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傾国狐のまつりごと-食われて始まる建国物語-  作者: つね
 第5章 神話の終焉
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神話の終焉 1

 このままでは力負けすると判断したフィルは、大きく身を翻して避ける。しかし、炎の蛇は軌道を変えて九尾を追いかけていく。更にアセトがもう一度杖を振るうと、再び炎の蛇が今度は九尾の前を塞いだ。


「…くっ!」

 苦し気に九尾が喉を鳴らした瞬間、前から迫っていた炎の蛇が、横合いから伸びて来た光の束によってかき消された。

 窮地を見て取ったティフォンのブレスである。その隙に、後方から追尾してきた炎の蛇は、九尾自身が障壁を張ってなんとか防ぐ。


「フィル様!」

「リネア、助かったわ」


 フィルはティフォンの傍らに戻り、弾んだ息を整える。


「神代の大魔女…さすがね…」

 アセトは、神に見込まれるほどの魔術の才を持つ魔女メーデイア。アペプの力を完全に呑み込んだことで、その力を使って存分に魔術を振るうことができるようになっていた。その多彩な攻撃は、力押しに近かったアペプよりも遥かに厄介だった。


「まだまだ、行きますわよ!」

 楽し気に笑いながら、アセトは杖を振る。杖の先端に巻き付けられた金色の毛皮が、ぼんやりと光を放ち、残像のような軌跡を描いた。


「…っ!…これは…」


 不意に、ティフォンの巨体がぐらりと傾いた。

「リネア!」

「フィル様…急に…眠く…」


 苦し気に歯を食いしばるティフォン。フィルの視界の隅でセトも同じように体勢を崩し、今にも墜落しそうになっていた。だが、フィルはなんともない。


「リネア、変身を解いて!」

「は、はい!」


 リネアはすぐにティフォンの姿から狐人に戻る。ふらりと落ちかけたその身体を九尾の背が受け止める。


「どう?…大丈夫?」

 九尾の背に突っ伏していたリネアは、ほどなくして頭を振りながら身を起こす。


「はい。…大丈夫です。さっきのような眠気は感じません」

「やっぱり、竜にだけ効く術みたいね」

 フィルはアセトを睨む。


 その時、ドーンと大きな音と水柱が立った。術に抗いきれなかったセトが水面に墜落したのだ。


「アセト、一体何をしたの?!」

「この毛皮は、我が故国の秘宝、金毛羊の毛皮ですわ。国にあった頃には、竜を番人に置いていたのですよ」


「…竜族の意識に干渉できる魔術か…」


 メーデイアは、金毛羊の毛皮を手に入れる際、番人であった竜を魔術で眠らせたという。おそらく、その魔術を金毛羊の毛皮を触媒にして強化している…。

 その力がどこまで強力なのかはわからないが、下手をすればティフォンやセトが操られる可能性もあったかもしれない。そうなっていたらと思うとゾッとする。


「…なんてこと…」


 テトの力を借りて死者の魂を解放したおかげで、アペプの力は弱まった。確かに今のアセトは絶対的な力では弱体化している。

 だが、その代わりにアペプの力を御せるようになったアセトは、神代の魔女としての力を完全に取り戻した。いや、往時よりもその力は増しているのかもしれない。こんなことになるなんて、本当に迂闊だった。

 

 そのせいで竜という最大の切り札を封じられてしまった。

「フィル様…」

 九尾の背にまたがったリネアが、心配そうに九尾の首に手を添える。


「わたしがなんとかする。大丈夫」

 そう言ってアセトに向き直ったフィルだったが、正直、勝つ自信は持てなかった。 


 九尾を見上げたアセトは、ニヤリと笑みを浮かべて杖を振るう。杖の軌跡に5つの光球が生まれ、九尾に向けて撃ち出された。すぐさま狐火で迎撃する九尾だが、アセトはそれも予想していたらしい。


「まだまだ、いきますわよ」

 アセトが杖を振るう度に、次々と出現した光球が九尾に向かってくる。その数は軽く10を超え、迎撃してもその数が減ることはない。


「こういうのはいかが?」

 アセトがパチンと指を鳴らすと、幾つかの光球が迎撃の寸前でパチンと弾けた。狐火をすり抜け、小さな光の弾が九尾へと殺到した。

次回予定「神話の終焉 2」

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