三神の策 1
「傾国狐のまつりごと」連載開始から丸3年となりました。
これほど長い物語になるとは思わず連載を始めたこの作品ですが、きちんと完結まで書き切るつもりですので、どうぞ最後までお付き合いのほどお願いいたします。
大河の水底を這うように進んでいたアペプは、やがて同族の気配を感じ取った。
感覚的におそらくセトだろうと見当を付ける。
(セトを見つけた)
(ティフォンは一緒じゃないの?)
(ティフォンの気配は感じないから、近くにはいないみたい)
(そう…)
ティフォンがどこに行ったのかは気になるが、セトを襲う好機ではあるとアセトは考えた。
大河の流れと、それに沿った地脈の流れの中で、アペプはセトたちの下流側、つまり風下に位置している。セトはまだアペプの気配を察知できていないはずだ。
その時、地脈の流れが変化した。どうやら大河の底に冥府への通り道を開けたらしい。
アペプをもう一度封印するための準備ではないかと警戒したアセトだったが、地脈の流れに乱れはない。ただ道を開いただけで、罠が仕掛けられた様子はなさそうだと判断する。
(母上、セトに仕返ししたい)
(えぇ、いいでしょう。おやりなさい)
アセトの許しを得たアペプは、セトの気配を目がけて急浮上を始める。そして、そのままの勢いで水面を突き破り、空中にいたセトに襲いかかった。
だが、直前にアペプの気配を察知したセトは、間一髪のところでアペプの襲撃を回避する。攻撃を空振りしたアペプの巨体が水面に落ち、その衝撃で立った大波が岸辺を洗った。
「やはり来おった…」
大きく傾いたセトの背中にしがみつきながら、オシリスは苦い口調でつぶやく。
水中からの奇襲には驚かされたが、間一髪ながら初撃を回避できたのは幸運だった。あれで水中に引きずり込まれてでもしていたら、セトと言えどやられていたかもしれない。
「バステトと合流するぞ!」
大きく旋回したセトは、オシリス神殿へと向かう。
アペプの襲撃を想定し、あらかじめ戦いの場はオシリス神殿だと決めていた。オシリスの神域であるこの神殿であれば、多少はマシに戦えるはずだ。…神殿は全壊するだろうが…。
かつてのアペプとの戦いは、大河の水上で行われた。
アペプが太陽神ラーが乗る『太陽の船』を襲撃したことが、戦いの発端であったからだ。『太陽の船』を攻撃するアペプと、それを守るテトたちという構図である。
特に、水を操るアペプの力と万物の流れを御するテトの力は拮抗しており、そこに竜族のセト、死と再生を司る冥府の神オシリスが共闘することで、ようやく抑え込んだのだ。
その時よりも力が衰えている今となっては、水上での戦いに勝ち目はない。
テトはオシリス神殿の塔門の上に立ち、こちらに戻ってくるセトと、それを追うアペプの姿を見つめていた。水面を滑るように泳いできたアペプは、勢いを落とさず船着き場を砕いて上陸してくる。
「来おったか…」
テトはつぶやく。その口調には、どことなくホッとした響きがあった。復讐にこだわるアペプが、自分達を前にして逃げはしないだろうと予想していたが、確実ではない。もし水中に潜まれたら、いつまた奇襲を受けるかもしれず厄介だ。
だが、アペプは追ってきた…アセトとアペプにとっても、ティフォンとセトを同時に相手取るのは避けたいはず。そして、相手がセトたちだけなら、倒せると思っているのだ。だから、ティフォンが近くにいない今が好機だと踏み、水上戦の有利を捨てて上陸してきたのだ。
セトが塔門の上を通過するのと同時に、テトも塔門から飛び降り、建物の屋根伝いに神殿の奥へと向かった。
アペプは、参道の上を這いずって神殿に迫っている。アペプの重量に参道に敷かれた石畳が砕け、アペプの通った後は砂利道のようになっていた。しかし、すでに追い詰めたと思っているのか、その動きはさほど速くはない。
テトが祝祭殿の屋根の上から振り返ると、アペプは先程までテトがいた塔門に達していた。
塔門の一部を崩壊させながら、アペプがオシリス神殿に侵入してくるのを見届け、テトは無言のまま更に神殿の奥へ向かう。目的値はムルの中庭だ。
テトが、回廊の屋根から中庭へ飛び降りると、すでにセトとオシリスは中央に立つオベリスクを守るように立っていた。
次回予定「三神の策 2」




