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傾国狐のまつりごと-食われて始まる建国物語-  作者: つね
 第5章 神話の終焉
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変身 2


「イシス、何をしたの?」

「わたくしとあなたの繋がりを通して、バステト様の力をアペプに送り込んでいるのです」


 本来ならば、如何にバステトと言えど、外側からアペプの中に干渉することはできない。

 しかし、イシスの片割れであるアセトが、アペプと一体となっている状態でなら、イシスとアセトの繋がりを利用し、テトの力をアペプの内部に直接作用させることができる。イシスとアセトが、アペプの内部にテトの力を送り込む通り道になっているのだ。


 この状況でテトが死者の魂を天に送る儀式を行えば、アペプの中に力の糧として囚われていた死者の魂たちは、シストルムの導きによって次々にアペプから抜け出し、天へと還る。


「…全て、罠だったということですか」

 アセトは深くため息をついた。


 アペプをこの場所に誘い込んだこと、湖の水を抜いてアペプに不利な状況を作り出したこと、それはここで戦うためだと思っていた。しかし、実際にはそれも罠の一部。不利を悟ったアペプとアセトが大河に逃れようとするところまでがフィルの策だった。


 イシスとアセトの繋がりを利用する以上、アペプが水中に潜っていたり、イシスとアセトの距離が離れれば離れるほど、条件が悪くなる。

 湖の水位が低下すれば、アセトは必ず不利を悟り、脱出を図ろうとする。そして、そこにテトたちがいれば、アペプは必ず姿を現して近づいてくる。


 テトは空を飛べず、儀式の舞を行うには、ある程度の広さがある平坦な場所が必要だった。

 弩砲戦艦の甲板は、儀式の祭壇としては十分だったが、アペプとセトやティフォンとの戦いに巻き込まれたら耐えられない。だから、戦場から一旦離れ、大河に繋がる流れの上流でアペプを待ち伏せていた。


 フィルは、アペプとの戦いの最中に分身の一体を密かに弩砲戦艦に先行させて、満を持して待ち構えていたのである。


「追い詰められてしまいましたね…」

 後方からティフォンとセトが追い付いてきたのを見て、アセトは軽く肩をすくめた。


 力の糧である死者の魂を抜き取られてしまい、アペプは急速に弱体化している。このままティフォンとセトを相手にすれば勝ち目はない…それはアセトもわかっていた。


「アセト、悪いようにはしない。…復讐なんてもう諦めてくれないかしら」

 弩砲戦艦の甲板の上から、フィルがアセトを見つめていた。隣には竜人姿をとったリネアがぴったりと寄り添ってアセトを警戒している。


「…フィル様、あなたにはしてやられましたわ」


「アセト、あなたとイシスが受けて来た仕打ちには同情するわ。復讐したいって思う気持ちは、わたしもわかるつもり。…けど、それでいいの?」


「…それでいい、とは、どういうことでしょうか」


「復讐を成し遂げたとしても、幸せだった頃には戻れないし、これから幸せにもなれない。…それは、悲しすぎると思う」

 淡々と言うフィルに、アセトは何かを堪えるように黙り込む。


「アセト、わたくしとひとつに戻りましょう。フィル様は、もし望むならこの地を離れ、一緒に世界を旅をしないかとも言ってくださいました…」

 アセトに懇願するように、イシスも言った。アセトによって神殿跡に閉じ込められた過去はあれど、元はひとつ。このままではアセトはアペプと共に滅ぶしかない。


「…それも…いいかもしれませんわね」

「アセト…」

 フッと表情を緩めたアセトに、イシスは嬉しそうに微笑んだ。しかし、アセトは一転して厳しい表情を浮べるとフィルを睨み付けた。


「…ですが、わたくしにも意地がありますわ!」

 そう言ってアセトは、ずるりと沈み込むようにアペプの中へと姿を消す。瞬間、ビクンッとアペプの巨体が痙攣し、大きな咆哮を上げた。

次回予定「変身 3」

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