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傾国狐のまつりごと-食われて始まる建国物語-  作者: つね
 第5章 神話の終焉
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変身 3

「リネア、離れて!」

「はいっ!」


 アペプとやや距離を取った二人の目の前で、アペプは苦しそうに身をよじらせている。

 アセトがどうなったのかもわからない。やがてアペプはぐったりと地面にその身を横たえた。


 ビリッと何かが裂けるような音がした。警戒を緩めることなく見守るフィル達の目の前で、アペプの背に大きく亀裂が走り、血とも体液ともつかない赤黒い液体が溢れだす。その中から、ずるりと音を立てて何かが現れた。


「フィル様、これは…?!」

「わからない…けど、アセトの仕業なのは間違いないでしょう」


 蛇が脱皮するようにアペプの中から身を起こしたそれは、人間の上半身の形をしていた。弱まった力に比例するように身体の大きさはアペプの半分以下になっているが、セトと同じくらいのサイズはありそうだ。


「アセト…」

 アペプの中から現れたその顔は、間違いなくアセトのものだった。だが、上半身に続いて這い出してきた下半身はアペプと同じ蛇であった。


 相手を食べるとで代替わりを行う神獣と同様、アペプに自らを食べさせることでアペプと同化したアセトだったが、テトの舞によってアペプの力が弱まったのは彼女にとって好機だった。

 自分を通じてアペプに流れ込んでいたテトの力すら利用し、アセトはアペプを乗っ取ったのである。その結果が、上半身は人、下半身は蛇という異形の姿である。


「フィル様、あの姿はまるで…」

「えぇ、ラミア族にそっくりね」

 かつてのサエイレム王国で、フィルの下で宰相を務めたテミス。彼女は半人半蛇の姿を持つラミア族であった。目の前でアペプの外皮を踏み潰しながら這い出してきたアセトの姿は、ラミア族によく似ていた。


「フィル、アセトは一体…きゃっ!」

 フィルに駆け寄ってきたメリシャが、大きく揺れた甲板に足を取られてよろける。


「メリシャ、気を付けて」

 ひょいとメリシャの手を引いたフィルは、その身体をしっかり支えつつ、アセトからは目を離さない。


「イシス、アセトは何をしようとしているか、わかる?」

「……アセトは、まだ戦うつもりのようです。どうするつもりなのかはわかりませんが、まだ諦めていないのは確かです」


 アペプの力を掌握したとは言え、ティフォンとセトを相手に勝ち目が薄い事には変わりないはずだが。


 …アセト、その姿で一体何をするつもりなの…?

 フィルは軽く眉を寄せる。アセトの企みがわからない。アセトが、なんの策もなく相討ち覚悟で向かってくるとは思えないが…。


「メリシャ、ちょっと行ってくる」

 フィルは、メリシャの手に固いものを握らせた。目を落とすと、それはイシスが宿ったチェトだった。


「リネア、行こう」

「はい!」


 九尾、ティフォンの姿となってアセトに向かっていくフィルたちを見送るメリシャの隣で、イシスは異形の姿で迫ってくるアセトを見つめていた。


「メリシャ様…」

「イシス?」


「わたくしに考えがあります。聞いていただけますか?」

「…考え…?」

 イシスの言葉に、メリシャは驚きつつも頷いた。


 九尾、ティフォン、セト、3体に囲まれながら、アセトはそれまでとは一転して余裕ありげな表情を浮べていた。


 アセトは、右手を左腕に添えると、何かを引き抜くような所作をした。するとアセトの手の中に、一本の杖が現れる。

 アセトのサイズに合わせたように長さは10メートルを超え、赤黒い光沢をまとった杖の先端には金色の毛皮のようなものが巻き付けられていた。

  

「…!」

 無言で杖を構えたアセトは、そのまま横薙ぎに振るった。杖の描いた軌跡に、ボッボッボッと幾つもの火球が現れ、正面にいたフィルの方へと撃ち出される。


 即座に九尾は尾を振りかざす。尾の先端から青白い狐火が飛び出し、赤く燃える火球を迎撃、1発づつ正確に撃ち落とした。


「さすがですわね」

 にやりと笑って九尾を見上げたアセトは、再び杖を振るう。今度は帯状の炎が、多頭蛇のように伸びた。

次回予定「神話の終焉 1」

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