騒なことをつぶやいた。


 フィルは軍団の宿舎に使いを出してウェルスを呼び、狐人の娘たちを託した。彼女たちにとって人間の兵はまだ恐ろしい存在だ。魔族同士の方がまだ安心できるだろう。

「ウェルス、彼女たちの警護をお願いね」

「わかった。姫さんが戻るまで、ちゃんと俺たちで守るから安心してくれ」

 数人の部下を連れてすぐにやってきたウェルスは、フィルから事情を聞き、張り切って答えた。


「守るのはいいけど、お風呂とか覗いちゃダメよ」

「しねぇよ!」

 くすっと笑ってフィルは真面目な表情に戻る。

「まずは清潔にして、食事と休息。優しく扱うのよ」

「わかってるって!…じゃ、先に戻ってるから、姫さんも仕事頑張ってくれ」

 ウェルスは陽気に笑うと、狐人の娘たちに軍団の宿舎に向かうことを告げる。娘たちはまだ少し緊張しているようだが、ウェルスの言葉に素直に頷いた。

「総督様、ありがとうこざいました」

 狐人の娘たちはフィルに頭を下げて礼を言い、ウェルスの後についていった。


 ウェルスたちを見送ったフィルは、皇帝宮殿の中にある一室に通された。

 この後は、いよいよ帝国皇帝との謁見である。兵士姿のままで謁見する訳にはいかないので、赤い縁取りの入った白いチュニックとスカートに金糸の腰帯、臙脂色のケープという、いつもの総督衣装に急いで着替え、御前試合で乱れた髪をリネアにとかしてもらう。


「フィル様、いつもの衣装でよろしいのですか?」

「いいのよ。失礼でさえなければ。見映えのために多少は装身具を着けるけど、着飾ったところであまり意味はないし」

 言われたとおりの衣装を用意したものの、リネアは少し心配だった。

 フィルの衣装も、良い素材を使用して仕立てられた相応に高価なものだが、見た目では明らかにリネアやメリシャ、シャウラの方が目立っている。本来ならば、侍女よりも主の方が目立つようにするべきなのではないだろうか。


 衣装箱の中から金の腕飾りや銀の額飾りを取り出してフィルに着けたリネアは、箱に底に小さな布袋が残っていることに気付いた。

「フィル様、これは?」

「南方から取り寄せた香料。ある種の木の皮らしいんだけど、それを細かく砕いて粉にしたものを入れた匂い袋よ。いい香りでしょう?」

 フィルは得意げに言った。

「はい。とても」

 布袋からは、甘い香りが立ち上っている。とても落ち着く香りだった。そういえば、先ほどフィルに着せた衣装からも薄く同じ香りがした。


「みんなの分もあるから、服の中に入れておいて。身体の温もりで香りが出てくるから」

 フィルは匂い袋を一つづつ、リネア、メリシャ、シャウラに渡す。

「…フィル様、これは大変に高価なものではないのですか?」

 戸惑った表情で手の中の布袋を見つめながら、シャウラが尋ねる。

 南方で産出される香料や香辛料は、物によっては同じ重さの金と同等の価格で取引されることもある、高価な商品の代表格だ。


「まぁ、それなりにね…」

 フィルは悪戯がばれた時の子供のような笑顔で言葉を濁す。

 そんな風にはぐらかされたら、とても高価な物だと答えているも同じ。リネアとシャウラは微妙な表情で顔を見合わせ、メリシャは匂い袋に顔を近づけ、嬉しそうにすんすんと嗅いでいた。


「いいのよ。こういう物がサエイレムの主力商品なんだから、わたしたちがそれを使って見せないと!」

 フィルは力説する。…が、本当の理由は別だ。もちろん、それをリネアたちに明かす気はないが。


 奴隷になっていた狐人の娘達からもわかるとおり、帝都での魔族の扱いは人間よりもずっと低い。

 フィルは帝都に来るにあたり、自分よりもリネアたちがどんな風に見られるかを気にしていた。

 美しい衣装や装身具、貴重な香料。帝都の上級貴族ですら簡単には手に入らない品々で、フィルはリネアたちを飾った。…リネアたちが蔑まれたり、惨めな思いをすることが決して無いように。

 フィルは、胸元に入れた匂い袋の香りに微笑むリネアたちの姿を、柔らかな表情で見つめていた。


「エルフォリア総督、謁見の場にご案内いたします」

 部屋のドアが開き、近衛軍団のスケビオとカークリスがやってきた。

「はい。よろしくお願いします」

 フィルは、丁寧に頭を下げる。

「申し訳ありませんが、武器の類はご遠慮ください。こちらでお預かりいたします。」

 皇帝の前に出るのだから、当然だろう。フィルの剣、そして大刀とシャウラの短剣を部屋のテーブルに置いた。どこかに持っていくわけではなく、この部屋に見張りを立てておくようだ。


