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傾国狐のまつりごと-食われて始まる建国物語-  作者: つね
 第2章 サエイレムを狙う者
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帝都への出陣

ティベリオの求めに応じ、フィルたちは帝都へと閲兵に出発します。


 ティベリオの来訪から約1ヶ月。

 早朝のサエイレム港に、1,000人の軍団が整列していた。フィルとともに帝都へと向かう閲兵部隊である。

 第一軍団の重装歩兵500に、狼人族で編成された軽装歩兵200、そして第二軍団の重騎兵100、軽騎兵200である。閲兵部隊の指揮官は第一軍団長バルケスが務める。

 

 フィルはバルケスを従え、整列する将兵たちの前に立った。軽く息を吐き、大きく吸って声を上げる。


「諸君!これより我が軍は皇帝陛下の閲兵を受けるために帝都へ向かう。本来であれば、我が父、アルヴィン・バレリアス・エルフォリアが凱旋将軍として諸君を率いるはずだったが、不幸にもそれは叶わなかった。わたしは若輩ではあるが、父と同様の忠誠を諸君に求める。わたしも、勇士たる諸君の将としてふさわしくあることを約束しよう」


 一旦言葉を切り、ゆっくりと兵士たちの表情を見回す。


「諸君!この度の閲兵は単なる儀式に非ず。今、帝都の元老院は、不遜にも皇帝陛下を蔑ろにするばかりか、このサエイレムと諸君の上に君臨することを狙っている。先の戦争において、諸君らが命を賭けて戦っていた時、本国で享楽と蓄財に溺れ、己の権勢を拡大することにうつつを抜かしていた者たちが上に立つことを認められるのか?……否だ!断じて認めない。わたしは、大切なこの街と諸君をそのような者の下に置くことを許さない。我が父、アルヴィンとともに戦ってくれた勇士たち、父が守ったこの街に、決してそのような辱めを受けさせない。わたしはこのサエイレムとそこに住む者を必ず守り抜く。そのためなら、わたしはなんでもしよう。この街に手を出そうとする者がいるのなら、この身が血に汚れようとも決して許しはしない。諸君も同じ思いだと、わたしは信じる!」


 兵士たちばかりでなく、港で働く者たちまで、いつの間にかフィルの声に聞き入っていた。


「この度の閲兵は、我が軍がいつでも皇帝陛下の剣となり、敵の喉笛を切り裂くことができるのだと示すものだ。皇帝陛下は、我らの力を欲された。それは、この街を狙っている元老院と対峙するためだ。だからわたしは諸君とともに帝都に行くことを決めた。我らが威容を帝都に示し、我らに手を出すならば相応の報いがあると、我らを侮っている者たちの心胆を寒からしめてやろう」


 フィルは腰の剣を抜き、高く掲げる。

「諸君!我が誇りたるエルフォリアの精鋭たちよ!我が軍はこれより帝都へと出陣する!わたしは常に諸君の先頭にある!」

 瞬間、うぉぉぉ!という雄叫びが港に響き渡った。


「全員、乗船を開始せよ!」

 バルケスが号令し、ドーンドーンというドラムの音が響く。すでに港の埠頭には出港準備を終えた10隻の大型商船が待機している。舷側から岸壁に渡された板を踏んで、続々と兵士達が船へと乗り込んでいく。


「フィル様、良い演説でした。アルヴィン様にも負けておりませんぞ」

「ありがとう。でも、まるでこれから戦に行くようなこと言っちゃった」

「実際、どうなるかわからないところがありますからな。戦場に行くくらいの気合いでちょうど良いでしょう。閲兵の際は見栄えを重視して装備を一部省くのが普通なのですが、今回は全員、臨戦装備です。帝都で戦闘となっても十分戦えます」

 バルケスは、腰の剣を叩いた。


「戦争が終わったばかりなのに、内戦になっちゃ困るんだけどね」

 帝都での警戒も必要だが、サエイレムも心配だ。元老院はサエイレムを狙っているとティベリオは言った。アラクネ族の件へのベナトリアの関与は不明だが、少なくとも人間の関与は明らかな以上、それもサエイレムを狙う布石の一つと疑っておくべきだろう。

 フィルとバルケスの留守中、総督の職務はグラム、軍の指揮はエリンに全権を委ねている。2人なら何かあってもサエイレムを守ってくれるとは思うが、油断はできない。 


「ではフィル様、帝都の港まで、しばしお別れです」

 バルケスはフィルに一礼すると、船に乗り込む兵士の列の方へ向かっていった。将と副将が同じ船に乗っていては、航海中に何かあったときに指揮官不在となるため、フィルとバルケスは別々の船に乗ることになっている。


「ウェルス、なかなか立派じゃない」

 フィルは、狼人族の兵士たちの前に立っているウェルスに声をかけた。軽装歩兵であり大盾や金属鎧は身に着けていないが、鎖帷子の上に革鎧、そして獣人の膂力を生かして全員が両手持ちの大剣を背負っている。

「姫さん、冷やかさないでくれよ」

「今回の閲兵では、ある意味あなたたちがサエイレムの象徴になるんだから、頼むわよ」

 鎧の腹をポンポンと叩きながらフィルはウェルスを見上げる。

「ウェルスたちには、帝都での行進や閲兵の時には、兜なしで狼人であることがわかるようにしてもらうわ。…たぶん、奇異の目で見られたり、毛嫌いされることもあると思う。でも、サエイレムは人間と魔族が一緒に生きるんだと帝都に知らしめたい。見世物みたいになって、本当に申し訳ないけど、我慢してほしい」

