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傾国狐のまつりごと-食われて始まる建国物語-  作者: つね
 第2章 サエイレムを狙う者
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皇帝閲兵

サエイレムが侵攻を受けているとは知らず、フィルは閲兵に臨みます。

 フィルたちが帝都に到着した翌日。その日は帝国の建国祭である。文字通り、初代皇帝が帝国を建国したことを記念する祭りであり、最も重要な祝祭の日と言っていい。


 エルフォリア軍の皇帝閲兵は、建国祭におけるメインイベントのひとつに挙げられていた。帝都の大通りをパレードし、皇帝宮殿の広場で閲兵を受ける。そこには皇帝のみならず、元老院議員、他領の総督、執政官や護民官といった帝都の要人たちが参列する。


「フィル殿、遠いところをすまないな」

 建国祭の朝、閲兵の準備を進めるフィルのところにティベリオがやってきた。昨日、案内してくれた近衛軍団のスケビオとカークリスも一緒だ。

「あ、お爺ちゃんだ」

「こら、あまり動くと衣装が乱れますよ」  

 走り出そうとするメリシャをリネアが押さえた。


 二人とも、滑らかな毛織物のローブに淡い紅色のケープを身に着け、腕や首元には宝玉をあしらった装身具、そして不思議な光沢のある布のベールを被っていた。ローブの腰から裾にかけては鳥の羽を図案にした刺繍が入っている。メリシャと最初に出会った時に着ていた服のデザインを真似て、服の表面に浮かぶアルゴスの目が目立たないようにするためだ。視線が動くため近くで見れば誤魔化しようがないが、遠目には孔雀の羽の模様に見えるだろう。


「おぉ、これは素晴らしい」

 二人の姿にティベリオは思わず声を上げる。

「ありがとうございます。こんなきれいな服を着るのは初めてで、緊張しています。私に似合うのでしょうか…」

 リネアも恥ずかしそうに笑い返した。

 フィルは内緒にしているが、二人がまとう衣装と装身具の価値は、帝国の上級貴族が仕立てる衣装をも上回る。ケンタウロス産の最高級の羊毛に、南方の商人から特別に入手した染料や装身具、どれも帝都では手に入りにくい貴重なものだ。帝都であつらえるとすれば、更に高価なものになるだろう。


「いやいや、二人ともよく似合っている。帝都の貴婦人方が霞んでしまうほどの美しさだ。自信をもってよいぞ」

 目を細めてメリシャの頭を撫でたティベリオは、手触りの良いベールに驚く。

「それにしても、このベールは美しいのぅ。こうして陽の光の下で見ると何とも言えぬ光沢じゃ。フィル殿、何か特別なものなのか?」

 フィルは、ふふんと笑って少し自慢げに言う。

「はい。もちろん。帝都でお求めになるとしたら…そうですね、帝国金貨20枚ほどでいかがでしょうか?」

「ベール一枚が金貨20枚?!…一体、なんじゃこれは?」

 ティベリオは驚きの声を上げた。ちなみに、帝国金貨20枚は帝国軍兵士の年収に相当する。


「これはアラクネの糸から織り上げた布です。光沢の美しさ、手触り、軽さ、しなやかさ、どれをとっても絹など足元にも及びません」 

「なんと…そんな貴重なものをどうしてベールなどに…?」

「何を仰います。リネアとメリシャの身を守るためなら、このくらい安いものです」

 当然でしょう、と言わんばかりのフィル。

「アラクネの糸は鉄よりも強靭です。剣の刃すら通しません。アラクネ達が頑張って織ってくれましたが、時間がなくてあまり大きな生地は用意できなかったので、何かあった時にも、頭と首周りだけは守れるよう、このベールを着けさせています」

「なるほどのぅ。さすがはフィル殿と言うべきか…」

 過保護を極めるフィルに、ティベリオは少し呆れる。だが、後ろに控えるシャウラの衣装に何が隠されているか気付かなかったのは、彼の精神衛生上、幸いであったろう。


 シャウラは、紫色のチュニックとスリットの入った白いスカートに金の装飾が施された腰帯を締め、紺色に染められた薄布のマントを羽織っている。首元には銀糸で編まれたネックレス、両手には金の腕飾り、尻尾の先端には太い銀の胴輪と、リネアとメリシャに劣らず煌びやかだ。フィルから預かった妲己愛用の大刀を手に持っていなければ、一見、護衛には見えない。

 しかしその実、チュニックの隠しポケットには数種類の薬品を詰めた瓶、スカートや腰帯の裏には投げナイフ、腕飾りの中には毒針、銀糸のネックレスには極細の鋼線が仕込まれ、マントに隠れた腰の後ろには愛用の短剣が二本、尻尾の胴輪も厚みのある鉄輪に銀メッキを施した戦槌に近い代物と、全身これ武器だらけの重武装であった。


