そして、現代へ 2
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匂いの元を探すと、少し先の路地から漂っている。
路地を覗くと、入って少し先の道端に小さな看板が出ていた。食べ物屋ではあるようだが、何の店なのかはよくわからない。看板には、手描きらしい素朴な絵で籠に盛られた卵が描かれていた。
「リネア、ちょっと行ってみて良い?」
「はい。この匂い、私も気になります」
あんな店、あっただろうか…と思いつつ、フィルは店へと向かった。
「いらっしゃませ~」
店を覗くと、店番をしていた若い娘が出迎えた。
店は最近できたばかりらしく、内装はまだ真新しい。
カウンターの向こうに立つ娘が、白い調理服にコック帽を被っているところを見ると、彼女が店主と料理人を兼ねているようだ。
目の前のカウンターには、大皿の上にふんわりと盛られた、キッシュに似た料理が並んでいる。
料理に付けられた説明書きによると、卵の中にアスパラガスや微塵切りの香味野菜、白身魚など色々な具を入れてかき混ぜ、スフレ状に焼き上げた卵料理だということだ。
隅にあるガラス張りの冷蔵庫には果物を使ったスイーツ風のものも入っていた。
……フィルは、その料理を知っていた。
「これって、もしかしてパティナ?」
フィルの質問に、娘は少し驚いたような表情を浮べた。
「おや、今ではほとんど見かけない料理のはずですけど、お客さん、よく知ってましたね」
「まぁ、ね……そんな誰も知らないような料理を売り物にしてるの?」
「これ、あたしの一族に昔から伝わる秘伝のレシピなんです。あたしも子供の頃から大好きで、珍しいだけじゃなくて、絶対美味しいと思うんです。だから、商売になるかなって…なんでも、遥か昔の大魔法使いが考案したんだって言い伝えられているんですよ」
「大魔法使い?」
その言葉に、ぴくっとフィルが反応する。
「はい。神話の時代の最後の大魔法使いと言われる、メディア様です。なんと、あたしはその末裔なんですよ」
「……」
無言で自分を見つめるフィルの反応に、娘は不思議そうに首を傾げる。あまりに荒唐無稽だと呆れているのか…?
「一族の言い伝えなんで、本当かどうかはわからないですけどね」
誤魔化すように言って、あははと笑った娘に、フィルはようやく口を開いた。
「ねぇ、味見させてくれない?」
「いいですよ、どれにします?」
フィルは迷うことなく微塵切りの香味野菜が入ったパティナを指さした。娘は、よく磨かれたテーブルナイフでパティナを少し切り取ると、小皿に載せて差し出す。
小皿を受け取ったフィルは、添えられていたフォークで小さなパティナを更に半分にしてリネアに渡した。そして自分も半分を指先で摘まんで口に運ぶ。
「…!」
パティナを口に含んだまま、フィルは目を見開いた。リネアもまた、驚いたよう口元を押さえていた。
懐かしい味に、ずっとずっと昔の記憶が、鮮明に思い出された。
フィルを支えてくれた聡明な女性の微笑み……
はいですわ!と元気に返事をする娘の笑顔……
「どうでしょう…?」
無言のフィルたちに不安そうに尋ねた娘は、フィルの頬に一筋の涙が伝い落ちるのを見て、慌てる。
「あ、あの!なんか変な物が入ってましたか?!」
「あぁ、違うの…そう、そうだよ、この味だよ…よかった、まだ残ってた…!」
フィルは指先で目尻を拭い、笑って見せた。
そう…これはかつてフィルが大好きだった味…サエイレム王国の宰相であったテミスが考案し、後にフィルたちの記憶を頼りに、養女だったメディアが再現してくれた味……。
料理上手なリネアでさえ、このレシピだけは完全に再現することができなかった。
だから、メディアが生涯を全うして、その子孫たちは市井へと溶け込み…時代と共に食文化も変わっていき、いつしか口にすることがなくなった味…。
「…??」
「全部買う!」
「はい?」
「ここにあるパティナ、全部ちょうだい!」
「ええっ?!」
「フィル様、そんなには食べきれませんよ。また買いに来ましょう」
「…あぁ、そうだね…ごめん。あんまり嬉しくて…それなら…とりあえず、この香味野菜のパティナ、ホールでくれる?」
フィルは少し恥ずかしそうに頬を染め、娘に注文を伝えた。
次回予定「そして、現代へ 3」




