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傾国狐のまつりごと-食われて始まる建国物語-  作者: つね
 第5章 神話の終焉
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アセトの望み 3

 …一方、追われるセトの背の上ではオシリスが落ち着きなく後ろを気にしていた。


「セト、もう少し速く飛んだ方がいいのではないか?」

「オシリスよ、我らの役割を忘れたか」

 呆れたようにテトが言う。


 実を言えば、テト自身もアペプが後ろから迫って来ている状況に、胃を締め付けるような緊張を感じている。

 振り切るわけにはいかないが、さりとて近づかれ過ぎては、攻撃を受けるかもしれない。


 アセトのことだ、セトが囮であることくらい気付いた上で追ってきているはず。リネアたちと合流する前に仕留めようとしてくる可能性もある。


 自分たちを追ってくるアペプが、大河の本流から逸れて西に分岐する支流に入った。

 アペプにとって大河の流れは最大の味方…川幅が広く、深い方がアペプにとっては有利だ。本流に比べれば川幅が狭くなる支流にまでアペプが追ってくるかどうか心配であったが、まずそこはクリアした。


「どこまで逃げるのかしら?」

 風に乗って、アセトの声が響いてきた。


「ひっ…」

 意外に近くに聞こえた声に、オシリスが引きつったように喉を鳴らす。


 テトは無言のまま顔をしかめ、後ろに視線を送る。すぐに追いつかれるような状況ではないが、徐々に距離を詰めてきているのは確かだ。


「セト、少し速度を上げてもいいのではないか。追いつかれるぞ」

「心配ない。もうすぐ到着だ」


 セトの飛ぶ先に、小高い丘が連なっているのが見えていた。眼下を流れる川も、徐々に川幅を広げて流れを緩やかにしている。ほどなくして、流れの先に広い水面が現れた。


 広い低湿地だった盆地はその出口を塞がれたことによって、満々と水を湛えた湖へと姿を変えていた。


 セトはそのまま湖の上で大きく旋回すると、待ち受けるようにアペプに向き直った。


 波を蹴立てて湖の中に入って来たアペプも行き足を止める。そして、アセトは湖の様子を見回した。

「なるほど、ここに誘い込むつもりだったと?」


「そのとおりよ」

 声は水面上から響いた。湖の真ん中に浮かんだ大型船…弩砲戦艦の上に、フィルとリネアの姿を認め、アセトは目を細める。


「あらあら、フィル様。無事にお戻りになったようですわね」

「おかげ様で、貴重な体験をさせてもらったわ」


 軽く微笑んで肩をすくめるフィルの隣では、リネアが眼光鋭くアセトを睨み付けている。フィルがそっと手を握っていなければ、今すぐにでも竜に変じてアセトに襲い掛からんばかりだ。


「フィル様、これはどういった趣向なのでしょうか?」

 ゆるりと顔を巡らせたアセトは、薄く浮かべていた笑みを消した。

「人の姿のままで、わたくしたちと戦うおつもりなのですか?」


「戦う前に、少し時間をもらえないかしら…あなたと話をしたいという人がいるの」

 フィルは、腰に下げていたチェトを手に握り、アセトに見えるようにかざした。


「アセト、久しぶりですね」

 フィルがかざしたチェトの上に、半透明の人影が現れた。


「イシス。まだ消えずに残っていたとは驚きましたわ」

「あなたが消えない限り、わたくしが消えることもありません」


「フィル様に、何を頼んだのかしら。わたくしを倒して欲しいとでも?」

 アセトの言葉にイシスは悲し気な表情を浮べた。


「あなたとわたくしは元はひとつ。あなただけに滅んでほしいとは思いません。滅ぶときはわたくしも一緒です」

「…相変わらず、お優しい事ですわね。そうやってあなたは、わたくしを騙し、裏切った物たちを許そうとした。しかし、わたくしは奴らを許さない」


 フィルは、イシスがアセトを説得することができれば…と思っていた。イシスから聞いた彼女…彼女たちの半生は、十分に同情に値する。

 その気持ちはフィルにもよくわかる。もしも自分が同じ境遇にあったならば、アセトと同じことをしていたかもしれないと思えるほどに。


 でも、その復讐の相手はもういない。仮にアセトがセトを倒し、テトとオシリスを倒し、今を生きる人間たちを皆殺しにしたところで、彼女の憎しみは晴れるのだろうか。


 ……フィルにはそうは思えなかった。

次回予定「湖上の戦い 1」

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