アセトとアペプ 4
「バステト、何か考えがあるのだな」
「そんなに大層なものではないがな」
セトの問いにテトは小さく頷いた。
メネスの別動隊を乗せた船団をリネアが全滅させた時、神殿にいたテトは地脈から枝分かれした力の流れがティフォンに向かうのを感じていた。
ティフォンや九尾は、地脈の力を取り込み、己との力とすることができるのだ。
セトはこの地の神であると共に竜族だ。アペプと1対1では分が悪いとしても、無視できる戦力ではない。彼がメリシャとヒクソスを守るなら、フィルとリネアは後顧の憂いなくアペプとの戦いに集中できるはずだ。
そして、森羅万象の流れを整えるテトと、地下の大河を擁する冥府の管理者であるオシリス、ふたりの力を以てすれば地脈をある程度は操ることができる。そうすれば、神獣の力を底上げし、戦いを有利にできるはずだ。
そして、テトは一つの提案をする。
本心では、自らの手でアペプに引導を渡してやりたいセトではあったが、テトの言った提案には納得せざるを得なかった。
「そうだな……」
セトは、やや乱暴な動作でムルの地下部分の天井を砕き、魂の井戸を露わにした。そして爪先を一薙ぎし、パエラの糸で塞がれていた井戸の口を開く。
「バステト、これでいいのか?」
「うむ。それではオシリスよ、頼む」
「良かろう。…これ以上、力を失いたくないのだが、仕方あるまい」
少し不満そうに言いながら、オシリスは右手で自らの左腕を掴むと、そのまま肩から引きちぎった。ちぎられた腕は見る見る色を失って、白い塊へと姿を変える。オシリスは、塩の塊となった腕を魂の井戸に投げ込む。
そして腰に差していたネケク笏を一振りすると、肩から生えるように左腕が復活した…が、オシリスの身体は全体に一回り小さくなったように見える。
オシリスは、魂の井戸の側に立つと、井戸の上にネケク笏をかざして何やら念じ始める。それに呼応するように、気体とも液体ともつかない闇色の何かで満たされていた井戸の中が、一瞬だけパアッと光り、そして消えた。
すると、井戸があった場所には高さ5mほどの白い尖塔が立っていた。人の大きさからすればそれなりに堂々としたものだが、セトやアペプの巨体からすると、いかにも頼りない。
「こんな小さなオベリスクで役に立つのか?」
「これ以上我が身削れというのか?!これで精一杯だ!」
訝しげに言うセトに、オシリスは口を曲げて反論する。
このオベリスクは、先程投げ入れたオシリスの腕を核とし、魂の井戸を形作っていたオシリスの半身から再構成したものだ。文字通り身を削ったものにケチを付けられてはたまらない。
「仕方あるまい。万全ではないが、オシリスにばかり負担を押しつけるわけにはいかん」
「そうだな…すまん、オシリス」
「ふん、わかれば良いのだ…では、新たな冥府の入り口を大河の底に開くとしよう。セト、乗せてくれ」
オシリスを背に乗せて飛び立ったセトは、大河の上へとセトを運ぶ。
大河のちょうど真ん中あたりで、オシリスが手にしたネケク笏を振ると、大河の水面が波立ち、一筋の光の柱が立ち上る。カッと強く輝いた光の柱は、そのまま徐々に薄れ、消えていった。
「うむ、これで地上と冥府の循環は回復するだろう」
「もう終わったのか。…ずいぶんと簡単なのだな」
あっという間に儀式を終えてしまったオシリスに、セトがやや意外そうに言った。
「アペプを冥府に落とした時も、同じだったはずだが?」
「我はアペプを抑え込むのに精一杯だった。周りを見ている余裕などあるわけがなかろう」
「それもそうか…ともかく、吾輩は冥府の神ぞ。元々、地上と冥府は表裏一体、地上の大河と冥府の大河は地脈の循環で繋がっているのだ。それに逆らわず、ただ道を開くだけならばたやすいことよ」
すでに元の静けさを取り戻した大河の水面を見下ろしながら、オシリスは答えた。
「では、戻…っ!」
言いかけたセトが、突然身を翻した。振り落とされそうになって叫ぶオシリスにも構わず、とにかく急旋回してセトはその場を離れる。
セトの感覚が、同族の気配を察知した。場所は自分の真下、距離はごく至近!…大河の流れに気配が紛れ、こんなに接近するまで気が付かなかった。
セトの反応から一瞬遅れて、ザバァッ!!大きな水音が響き渡る。大河の水面を割って姿を現した巨大な蛇の頭が、空中にいたセト目掛け、顎を一杯に開いて襲い掛かってきた。
次回予定「三神の策 1」