 シャウラの装身具に仕込まれた隠し武器は特に指摘もされなかったので、そのまま素知らぬ顔をした。もちろんフィルに皇帝を害する意図はないが、警備が少し甘いのではなかろうか。…こちらが言うことでもないが。


 案内され、フィル、そして従うリネアとメリシャ、シャウラは宮殿の廊下を進む。人間からすれば異形のシャウラの姿には、すれ違う宮殿勤めの人間たちが驚きの表情を浮かべたが、スケビオたちが一緒のせいか、露骨に嫌な顔を見せる者はいなかった。


 しばらく進み、廊下から高い列柱で装飾されたホールに入る。広いホールの一番奥、数段高くなった場所にある玉座に若い男性が座り、その横にティベリオ一人が控えていた。


 玉座の正面に進んだフィルは跪いて軽く顔を伏せる。その後ろにリネアとメリシャが跪き、深く頭を下げた。護衛であるシャウラは、スケビオ、カークリスと一緒にホールの入り口で待機している。


「サエイレム総督、フィル・ユリス・エルフォリア殿でございます」

 ティベリオが告げると、皇帝は軽く頷き、口を開いた。

「顔を上げよ」

「はい」

 フィルはゆっくりと顔を上げ、皇帝を見上げる。優し気な青年だった。ふと、懐かしい気がしたが皇帝と直接会うのは初めてのはずだ。気を取り直してフィルは口上を述べる。


「陛下、建国を祝うこの良き日に、謁見の栄誉を賜りましたこと、謹んでお礼申し上げます」

「うむ。遠い領地からよく参られた。本日の閲兵も大変すばらしいものであった」

「過分なお言葉、恐悦に存じます」

 フィルは、一礼して言葉を続けた。

「それでは、我が領地の状況について、言上を…」

 言いかけたフィルは、皇帝が右手を上げて制しているのに気付き、口を閉じる。


「すまぬな。サエイレムのことはティベリオから報告を受けている。ティベリオをサエイレムに送ったのは余の命令なのだ。そなたが治めるサエイレムの地がどのような場所なのか、そなたの統治はうまくいっているのか、確かめてくるよう命じた」

「それは、わたくしが若輩故のご心配でしょうか。御心をお騒がせしましたこと、幾重にもお詫び申し上げます」

「そうではない…あ、いや、心配であったのは確かだが…」

 皇帝は少し困ったように言い、フィルの顔をじっと見つめた。


「すまないが、一つ問いたい。そこに控える侍女は魔族だな?…そなたの側に置くほど信用に足る者なのか?」

 フィルの身体が強張る。

「それは、魔族故に信用ならぬとの仰せでしょうか?」

「魔族は先の戦争で帝国の敵であった。よもやとは思うが、そなたの側に仕える者だ。一片の疑いもあってはならぬ」

 フィルの身を心配しての発言なのはわかる。だが、それでもリネアとメリシャを疑われるのは我慢ならない。


「この者たちは、わたくしの大切な家族だと思っています。それを信用ならぬと仰せであれば、それはわたくしが疑われているも同じこと」

 フィルは、やや顔を伏せ、固い声で答えた。そうでもしなければ、皇帝を睨み付けていただろう。

「フィル様!」

 驚いたリネアが小声で諫める。だが、フィルは言葉を続けた。


「ご無礼をお許しください。しかし、わたくしの本心を申し上げました。どうかご理解頂きたく、お願い申し上げます」

 皇帝の不興を買うかもしれないとは思った。しかし、皇帝があくまでリネアとメリシャを疑うのなら、自分も一緒にこの場を辞するつもりだった。

 ティベリオは渋い表情でフィルを見ている。気持ちはわかるが、皇帝に反論するなどやりすぎだ、と顔に出ている。


 だが、皇帝は柔和な表情を崩さず、フィルの後ろに控えるリネアとメリシャに目を向けた。

「…そなたたち、名はリネアとメリシャであったな?」

 驚いた。ティベリオから聞いていたのかもしれないが、帝国貴族でもないリネアとメリシャの名前を皇帝が覚えており、しかも直接声を掛けるなど、思ってもみなかった。

「は、はいっ!」

 何か答えなくてはと思ったのか、リネアが頭を下げたまま上ずった声で返事をした。

「フィル~、どうすればいいの…?」

 メリシャが不安そうにフィルに尋ねる。


 だが、状況が異例過ぎてフィルもどうしていいかわからない。

 …と、皇帝は急に声を上げて笑い始めた。それは、とても嬉しそうな笑い声だった。

次回予定「フィルの兄様」

皇帝はフィルをずいぶん気にかけているようです。その理由とは?

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