 辛そうな表情になっているフィルに、ウェルスは口元に笑みを浮かべる。


「リネア嬢ちゃんやメリシャはどうするんだ?」

「さすがに、リネアたちにはベールを被らせるつもり。ウェルスたちには顔を出せと言っておいて、悪いんだけど…」

「いや、安心した。さすがに嬢ちゃんたちにはキツいだろう。俺たちは別に構わないぜ。帝都の人間にどう思われようが、関係ないからな」

「ありがとう。そう言ってくれると助かる」

「姫さんは総督なんだから、俺たちに命令すればいいんだよ。…それなのに、俺たちのことを気にしてくれるのはありがたいと思ってるぜ」


 ウェルスは、おもむろに部下たちの方に向き直る。

「総員抜剣!」

 ウェルスの声に合わせて、全員が背負った大剣を一斉に抜き放った。

「総督閣下に!」

 ザッ!と踵を合わせる音が響き、剣を胸の高さに掲げる。真っすぐ垂直に、剣先の高さまでそろえた見事な儀仗である。

「みんな、すごい!」

 ここまで上達しているとは思わなかったフィルは、素直に感動して拍手する。

「どうだい、これなら皇帝の前でも恥ずかしくないだろう?」

「もちろん。誰にも文句なんて付けさせないよ。頑張ったね。本番でも期待してる!」

「あぁ、見ててくれ」

 乗船の順番が来たウェルスたちは剣を納め、フィルに手を振って船に向かう。


 閲兵に行くと決まってから、ウェルスたちはバルケスにみっちりしごかれた。いくら狼人が体力があるとは言え、あれはやり過ぎなんじゃないかと思うくらいだ。だが、『お前たちが失敗したら、やっぱり魔族は人間に劣るとか言い出すバカが出る。そうなったらフィル様がどれほど悲しまれるか』なんて言われちゃ、やるしかないではないか。

 歩きながら、ウェルスはちらりとフィルを振り返る。…うちの姫さんに恥かかすわけにはいかねぇからな。ウェルスは声には出さずにつぶやいた。


「フィル様」

 ウェルスたちを見送ったフィルのところに、リネアとメリシャ、そしてシャウラがやってきた。

「フィル、似合う?」

 メリシャは、その場でくるりと回って、旅のために新しくあつらえた服をフィルに見せる。フィルとやリネア同じシャツとズボンにマントを羽織った旅装束だ。

「うん、よく似合うよ。少し窮屈な旅になるけど、ごめんね」

「ううん、フィルのお仕事なんだよね。大丈夫だよ」

 健気すぎてメリシャを抱きしめたくなるが、周りの目もある。今は我慢我慢。


「リネア、荷物が多くなってしまったけど、大丈夫?」

 リネアの両手に大きな鞄。狐人は同い年の人間よりは身体能力に優れているが、それでも重そうだ。

 閲兵では軍指揮官として革の軽鎧、皇帝への謁見の際は総督の正装、さらに今回は建国祭に合わせての帝都入りであるため、幾つかの宴席も予定されている。その際も侮られることのないよう衣装に気を付けなくてはならない。必然的に荷物の量は増えるばかりだ。

「大丈夫です。シャウラさんにも持ってもらってますから」

「シャウラもごめんね」

 シャウラも大きな衣装葛籠を抱えていた。

「いいえ、フィル様。あたいにまで美しい衣装や装備を用意して頂いて、ありがとうございます」


 フィルは、リネアとメリシャ、そしてシャウラもフィルの出席するイベントに同席させるつもりでいた。帝都では何が起こるかわからない。万が一の時に近くにいないと守れないからだ。帝都滞在中はいつ襲撃されるかわからないと思ってほしい、とはフィルがバルケスとシャウラに言った言葉である。


 もちろん、貴族達の前に出すからには彼女たちにも恥ずかしくない装いをしてもらわねばならない。『やっぱり魔族は…』などと彼女たちが蔑まれるのは、フィルとしては絶対に許せない。

「戦いには、相応の装備が必要でしょう?」

 にやりと笑ったフィルに、シャウラも笑みを返す。シャウラの衣装や装身具には、アマトに頼んでラミア族得意の仕掛けも施してもらっている。使わずに済めばそれに越したことのないものではあるが。


 フィルたちの乗った船が岸壁を離れ、大河ホルムスのゆったりとした流れの中に押し出される。船を押しているのは数人のセイレーンたちだ。

「メリシャー、行ってらっしゃーい!気を付けてねー!」

 水面から上半身を出して、大きく手を振っているのはモルエだ。

「ありがとー!行ってきまーす!」

 舷側で負けじと手を振り返すメリシャ。


 10人ほどのセイレーンたちが、そのまま船と併走して泳ぎ始める。中には、モルエの長姉テレルもいた。彼女たちはこのまま沖まで船団を送り、自分たちの島の様子の確認がてら、そこでフィルたちの帰りを待つことになっている。


 帝都まで行くのに海路で4日、帝都での滞在は4日、サエイレムへの帰りは風向きが逆になるため8日、何事もなければ半月ほどでサエイレムに戻る予定であった。

次回予定「帝都上陸」

今回から、月曜・水曜・金曜の週3回更新になります。

頑張って連載していきますので、お気に召しましたらブックマークや評価をお願いいたします!

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