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傾国狐のまつりごと-食われて始まる建国物語-  作者: つね
 第5章 神話の終焉
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魔女と女神 3

 英雄に拒まれ、再び追われる身となった彼女は、アテナイ国へと逃げ込んだ。


 魔術や薬学に秀でた上に美しい彼女は、やがてアテナイ王の目に止まり、彼女は王の求めに応えて結婚する。そして、ほどなくして彼女は身ごもり、幸せな生活が約束されたかに見えた。


 だが、彼女の前に再び神々の意を受けた次の英雄が現れる。神々はその英雄を次代の王にしようと画策し、王に英雄を自らの息子だと信じ込ませてしまう。

 王の子を身ごもっていた彼女は、英雄に王位を奪わせまいと必死に王を諫めたものの、王は英雄を疑わず、逆に彼女の方が疎まれてしまう。

 そして彼女は、王と英雄の毒殺を企んだという濡れ衣を着せられ、国外追放の身となってしまったのである。


 彼女は思い悩んだ末に故郷を目指したものの、そこでも受け入れられることはなかった。

 お腹の子は厳しい旅の末に流産し、彼女を良いように利用した神々は、何の手助けもしてはくれなかった。


 神々、英雄、そして彼らとともに彼女を迫害した人間たちが憎くないはずはない。しかし彼女は、その憎しみを心の奥底に沈めていた。

 正直、もうどうでも良かった。不思議と死にたいという気持ちにはならなったが、無理に生きたいとも思わない。さながら生ける屍のように気力もなく、さりとて足を止めるでもなく、正体を隠しながら当てのない旅を続けた。


 そして、大陸を隔てる広い海を目の前にした彼女に、ようやくわずかな希望が芽生える。この地を去り、神々の手の届かぬ地へ。誰も自分の事を知らない地へ行くことができたら…。


 神々の駒として人生を狂わされ、望まぬ裏切りをし、自らも裏切られた彼女は、無謀な挑戦をした。即興で編み上げた不完全な魔術を使い、その場から消えたのである。

 どこに飛ばされるか、そもそも無事に着けるのかもわからない。もし失敗して命を落とすとしても、それはそれで構わない。…でも、もし、この分の悪い賭けに成功したならば、その時は…。


 ……結果的に魔術は成功し、彼女は海を隔てた遙か南の大陸へとたどりついた。


 彼女の名は、メーデイア。


 後に『裏切りの魔女』として神話に語られる悲しき王女は、イシスと名を変え、過去を捨てて新たに生きることを望んだ。


 大河に沿って川下に向かい、人の住む土地までやってきた彼女は、原始的な生活を送っていた人間たちに、金属の精錬や農耕、建築、薬学など様々な技術を教え、やがて神として崇められる存在となった。

 だが、ここでも神が彼女に手を伸ばす。大河の下流で崇拝されていた太陽神ラーが、急速な発展を遂げた上メネスに目を付けた。


 イシスは、未開の地と言って良かった上メネスに文明を起こし、人々の暮らしを豊かにした…つまり、ラーにとって価値のある土地に変えてしまったのだ。

 ラーは、有能な彼女を、自らが率いる下メネスの神々の一柱として取り込み、上メネスも自らの版図にしようとした。


 これが悪意による侵略であればイシスも早々に気付いたのだろうが、真実、地上に生きる者をあまねく庇護するというラーの意思に嘘偽りはなかった。しかしそれは、最高神たる自身の庇護の下に入れるとなれば、イシスも上メネスの人間たちも安心であろう、喜ぶであろうという、善意の押しつけでもあった。

 そして、アペプとの戦いで国土が荒廃し、民の生活が疲弊していた下メネスを、イシスの協力を得て建て直したいという思惑もあった。これも、民により良い暮らしをさせたいと思えばこそであり、そういう意味でラーは確かに善なる神であった。


 だが、ラーは神、それも最高神である。その思考の裏に、自身の掲げる善のためにイシスが協力することは当然のことで、まさか拒むことなどあるはずがない、という神ならではの傲慢さがあったことに、イシスは気付いていなかった。

次回予定「イシスの望み 1」

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