表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
傾国狐のまつりごと-食われて始まる建国物語-  作者: つね
 第5章 神話の終焉
448/489

イシスの望み 2

「大丈夫。わたしとアセトは違うよ。心配しないで」

 フィルが、繋いだ手にもう一方の手を重ねて微笑むと、リネアも表情を緩めて頷きを返した。


「あなたは、その後のアセトの行動を知っているの?」

「はい。分かれたとは言え、わたくしとアセトは元々ひとつの魂です。彼女の行動はわたくしにも伝わります。ただ、夢に見ているようなぼんやりした感じですが…」

 

 イシスを神殿跡に閉じ込めたアセトは、神と戦って封印されたアペプの伝承を知り、アペプを復活させてその力を利用しようと企んだ。

 しかし、アペプの封印は厳重で、すぐに復活させることは難しいとアセトは悟る。


 アセトは、まずアペプに力を取り戻させなくてはならないと考えた。アペプの封印は、ムルを通してアペプの力を吸い上げ、アペプを徐々に弱らせていくものであったため、アペプはすでにかなりの力を失っていた。封印を破るにも力が必要だし、弱った状態で復活させても神との戦いでは役に立たない。アペプは万全の状態で復活してもらわなくてはならないのだ。


 アペプが死者の魂を食らうと知ったアセトは、冥府をアペプの餌場にすることを思い付く。そのため、冥府の出口を開く役割を担っていたテトをムルに幽閉して、冥府から死者の魂が出られないようにし、冥府の管理者であるオシリスを襲ってその記憶を奪い、ベンヌの姿で冥府を彷徨うようにした。


 そして、アペプの力を奪っていたムルにも手を加えた。アペプではなく、バステトとオシリスの力を吸い上げて弱らせるよう術式を書き換えたのだ。

 

 それ以降、冥府に閉じ込められた死者の魂はアペプの餌となり、アセトの目論見通り、長い時間をかけてアペプは失っていた力を取り戻していった。その総仕上げとなったのが、メネスとヒクソスとの争い、そして今回の連合軍とネウトとの争いである。

 最後にアセトは、自らの魂をも餌として差し出して『食われる』ことでアペプの中に入り込み、同化したのだ。


「イシス、話はわかったわ。…それで、あなたはわたしたちに何をしてほしいの?」

 フィルは、イシスに尋ねた。イシスが姿を現したのは、ただ昔話をするためではあるまい。それに彼女は最初に「アセトの企みを止めるため」とも言った。


「わたくしをここから連れ出し、アセトのところに連れて行ってもらえませんか?」

「それで、どうするの?」


「わたくしは、アセトとひとつに戻りたいと思います」 

 イシスは、うつむき加減だった顔を上げて言った。

 

 どうやらイシスは、アセトのように神や人間たちへの強い憎しみや復讐心を抱いていないようだ。どちらかと言うと生き疲れて滅びを望むようになった、以前の九尾やティフォンのように見える。だからアセトはイシスが邪魔になり、ここに閉じ込めたのだろう。

 もし、アセトとイシスがひとつになれば、アセトの復讐心を薄めることができるのだろうか…。


 アセトがアペプの手綱をどの程度握っているかはわからない。この前の様子からすると、アセトが前に出ている様に見えたが、それだけで判断するのは早計だろう。アセトとアペプの目的が一致しているうちはいいが、そうでなくなった時にはアペプが暴れ出すということも考えられる。


 …だとしても、イシスの申し出はアセトと戦う上で、切り札の一つにはなるかもしれない。しかし、その前にもう一つ、確かめておかねばならないことがある。


「アセトとひとつになって、その後は?」

 フィルの更問いに、イシスは一拍の間を置いて静かに答えた。


「…滅びようと思います。わたくしたちは、長く生き過ぎました」

「そっか…」

 予想したとおりの答えを聞き、少し寂しそうにフィルはつぶやいた。

 

 もはやアセトを止めること以外に、イシスは生き続ける意味を見いだせないのだ。そしてアセトもまた、復讐という目的にために生きている。イシスとアセトがひとつとなり、両方の目的が薄れてしまったら、彼女にはもう何も残らない。

 …九尾も、ティフォンも、神々ですら抗えなかった魂の摩滅は、『滅びたい』という願望に行き着くのだ。


「リネア、イシスをアセトのところに連れて行こうと思う。…いいかな?」

「はい。良いと思います」

 頷き合ったフィルとリネアは、イシスに向き直る。


「あなたをここから連れ出すには、どうすればいいの?」

「ありがとうございます。では、こちらへ…」

 イシスは自分の足下の祭壇を示した。イシスが立っている場所をよく見ると、長方形の石のブロックの中に、ひとつだけ正方形の石がはまっている。


「この石を取り除いてほしいのですが…」

「では、私が」

 即答でリネアが祭壇に上がった。どうもフィルがイシスに近づくことに、まだ若干の警戒感があるらしい。


 石はぴったりとはまっていて、手を掛ける隙間も無い。だが、竜人の姿をとったリネアは、イシスが脇に退くと同時にくるりと身を翻し、床目がけて竜の尻尾を振り下ろした。

 鈍い音がして石が砕け、ぽっかりと正方形の穴が開いた。

次回予定「イシスの望み 3」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