アペプ復活 4
「リネア、ティフォンの姿になって、ブレスを撃てる?…テトが竜巻を解いた瞬間を狙って」
「はい。フィル様」
空中にティフォンの巨体が出現し、アペプの行く手を塞ぐように大河の水辺に降り立った。そして、アペプを見据えて大きく顎を開く。
シャンッ!と高く澄んだ音が響くと同時に、3本の竜巻が同時に弾け飛んだ。
風に煽られて舞っていた大量の土石が支えを失って周囲に降り注ぎ、もうもうと土煙を上げる。
「撃って!」
九尾の姿のまま、ティフォンの頭の横に陣取ったフィルが叫んだ。
空気を震わす咆哮とともに、ティフォンの口の中に真っ白な光の球が膨れ上がり、極太の光の束となって迸った。メネスの別動隊2千を船団ごと蒸発させた、あの時と同等の威力を持つブレスだ。
放たれたブレスは、真正面からアペプに迫る。
寸秒を置かず、ブレスがアペプに命中する…その直前、アペプの周りに大量の液体が吹き上がり、その姿を覆い隠した。
「…なっ…?!」
「フィル様!」
フィルは驚いた様な声を上げ、リネアは、ティフォンの身体を傾けてフィルを自らの陰に庇う。
瞬間、凄まじい爆風と衝撃が吹き抜けた。フィルたちだけではない、全方位に広がった爆風は、セトたちも巻き込み、神殿の中枢を全壊させた。空中で爆風に巻き込まれたセトは、バランスを崩して墜落し、オシリスとテトも投げ出される。
「ッ…?!…リネア、大丈夫?!」
「はい、大丈夫です。大したことはありません」
強靱な鱗で装甲されたティフォンの身体に、幾つかの傷ができて血が滲んでいた。フィルは慌てて治癒をかけ、ティフォンの傷を塞ぐ。ほんのかすり傷程度だったが、竜王の身体に傷を入れたというだけで、あの爆風の威力が相当なものだったことがわかる。
「今のは…一体…」
「あいつ、蛇だけあって水を操る力は相当なものね。狙っていたのか、咄嗟の判断なのかわからないけど、…してやられたわ」
悔しそうにフィルはアペプがいた場所を見つめる。…アペプの巨体が忽然と消え去っていた。
アペプは、ブレスの発射と同時に大量の水を生み出し、自らの周りを覆った。
そこに超高熱のブレスが着弾した結果、瞬時に水が蒸発して一気に膨張、爆発のような強烈な爆風を起こしたのである。
そして、立ちこめる濃密な水蒸気は、ブレスを拡散させてその威力を減衰させ、さらに視界を奪ってアペプが姿を隠す時間を確保した。
アペプが出現した冥府への穴には満々と水が溜まって、円形の池になっていた。
「皆さん、大丈夫ですか?」
地面に落ちたセトや投げ出されたテト、オシリスにリネアが声を掛ける。3人とも大きなダメージはないらしく、その場で身を起こしていた。
「奴は、どこに…」
セトはティフォンのブレスが防がれたことに気付いていたようだ。姿を消したアペプを探して、周囲を見回す。
ドン、と突き上げるような衝撃が足下から襲った。
「地下だ!」
オシリスが叫ぶと同時に地面に裂け目が生じ、水が噴き出してきた…神殿のあった中州が、大河の中に沈み始めている。
「テト!オシリス!、乗って!」
フィルはふたりに駆け寄った。テトは身軽に跳んでメリシャの前に収まったが、まごまごしていたオシリスは、九尾の口に咥えられて空へと脱出する。ティフォンとセトも同時に地面から飛び立っていた。
「あぁ…予の神殿が…」
九尾の背で、テトが悲しそうにつぶやいた。眼下では、バステト神殿が建っていた中州に幾つもの裂け目が入り、そこから砕けるようにして大河の流れの中に沈んでいく。
「フィル様、あれを!」
リネアの声に振り向くと、波立つ大河の水面に大きな黒い影が浮かんでいた。背中の一部を水面にさらし、身をくねらせるように動いている。
アペプが水を操る術に長けているのは、すでによくわかった。
それが大河の水の中に放たれたとなれば、これまで以上に戦いにくい。相手は、水を攻撃にも防御にも利用でき、不利となれば水中に身を隠すこともできる。
フィルたちの視線が集まる中、すぅっと水面の影が小さくなっていく。アペプが水中に潜り始めたのだ。
「ちっ…!」
フィルが舌打ちとともに狐火を撃ち込むが、それよりも先にアペプは完全に水中に没してしまう。しかし、追いかければ、相手が絶対的に有利な水中戦になる。フィルは歯噛みしたが、すぐに妙案が出てくるわけもなかった。
アペプはそのまま、大河の流れの中に姿を消した。
次回予定「南部への旅 1」




