そして、現代へ 1
「傾国狐のまつりごと」最終章、後日譚です。時代は一気に飛んで現代へ。
最終章は、短期集中連載として毎日連載します!
『…ワールドジオグラフィックス、ヒストリーチャンネルでは、3千年以上前に栄えたとされる謎の王国、サエイレム王国を特集します』
女性キャスターのナレーションが流れ、壁に掛けられた大画面のテレビに、半ば崩れ落ちた城壁や石造りの列柱の姿が映し出された。
『今から約3700年前、古代ギヴトで異民族ヒクソスによる王朝、第15王朝が成立し、クレス島のミアノ文明が栄えた時代。…サエイレム王国はこのころに建国されたと考えられています』
「ヒクソスって、シェシたちのことだよね?…あの後、メネスも支配しちゃったんだ…」
ソファに座って番組を見ていた若い女性が、隣に座っている少女に訊いた。
「そうだね…そのうち、旅行に行ってみようか」
画面に映し出されたピラミッド…ムルの姿に、少女は目を細める。
そして番組のナレーションは、サエイレム王国の説明を始めた。
『最盛期にはテテュス海の東岸から北岸にかけての広大な範囲を支配し、「パックス・サエイレーナ」と呼ばれる長く平和な時代をもたらしたとされる『サエイレム王国』。それまで種族毎に成立していた社会から、初めて多種多様な種族が参加して成立した人類初の多民族国家であり、種族毎の価値観や文化的な相違を認める『寛容』の支配を行ったとされています』
画面上の地図に「サエイレム王国」の支配範囲が示され、当時の文明圏の大半が王国領として着色されている。
『しかし、そうした歴史的な偉業の反面、その実像は多くの謎に包まれている幻の王国です。実際のところ、王国がいつ成立し、いつ滅びたのか、それすらはっきりとはわかっていないのです』
画面が切り替わり、今も残るサエイレム旧市街の空撮映像が流れた。
『大河ホルムスの舟運で栄えた古都、王国と同じ名を持つ城塞都市『サエイレム』が王国の都であったとされ、今も残る旧市街は、王国時代にその基礎が築かれたと考えられています。しかし、同時代の他の文明よりも遥かに先進的な都市が、どうしてこの地に突如として出現したのか、その答えは未だわかっていません』
「そりゃ、千年先の知識で都市建設を始めたんだから、唐突に見えるよね」
楽しそうに微笑んだ少女…フィルは、手元のマグカップを口に運んだ。
大麦を焙煎した香ばしいお茶は、その王国の時代から彼女が好んできたものだ。
「フィル様、そろそろお買い物に行って来ますね」
「あ、わたしも行くよ」
キッチンからのリネアの声に、フィルはソファから立ち上がった。
「いつもの市場ですから、メリシャとテレビを見てても構いませんよ?」
「ううん、リネアと一緒に行きたいの」
フィルはキッチンから出てきたリネアと手を繋いで、リビングのドアへと向かう。
「この番組、録画しとこうか?」
「うん、お願い。わたしたちの国のことを、どんな風に紹介してくれるか少し興味あるから、あとでみんなで見ようよ」
「わかったー」
がちゃりと玄関のドアを開けて、フィルとリネアは家を出た。眩しい太陽の光に目を細める。
サエイレム旧市街。
世界で最も長い歴史を持つ都のひとつであるこの街は、東西6km、南北4kmの長方形の城壁に囲まれた城塞都市であり、大河ホルムスに面した河港から引き込まれた運河が、町中に張り巡らされた、美しい都市である。
世界遺産として登録されているサエイレム旧市街は、その街路の狭さと複雑さから、主要な大通り以外には自動車の取り入れが禁止されており、中世以前の面影が色濃く残されていた。
その一角に、フィルたちの家はある。
旧市街南東部の城壁にほど近い場所で、庭にたくさんの林檎の樹が植えられたログハウス調の家だ。
家の前の通りを少し西に歩けば、河港へと続く運河があり、その運河と街の中心の大通りまでの区画が、サエイレムの食を支える市場となっている。
「リネア、買い物って夕飯の材料?」
「そうです…フィル様は、何が食べたいですか?」
「リネアの作ってくれるものなら、なんでも好きだよ」
「それは嬉しいですけど、…そう言われると少し困ってしまいますね」
リネアがくすりと笑った時、美味しそうな…とても懐かしい匂いが漂ってきた。
次回予定「そして、現代へ 2」