 艶やかな彼女たちに対しフィルは質実剛健。顔を隠す兜こそ省略するが、それ以外は革の軽鎧に剣を下げた帝国軍の一般的な装備だった。装身具もほとんど着けず、華やかさと言えば鎧に施された金の金具と鮮やかな緋色のマントくらい。それぞれの装備は質の良いものではあったが、リネアたちに用意したような特別なものではない。軍団を率いるからには、軍団の将兵と同じものを、というフィルのこだわりであった。


「フィル殿も、よくお似合いだ」

「ティベリオ様、年頃の女性に鎧姿を褒めるのはいかがなものかと存じますが、今日は素直に喜んでおきますね」

「これは手厳しいのぅ」

 笑うフィルに、ティベリオは肩をすくめる。


「ティベリオ様、わたしは皇帝陛下にお会いしたことがありません。どのような御方なのでしょうか?」

 フィルはティベリオに尋ねてみた。

「そうじゃな…」

 ティベリオは、少し含み笑いを浮かべた。

「どことなくフィル殿に似ている気がするのぅ」

「わたしに?」

「詳しくは、やはり会ってみてフィル殿が確かめるのがいいじゃろう。閲兵に関しては心配いらぬ。細かいことは気にされるぬ御方じゃ」


「そうですか…」

 話をしているうちに、軍団の準備が整った。もうすぐ、パレードに出かける時間だ。

「フィル殿、わしは先に皇帝宮殿で待っておる。先導と殿には近衛軍団が付くことになっておるから、堂々と進まれよ」

「ありがとうございます。では、後ほど」

 フィルはティベリオを見送り、2頭立てのチャリオットに乗り込むと、自ら手綱を握った。リネアとメリシャはフィルに続くオープントップの馬車に乗り、そちらはバルケスが手綱を握る。


 時間を知らせるドラムが鳴り響き、スケビオを先導役に軍団が動き始める。昨日と同様に横5列での行進だが、部隊の順序が変わり、今度はフィルが先頭に立つ。

 先頭集団はフィルの乗るチャリオット、すぐ後ろにシャウラが付き、続いてリネア達が乗る馬車、その周囲を重騎兵が固める。

 次に軽騎兵、重装歩兵第一陣、ウェルスたち狼人の軽装歩兵、重装歩兵第二陣の順序だ。殿にはカークリスと近衛軍団の重騎兵2騎が付いていた。


 赤地に金色で鷲の紋章を刺繍した帝国の軍旗を掲げ、軍団は帝都の中を進んでいく。沿道には多くの市民が並び、歓声を上げていた。昨日は驚きの声が上がっていたシャウラやウェルスたちの姿にも、悪い反応は聞こえない。

 過去の凱旋式では、南方から帰還した軍団が戦象部隊を連れていたり、魔王国との戦争から帰還した軍団が捕獲した魔獣を連れていたこともあり、軍団に魔族が混じっているのも、それらと同様に見られていたというのが実際のところだ。

 フィルとしては甚だ不本意ではあったが、忌避されるよりはいいと思うことにした。


 軍団はやがて巨大な闘技場の近くに差し掛かる。4段のアーチが重なる闘技場のそこかしこから、ここで戦っている剣闘士と思われる者たちがこちらを見ている。様々な肌の色をした人間、それだけでなく魔族の姿も見受けられた。戦争の際に連れて来られたのだろう。ここには市民たちのような歓声はない。彼らはただ黙って行き過ぎる軍団を眺めていた。


 中に、一際目立つ男がいた。大柄な男だった。姿は人間のようだが、身長2mを超える体格はウェルスにも負けてはいない。じっと腕を組んでフィルを見つめている。気にはなったが、止まって話しかけるわけにもいかない。ちらりと一瞬向けたフィルの視線に気づいたのか、にやりと笑った。

 その笑みがどういう意味なのか、フィルが考えているうちに軍団は闘技場前を通り過ぎ、皇帝宮殿へと続く『聖なる道』へと差し掛かる。


 道の両側には荘厳な列柱が立ち並び、一直線の道が緩やかな丘陵の上へと続いていた。この先には市民が利用できる集会場や裁判を行う法廷、政庁など重要な公共施設が集まっている。元老院の議場もその中のひとつだ。その一番奥に皇帝の宮殿がある。


 軍団は皇帝宮殿の前に広がる広場に入った。宮殿の正面でフィルは戦車を止め、駆け寄ってきた近衛軍団の兵士に手綱を渡して戦車から降りた。

 宮殿を見上げて立つフィルの後ろにリネア、メリシャ、シャウラが並んで控え、その後ろに軍団の各部隊が整列する。真ん中に重装歩兵、右側に軽騎兵と重騎兵、左側に軽装歩兵。バルケスはフィルの右隣に控えた。


