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傾国狐のまつりごと-食われて始まる建国物語-  作者: つね
 第5章 神話の終焉
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南部への旅 1

 アペプの復活から数日後、大河の上を南へ飛ぶティフォンの姿があった。その背に乗るのはフィルである。


 大河に消えたアペプの行方は、あれ以降、全くわかっていない。


 メリシャは王としてアペプの襲撃に備えるため、直轄軍とともにアヴァリスに戻り、ネフェルは神殿の消失に混乱するペルバストでシノアと共に信徒たちに対応していた。


 オシリスは、アセトの企みとアペプの復活で歪んでしまった冥府を正常に戻すため、オシリス神殿に向かい、テトにはその手伝いを、セトにはふたりの護衛を頼んでいる。


 そしてホルエムは、奪還したメンフィスを一旦放棄することを決めた。

 見張りと伝令を兼ねた少数の兵を王城に残し、それ以外の救出した民と軍勢の全てをギーザに撤収させる。

 アペプに襲われる危険がある以上、ギーザとメンフィスの両方に兵力を分割することはできない。どのみち、救出した千人にも満たない民たちだけでメンフィスを復興することは不可能であり、ホルエムの判断は当然とも言えた。


 ヒクソスとしても状況が状況だけに、割譲の約束をしているギーザなどの明け渡しを当面延期することを了承し、知らせによれば、すでにメネス軍の護衛のもと移動が始まっているとのことだ。


 そんな中、フィルとリネアはヒクソス領を離れて、上メネスと呼ばれる王国の南部地域へと向かっていた。


 大河に沿って南下し、南部の中心都市であるテーベもすでに通り過ぎた。

 目的地は、王国領の最南端に位置する都市、シエネ。

 以前にハトラから聞いた伝説で、イシス=アセトがメネスの地に初めて現れたとされる場所である。


 フィルが急遽南部行きを決めたのは、アセトはどうしてアペプの力を欲したのか、一体何をしようとしているのか、そもそもアセトとは一体何者なのか…その手掛かりを得るためである。

 いつアペプがメネスやヒクソスを襲うかわからない状況に不安はあるが、ただ待っていても仕方がない。

 

 フィルがリネアとふたりで出掛けると言い出したことに、何かを察したのか、ふたりを見送ったメリシャとパエラは、そこはかとなく生暖かい微笑みを浮かべていた…。 

 

 シエネまでは、メンフィスからは距離にして1,000キロ近いが、ティフォンの翼から半日もあれば到着できる。眼下を流れる大河イテルも、だいぶその川幅を狭め、周囲の地形も起伏に富んだものになっていた。


 遠くにシエネの町が見えてきたところで、ティフォンは高度を下げて山々の間を縫うように飛び、町にほど近い谷間に着地した。リネアはすぐに狐人の姿となって、フィルに駆け寄る。


 ここからは歩きだが、たぶん町までは1時間とかからない。少女がふたり、手を繋いで町へ向かう。

 目立つ狐耳は、すっぽり被ったベールで隠し、豊かな尻尾も長いスカートの中にしまっている。なろうと思えば人間の姿になれるフィルも、リネアと同じく衣装で耳と尻尾を隠していた。


 元々は人間のフィルだが、サエイレム女王を退いて隠居した頃から、ほとんどの時間を狐人の姿で過ごすようになっている。九尾の力に馴染んだというのもあるが、愛しいリネアと同じ姿でいたいという心理的な動機の方が大きかった。


 谷を抜けて丘を1つ越えると、すぐにシエネの町だった。

 町の雰囲気はなんとなくアヴァリスに近い気がした。ただ、木材の利用はほとんど見られない。沿道の建物は日干し煉瓦で作られ、壁の表面には厚く土が塗られている。窓は小さく、家の中は薄暗かった。


 王国南部の内陸に位置するシエネは、雨が極めて少ない乾燥した地域である。どれくらい少ないかと言えば、1年のうちで雨の日は2~3日あるかどうか、しかもその雨の日でも降るのは最大半日程度という、他の地域での『干ばつ』という言葉すら生ぬるい乾燥ぶりである。正直、大河イテルという水源がなければ、人間はおろか動植物もまともに暮らせない不毛の土地だ。


 また、気温は年間を通して高いが、湿度の少なさ故に昼夜の寒暖差は砂漠並に大きく、土で塗り固められた分厚い壁を持つ建物は、それに対応したものだった。

次回予定「南部への旅 2」

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