アセトとアペプ 3
「冥府への入口を、別の場所に変えた方が良いかもしれんな」
竜の姿をとったセトの手で解体されていくムルを見ながら、オシリスは言った。
「なるほど、我が神殿にあった出口はすでに大河の底に沈んでおるから、ちょうどいい。入り口側も大河の底に開くか。地脈の循環のためには、それが一番良いであろう?」
「そうだな」
テトの提案にオシリスも頷いた。
この大陸の地脈は、大陸を南北に貫く大河イテルに沿って流れ、循環している。地上から地下へ、そしてまた地上へ。メネスの神話が語る太陽の運行そのものだ。
それを淀みなく行うには、その経路上に冥府の入口と出口を設けるのが一番いいのは自明である。
冥府の口がオシリス神殿とバステト神殿に置かれていたのは、アペプを逃さぬよう関門となるムルを築くため。ムルが地脈の循環を妨げるというのは、オシリス神殿の立地が大河から外れているが故であった。
「貴様ら、呑気に話をしている場合ではないぞ。リネア様とフィル殿がいない隙に、アペプが襲ってこないとも限らないのだぞ」
ムルを崩す手を止めることなく、セトは呆れたように言った。
大河に姿を消したアペプの行方は未だにわからない。バステト神殿での一戦の後、アペプはどこにも姿を見せておらず、不気味に沈黙したままだ。
しかし、アペプやアセトが復讐を諦めて、遠くに逃げ去ったとは思えない。必ず、襲撃の隙を伺っているはずだ…。
「どうやって戦うのか、策はあるか?」
「我らでアペプに勝とうと言うなら、策など無いな」
あっさりとテトが言った。
前回のアペプとの戦いでは、辛うじて封印に成功したとは言え、正直苦戦した。アペプを罠に嵌め、セトが相打ちになるような形で、ようやく冥府の底に突き落としたのだ。
「もう一度冥府に落とすか。…しかし、これ以上冥府を荒らしたら、今度こそ地脈の循環が崩壊しかねんぞ」
「いや、向こうに知恵が回るアセトがいる以上、冥府に落とす策も通用せんだろう。まして、我らが前回よりも力を失っている今の状況で、勝ち目など無い」
「そうかもしれんが…バステトよ、全てリネア様とフィル殿に任せるとでも言うのではあるまいな!」
「落ち着け。…現実として、フィルとリネアに頼るしか道はあるまいよ。この地の神として情けないことはわかっているが、意地を張って状況を悪化させるよりは良いだろう」
テトの言葉には、オシリスもセトも反論できなかった。
「アペプの奴はかつて竜王に敗れ、この地に落ち延びて来たのだろう?ならぱ、勝算は十分にある。それにアセトはフィルを殺しかけた。リネアは奴を許さんと思うが…?」
「それは、そうだろうな…」
バステト神殿でアセトと対峙した時のリネアの激高ぶりには、セトも驚いた。互いに自分の命よりも相手の方が大切だと言い切るふたりが、特別な絆で結ばれているのは、セトにもわかる。
「…だが、我らとて座視している訳にはいかん」
手にした石材を放り投げつつ、セトは言う。解体中のムルは、すでにリネアが半壊させていたこともあり、すでに地下部分を残すのみとなっている。
「無論だ。リネアがティフォンの力を継いでいるとは言え、アペプを下した先々代ですら、アペプを倒しきれずに逃がしている。此度とて万が一ということは有り得る」
「では、どうするのだ?」
「リネアたちの援護だな。彼女らが少しでも戦いやすいよう、お膳立てををするのだ。…ヒクソス領と民を守ること。神獣の力の源となる地脈の流れをリネアとフィルに振り向けること。それくらいは今の我らにもできるだろう?」
テトは、そう言ってシストルムの先でカツンと地面を突いた。
ヒクソスを守りながらでは、フィルたちも戦いにくい。
アセトのことだ、状況次第ではヒクソスの民を盾にするくらいのことは平気でするだろうし、特にメリシャを人質にとられてでもしたら万事休すだ。なんとしても守る必要がある。
次回予定「アセトとアペプ 4」




