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傾国狐のまつりごと-食われて始まる建国物語-  作者: つね
 第5章 神話の終焉
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アセトとアペプ 2

 メーデイアは、神による魅了の支配から脱した後、己にかけられていた魔術を解析して、その再現に成功していた。


 彼女が、アンテフやケレスはもとより、その他の州候たちや、大勢のメンフィス市民を意のままに動かしたのは、この術によるものだ。そうでなければ、万に届く人間たちを自ら死地へ向かわせることなどできはしない。


 復活直後の隙を突いてアペプに魅了の魔術をかけ、自分を母と刷り込むことで、主導権をとっているアセトだが、人間相手には絶大な支配力を発揮するこの魔術も、竜族であるアペプを完全に支配するまでの効果はない。

 …尤も、竜の意識に干渉するなど、神でさえなかなかできることではないのだが。


 アセトがかけた魔術の影響下にあるとは言え、アペプには未だ強い自我があり、セトたちやティフォンへの消えぬ憎悪がある。アペプがアセトの言動に反感を抱けば、魔術の効果は大きく落ちるだろう。手綱は慎重に握らねばならない。


(母上…?)

(いいえ、何でもありませんわ)


 アセトは手を伸ばし、自分の腰から下が埋まっているアペプの大きな頭をそっと撫でた。


(早く仕返しに行きたい)

(慌てないで。さすがのあなたも、ティフォンの他にもう一頭の竜がいては、危ないわ。わたくしは、あなたに怪我をしてほしくないの)


 セトの存在、そしてセトも竜族だったことは、アセトにとって誤算だった。

 イシスがこの大陸に来たのは、アペプが封印された後のこと。伝承でセトの存在は知っていたが、封印されるアペプとともに冥府に落ち、その後の消息が途絶えていたことから、相打ちのようになったものと考えていた。

 それがまさか、冥府の底で生き続けていたとは。


 力を大きく失っているバステトやオシリスはもはや脅威ではないが、竜であるセトの存在は無視できない。

 かつての戦いでセトはアペプを倒せず、オシリスたちの力を借りて封印するのが精一杯だった。だからセト単独であれば勝てるだろう。しかし、ティフォンとセトを一度に相手することになったら厄介だ。


 今更嘆いても仕方ないが、もしフィルの身体を乗っ取ることが出来ていれば、フィルに強い愛情を抱いているリネア、今代のティフォンも籠絡できたかもしれないと思うと、乗っ取りの失敗はアセトにとって痛恨の極みであった。


(アペプ、ティフォンは強いわ。まずセトから倒しに行きましょう)

(そうだね。セトは友達だったのに、あいつは竜王に味方して僕を裏切ったんだ。それに、こっちに来てもオシリス達に味方した。許してはおけないよ)

(えぇ、友達を裏切るなんて本当に酷いわ。可哀想なアペプ…)


 水底に身を横たえていたアペプが、ゆっくりと身をくねらせ、動き出した。


 水面近くまで浮上し、セトやティフォンの気配を探る。…セトの気配はオシリス神殿あたりに感じたが、ティフォンの気配は感じなかった。ティフォンがいないことに、アセトは少し首を傾げる。


 …だとしたら、ティフォンは今、気配を追えないほど遠くに離れているということか…。

 フィルとリネアが、自分のことを調べにシエネに向かっていたとは…さすがのアセトも思い至らなかったものの、ティフォンが近くにいない今がセトたちを討つ好機、とアセトは考えた。

 

(ちょうど良さそうね。行きましょうかアペプ)

(うん、母上)

 再び深みに身を沈めたアペプは、オシリス神殿を目指して大河を遡り始めた。


 …一方、オシリス神殿では、テトたちによってムルの解体が行われていた。


 冥府とは、死者の魂を審判して罪状に応じた罰を受けさせる、いわば死後の裁判所と監獄が一体になった場所というイメージが強いが、更に重要なのは、地上の大河と対を成す地下の大河が流れ、地脈の循環の一部を成しているということだ。


 メネスに伝わる神話では、この地脈の循環を太陽の運行になぞらえ、『太陽神ラーは、太陽の船に乗り、昼間は東から西へ天空を旅し、夜は地下の大河を下って再び東へと戻る』と語っている。


 アペプが開放されてしまった以上、冥府の関門であったオシリス神殿とバステト寝殿のムルは不要となる。むしろ、地脈の循環を妨げてしまうため、不要となればさっさと取り除いた方が良い。

 バステト神殿の関門は、すでに神殿もろとも消失してしまったため、オシリス神殿のムルを取り除けば、冥府を介した死者の魂と地脈の流れは、自然と回復に向かっていくはずだ。

次回予定「アセトとアペプ 2」

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