ヒクソス王朝建国 4
「セトも、ご苦労様でした」
「はっ、勿体なきお言葉です」
相変わらす畏まるセトに、リネアは小さく苦笑してお茶を差し出した。
「これからどうするの?神殿を再建してそこで暮らす?」
「当面は、そうなるじゃろうな。こういう状況じゃ…こんな神でもいた方が良いであろうよ」
「そうだね。シェシやネフェルを助けてあげて欲しいな」
ヒクソスの政治と軍事の改革、メネスとの戦争、アペプの襲来と、フィル達が召喚されて以降、激動の日々が続いた。当然、民の心情は安らかではいられない。
信仰の対象であったバステト神殿の消失も、ヒクソスの民に不安を与えているはずだ。
だが、テトが人前に姿を現せば、神殿などよりもよほど強い希望となる。
「…フィルたちは、…行ってしまうのだな」
しばしの沈黙の後、テトはぼそりと言った。
「えぇ。わたしたちは元々、この地の者ではないからね」
「その…だな、元々の故郷でないとしても、セトのように、この地にいても良いのだぞ。アセト…いやメディアのことも許すし、フィルたちが望むなら神の一柱に迎えてもいい…」
「ありがとう。…でも、最初から決めてたんだ」
ちびちびとお茶を舐めながら、上目遣いに言うテトに、フィルは軽く微笑んで答えた。
「そうか…ならば無理は言うまい」
フィルの答え予想していたのか、テトはあっさりと頷いた。
「…どうしても行きたい場所があるの。もし叶うなら、もう一度…」
フィルはそう言って、視線を窓の外、北の方角へと向けた。
それから数日後。夜が明けてみると、フィル、リネア、メリシャ、そしてメディアの4人は、何の前触れもなくヒクソス王城から姿を消していた。
報告を受けた女王シェシは、無言のまま頷くと玉座を降り、北の空に向かって長い祈りを捧げたという。
…その後のヒクソスとメネスがどうなったのか、後の歴史を少しだけ語っておこう。
シェシの即位から5年後、自力再建が進まなかったメネス王国は、ヒクソスに併合され、下メネスからヒクソス旧領全体を支配する新たな王国が誕生した。
シェシは、異民族として初めてファラオの称号を戴く支配者となったのである。
後に伝えられている歴史書では、メリシャの治世はシェシの父王シャレクの治世とされ、シャレクが名目上の初代国王、シェシが二代目の王とされた。
メリシャ、フィル、リネアの名は、この地の歴史に一切残されていない。
……それは全て彼女たち自身が望んだ結果である。
シェシは、宰相サリティス、バステト神殿の神殿長ネフェル、左将軍ホルエム、右将軍ウゼルと、ヒクソスと人間の両方を側近に置き、人間を奴隷階級として扱うことをしなかった。
統治体制は、併合したメネス王国の官僚組織を引き継いだと考えられており、メネス人の官僚たちも多く実務に携わっていた形跡が見受けられる。
そして王国は、アヴァリスから、ペルバスト、ギーザ、メンフィスまでの大河に沿った地域を直轄領とした他、地方に対しては元の部族長や州候たちを諸侯として封じ、自治を任せる一種の封建体制を敷いた。
これら諸侯たちには貢納の義務を負わせて、王家への従属を求めたものの、領土の統治に関しては裁量を認めていたとされ、後の絶対君主のような強力な支配体制ではなかったようだ。
ヒクソス王国はメンフィスの南までの下メネス一帯を支配下におさめた後、アヴァリスを拠点に北の海沿いにも東方に領地を広げていき、大いに栄えた。
後に古代ギヴトと呼ばれることになるこの地の文明には、歴代の王朝に君臨した王たちの名とその治世を記した『王名表』と呼ばれる古文書が残されている。
その王名表に、ヒクソス王国の治世は古代ギヴト第15王朝として記されており、5人の王により108年間続いたという。
次回予定「終章 食われて始まる建国の物語 1」
いよいよ物語もラストへ。




