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傾国狐のまつりごと-食われて始まる建国物語-  作者: つね
 第5章 神話の終焉
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再びの生 2

「フィル、アセトをどうするつもりじゃ」

 フィル以外、その場にいる全員の気持ちを代弁して、テトが尋ねた。


 当然、何もなし、というわけにはいかない。

 もしアセトが意識を取り戻したなら、然るべき罰を下さなくてはならないだろう。

 これまでにアセトがしてきたことを考えれば、その罰は極刑こそ最もふさわしいのだが…。


 だが、フィルがその場でとどめを刺さず、生かして連れ帰ったということは、フィルにはアセトを殺すつもりがないということだ。

 ならば、どうするのか。


「フィル、ボクたちはいつまでもここにいるわけじゃない。アセトをどうするかは、テトたちに任せるべきだと思う」

 少し迷うように視線を落としたフィルに、メリシャが言った。


 アペプを倒した今、ヒクソスへの脅威はなくなった。メネス王国とてもうヒクソスの敵ではない。ヒクソスという国自体の建て直しも進んでいる。


 それはすなわち、フィルたちが最初に宣言したとおり、メリシャが王を退いて、この地を離れる時がもう近いということだ。


「そうだね。メリシャの言う通りだ…けど、わたしは…アセトをこのまま死なせたくない」

 フィルは、つぶやくように言った。


「フィル様…」

 呼びかけたリネアは、そこで一旦言葉に詰まる。だが、意を決して続けた。

「…私は、フィル様の思う通りになされば良いと思います」


 リネアも正直に言えばアセトを殺しておいた方がいいと思っている。生かしておけば何をするかわからない。アペプと同化が解けたとは言え、彼女は稀代の魔女であり、その力を侮ることはできない。


 しかし一方で、フィルがアセトを助けたいと思う気持ちも理解できる。

 人生を神々に翻弄され、人としての幸せを奪われ続けてきたアセト…メーデイアが、このまま生を終えてしまうことは、あまりにも悲しいではないか。

 フィルがアセトにトドメをささず救助してきたのは、そう思ったからだということもわかっている。


 何が最善なのかはわからない。

 けれど、何が起ころうともフィルのことは自分が守ればいい…フィルがアセトを助けたいと望むのなら、それに寄り添おう。そう決意し、リネアはフィルに判断を委ねた。


「えー、リネアまでそんな……ねぇ、パエラからもフィルに言ってよ。フィルがわざわざ面倒事を背負う必要ないじゃない。フィルがやりたくないなら、ボクがやるよ」


「…まぁ、そうなんだけど…いいんじゃない?メリシャだって、わかってるんでしょ?」

 仕方ないとでも言うように苦笑いを浮かべながら、パエラは肩をすくめる。


「…あー、もぅ…わかったよ…」

 揃いも揃って、ボクの家族はどうしてこうも優しいのだろう…メリシャは大きなため息をつきながら、フィルに向かって頷いた。


「アセトのことはフィルに任せる」

 フィルがアセトをどうするつもりなのか、メリシャにも予想はついている。

 当然、リネアとパエラだってわかっている。ふたりがそれを受け入れるつもりなら、メリシャが何を言ってもフィルが考えを変えるとは思えない。


「…う…ぁ…」

 足元に小さな呻き声がした。続いて、水を吐き出すゴフッという音…アセトが目を覚ましたのだ。


 フィルの手に一振りの剣が現れ、その切っ先をアセトに向ける。

 いくらフィルが助けたいと望んでいても、アセトが復讐心を捨てられないのなら、後々の災いとなるだろう。


 その時は、ここで終わりにするしかない…ということはフィルも覚悟していた。


「…ここは…?」

 うっすらと目を開けたアセトは、横たわったまま焦点の合わないぼんやりした視線を彷徨わせる。


 その視線が、喉元に突き付けられた剣の切っ先と、自分を睨むフィルの姿に止まり、アセトはヒッと短い悲鳴を上げた。


「アセト、わたしのことがわかる?」

 フィルの質問に、アセトは小さく首を横に振った。


「アセトって、誰のことですの?…わたくしは…あれ?…わたくしは…」

 アセトは、戸惑いの表情を浮べて口ごもる。


「アセト、一体何を…!」


「わからない…わからないんですの。ここはどこですの?あなたは誰なんですの?」

 フィルを見上げるアセトの瞳は、不安と恐怖の色に染まっていた。


「…わたくしは、誰なんですの?」

「…」

 フィルは、ゆっくりと剣を下す。手の中から剣が消え失せ、フィルはアセトの側に身を屈めた。そして、優しく微笑んで見せる。


「わたしの名はフィル、聞き覚えは?」

「…いいえ。わかりませんわ」

 小さく震えながら首を横に振るアセトを見つめるフィルの表情は、やや悲し気な反面、ホッとしているようにも見えた。

次回予定「ヒクソス王朝建国 1」

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