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傾国狐のまつりごと-食われて始まる建国物語-  作者: つね
最終章 後日譚
485/489

そして、現代へ 3

最終章毎日更新中!

完結まで、残り5話。

「はい、少々お待ちを」

 娘は、柔らかいパティナを慣れた手つきで紙皿の上に移すと、ケーキ箱のような箱に入れてくれた。


「崩れやすいので、傾けたりしないよう気を付けてお持ち帰り下さい」

「うん、大丈夫。すぐ近くだから」


「店主様は、最近こちらに来られたのですか?」

 大事そうに箱を抱えるフィルを微笑ましく見つめ、リネアは娘に尋ねた。


「あ、はい。あたしは、ルブエルズ山脈の向こうの、山間の村の出身なんです。薬師を生業とする一族だったんですけどね、あたしは薬草畑の世話や薬の勉強より、おいしい料理やお菓子を作る方が好きなんです」

「では、この料理はご家族から?」


「はい。このパティナのレシピは、曾おばあちゃんから教わったんですよ…すごく昔には、あたしの一族はサエイレムに住んでいたって聞いたから、お金を貯めて、ようやく来ることができました……お店を出すのに借りたお金を返さなくちゃいけないから、これからが大変なんですけどね」

「…きっと大丈夫です。この味なら、繁盛しますよ…あの、店主様のお名前を伺っても?」


「あ、すいません。あたしはテレスって言います」

 テレスはそう言って、店長として自身の名が入ったショップカードを差し出す。


「テレスさん、ですね……私はリネアといいます。こちらはフィル様です」

「えっと…なんか、とっても喜んでもらえたみたいで…ありがとうございました。こんなに喜んでもらえたの、開店して初めてです」


「これから贔屓にさせて頂きますね……おつりは結構ですから、取っておいてください」

 リネアもまた、懐かしそうに…そして嬉しそうな表情を浮べ、財布から紙幣を取り出して差し出す。


「はい、ありがとうござい…って、えっ、こんなに?!いいんですか?!」

 どう見ても自分より年下にしか見えないリネアから、代金の数倍の価値を持つ高額紙幣を渡された娘は、驚きのあまりポカンとしていた。


「何か困ることがあったら、相談してください。このお店がなくなるのは困りますし、あなたの一族には縁があるみたいですから」

「あの…一体、それはどういう…?」

 少女の姿の自分が、彼女の遠い遠い祖先、メディアの養母だなどとは言えるはずもないし、信じてももらえまい。リネアは黙って微笑むとフィルとともに店の出口へと足を向けた。


「絶対にまた買いに来るからね!」

「はい、お待ちしています」

 満面の笑みで言うフィルを、テレスはカウンターをくぐって戸口まで出て見送ってくれる。…彼女の下半身は、蛇の姿をしていた。


「リネア、きっとメリシャも喜ぶね」

「はい、あの子もパティナが大好物でしたから」 


 パティナの入った箱をしっかり抱えて歩くフィルの周りを、狐人、狼人、人間、さらにはケンタウロスなど、多種多様な種族が行き交い、空にはハルピュイアが飛んでいる姿も見えた。


 この世界において『人』とは人間だけを指す言葉ではない。多様な種族全てが『人』であり、外見的な違いも人間の中にも目の色や肌の色が違う人種がいることと同じように認識されていた。

 時に争うこともあるにせよ、それはあくまで人と人との争いであって、『魔族』と呼ばれる種族など、どこにもいない。


 まだ小さな集落であったこの場所で、今度こそ人間と魔族が共に手を取り、笑って暮らせる国を建てると決意してから、すでに3千年以上。

 最初のサエイレム王国での経験から、一度刷り込まれた価値観を覆すのが難しいことを痛感したフィルが行ったのは、そもそも人間を中心に置く価値観を成立させないことだった。


 人間中心で成立する帝国やその前身の共和制国家ができるよりも早く、フィルはまだ名前もなかった集落をサエイレムと名付け、集落や北の森に住んでいた人間や獣人たちをまとめ上げた。そして、周辺に住んでいたケンタウロス族やアラクネ族、そしてアルゴス族のもとを自ら訪れて交流を結び、多種族国家『サエイレム王国』を成立させたのである。


 新国家は王国の名を持ちフィルは女王を称したものの、その実は緩やかな連邦制国家であり、フィルは王というよりも盟主であったと言った方が正しい。


 フィルは、自分とリネアが不老の神獣であることを公言し、王国に住む全ての種族を公平に扱うことを国是とした。

 種族間に優劣をつけることを戒め、時に厳しい制裁を科すことも厭わなかった。


 しかしその一方で、強権的な政策をとることはなく、各種族の考えを尊重して自治を認め、差別的な行いさえしなければ、価値観の違いは違いとして容認した。

次回予定「そして、現代へ 4」

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