 一段高いステージの上には、すでに大勢の参列者が並んでいる。フィルの見たところ、こちらを見る視線は好感1割、好奇5割、反感4割といったところ。

 反感は言うまでもなく元老院の関係者やそれに近い者たちだ。好奇心で見ているのは皇帝属州の総督や帝国軍の各方面軍を束ねる将軍たち。皇帝に近い文官や近衛たちは比較的好意的に見ているようだ。

 ステージの下には、近衛軍団の武官が並んでいる。軍団に付いてきたスケビオたちもフィルに一礼するとその列に加わった。


 ドラムの音が鳴り響き、ステージの奥のカーテンが開いた。そして、ステージの隅に控えていた侍従が声を張り上げた。

「皇帝陛下、ご入来!」

 ステージ上の参列者が一斉に跪いて頭を垂れる中、一人の男性がステージの上に進み出た。閲兵を受けるフィルと軍団一同は立ったまま、顔だけ伏せる。

「皆の者、楽にせよ」

 声はまだ若かった。顔を上げると、皇帝は金髪に碧眼の男性だった。歳は20歳前後だろう。


「サエイレム総督エルフォリア殿!」

 声とともに、フィルは皇帝に一礼し、腰の剣を抜いた。顔の前に掲げ、右下へと振り下ろす。

「総員、抜剣!」

 フィルの動作を合図にバルケスが号令し、兵たちが一斉に剣を抜いた。

「皇帝陛下に!」

 フィルと全兵士がザッと胸の前に剣を掲げ、剣先を垂直に立てる。一直線に線を引いたような刃の列が現れた。


 皇帝がステージを降り、フィルの前に立つ。

「総督、大義である」

「はっ!」

 皇帝は、フィルの前を通り過ぎ、整列する部隊の前へと歩を進めた。フィルは、掲げていた剣をくるりと回転させて鞘に納め、それに付き従う。

 兵たちは剣を掲げたまま直立不動。微動だにしない。バルケスの訓練は相当なものだったらしい。やがて皇帝はウェルスたち魔族による軽装歩兵部隊の前に差し掛かった。


「総督、エルフォリア将軍の配下に魔族がいたとは知らなかったが?」

「陛下、この者たちはサエイレムの市民です。新たに我が軍団に加えました」

 立ち止まることも顔を向けることもなく下問する皇帝に、フィルは答えた。

「そうか。良い兵だ」

 後ろにいるフィルから皇帝の表情は窺い知れなかったが、口調は少し柔らかく感じた。

「後ほど、色々と話を聞かせてくれ」

「御意」

 部隊の前を一巡し、皇帝はステージの上へ。フィルも元の場所に戻り、姿勢を正す。


「皆の者、先の戦争で我が帝国の優勢を支え続けたエルフォリアの将兵の姿を見よ。この精鋭が帝国にある限り、帝国は揺るがぬ。帝都から遠い国境の地で国を守る勇士たちに、皆で感謝を贈ろうではないか!」

 皇帝の言葉に、参列者から大きな拍手が起こる。もちろん形だけの拍手を送る者も多いが、将兵たちには励みとなるだろう。フィルは右手を胸に当て、ステージに向かって深く頭を下げた。

「総員、直れ!」

 ひとしきり拍手が鳴り止んだところでバルケスが号令し、兵士たちは剣を納める。これで閲兵の式典は一通り終了である。フィルはホッと息をつく。

「皇帝陛下、ご退出!」

 侍従の声とともに、皇帝は再びステージの奥へ戻っていった。


 閲兵が終了しても建国祭の予定はまだ続く。この後に剣闘士が戦う御前試合、その後皇帝への個別の謁見が予定されている。各属州の総督が呼ばれ、領地の経営状況などを皇帝に報告するのだ。

 

 整然と撤収する軍団を見送っていると、後ろから声が掛かった。

「フィル殿」

 振り返ると、ティベリオが手招きしていた。

「良い閲兵だった。陛下もお喜びだったぞ」

「ありがとうございます。陛下より魔族の兵についてご下問ありましたが、良い兵だと言って下さいました」

「そうか。…この後は、元老院が取り仕切る御前試合だったな…」

 フィルは、軽鎧を着たままの自分の姿を見回す。

「このままではいけませんか?」

「まぁ、良いじゃろう。その方が安心か…」

 フィルの身を案じてくれたのか、ティベリオは仕方なさそうに頷いた。


「さぁ、もうすぐ試合が始まる。フィル殿たちはわしの近くに席を用意した。念のため、近衛の兵たちも控えさせておる」

「お心遣い、感謝します」

 流石に、帝国の要人たちが集まっているこの場で襲撃を受けるとは考えにくいが、念のためといったところか。


「またサエイレムに遊びに行きたいからな。あの美味いパティナが忘れられぬ。もしもフィル殿たちに何かあっては、それも叶わぬ」

「わたしの命は、パティナと同じ価値ですか?」

 フィルは呆れたように言い、肩をすくめた。

次回予定「御前試合 前編」


月曜・水曜・金曜に更新します。

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