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傾国狐のまつりごと-食われて始まる建国物語-  作者: つね
 第5章 神話の終焉
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奇襲失敗 2

 オシリス神殿が近づいてくると、前方に奇妙な風景が見え始めた。

 大河の東側には、メンフィスの町とメネス王城が見える。しかし、その対岸にあるオシリス神殿は見えない。神殿の上にだけ、灰色の塔のような大きな雲が浮かんで地上を覆い隠しているのだ。


 地平線まで見渡せる風景の中、その一部にだけ雲が沸き上がっている様子は実に奇妙だ。あれが単なる自然現象ということはあるまい。


「フィル様、あの雲の下にセトとアペプの気配を感じます」

 セトたちとアペプ、どちらの仕業なのかはわからないが、両者があの雲の下で睨み合っているのは間違いない。


「もうアペプと戦っているのかな…遅かったか…」

 セト達には、もしアペプが現れたら無理に戦わず足止めしてほしいと伝えている。しかしアペプの方から戦いを仕掛けてきているなら、セトたちも戦わないわけにはいかない。


「いいえ。まだ戦っている様子は感じられません。どうやら障壁を張ってアペプを閉じ込めているようです」

「よし、それなら今のうちに…」


 だが、フィルが前方にわだかまる雲に向けて勢い良く跳躍した瞬間、突然パァンと甲高い音が響いた。


「フィル様!障壁が消えました!」

「っ!…アペプの場所はわかる?」


「はい、あのあたりです」

 半分振り返ったフィルに、リネアは地上の一点を指さす。


「どうするのですか?」

「特大の狐火をアペプの上に落とす。アペプがテトたちに襲いかかる前に奇襲する!」


 なびく9つの尾の先に狐火が灯り、ひとつに混ざり合って巨大な火球を作り上げる。直径10メートルはあろうかという、青白い炎の塊だった。


 リネアの指した地点の真上で、九尾の尻尾が大きく一振りされ、地面に叩き付けるように火球が撃ち出される。眼下を覆う灰色の雲をその熱で消滅させつつ貫通し、火球は雲の下にいたアペプを直撃した。


 火球が通った後はぽっかりと雲に穴が開いて、炎に包まれたアペプの姿が目に入った。

 だが、九尾の力では竜に対し火力が足りないことはわかっている。奇襲とは言え、それだけで倒せるとは思っていない。


「フィル様、私も戦います!」

「お願い!」


 もうティフォンの気配を隠しておく必要はない。九尾の背から身を踊らせたリネアは、空中で赤褐色の巨竜へと姿を変えた。そして落下する勢いのままに、後ろ足の爪をアペプの胴体ががっちり食い込ませる。

 竜王の鋭い爪はアペプの鱗も防ぎきれず深々と肉に食い込み、アペプは苦痛に絶叫した。


「…思ったよりも早かったですわね」

 アペプの額からティフォンを睨みながら、アセトが言った。


「今度こそ報いを受けて頂きます」

 後ろ足に加え、前足も使ってがっちりとアペプの胴体を押さえ込み、アセトに顔を向けながらリネアは低い声で応じる。リネアが怒っているのは、もちろんアセトがフィルの身体を奪おうとしたことだ。


 ティフォンはアペプの頭部に向かって顎を開く。このまま至近距離でブレスを撃ち込み、フィルの手を煩わせることなく一気に片を付けるつもりだった。


 だが、当然、それを素直に受け入れるアペプではない。猛然と巨体をくねらせ、地面が揺れるほど暴れはじめたアペプは、やはり九尾の狐火の直撃でもさほどのダメージを負っていないらしい。

 さすがのティフォンも一度空中に飛び上がらざるを得なかった。


 その隙を突き、アペプは素早く身を翻す。前にはセト、上にはティフォンと九尾、3体が相手では分が悪いと見たのか、大河に向かってまっすぐに逃げ出した。


「待て!」

 瞬発力では一番の九尾がアペプの前に立ち塞がる。だが人間から見れば巨体の九尾も、アペプから見れば密林の大蛇と普通の狐ほども大きさが違う。

 アペプの頭を目がけて次々に狐火を撃ち出し、視界を奪おうとするものの、アペプの巨体は止まらない。まともにぶつかれば九尾の方が跳ね飛ばされる。


「フィル様、避けて!」

 慌ててアペプを追いながらリネアが叫ぶ。


 さすがに無理だと悟ったフィルは、チッと舌打ちしつつ、すんでのところでアペプの突進を躱して空中に逃げ、悔しげにアペプを見下ろす。

 ここに至ってセトも追跡に加わったものの、既に遅く、アペプは大きな水音と共に大河の流れの中に姿を消してしまった。

次回予定「青の狩場 2」

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