再会の刻 3
「何をぼさっとしている。お前も礼を言わないか」
「……感謝する」
テトに叱られ、オシリスも渋々といった感じで頭を下げる。
「フィル殿、と申されたか?…我は竜族の戦士、セトと申す」
セトはフィルの前に進み出た。彼はフィルと初対面、フィルもリネアから聞いた話でしかセトを知らない。
「はじめまして。わたしはフィル・ユリス・エルフォリア。神獣に列せられる大妖狐、九尾の力を継ぐ者です。どうぞお見知りおきを」
フィルは自己紹介とともに一礼した。相手は竜族だと言うし、軍隊式の敬礼でもいいかと思ったが、軽く腰を引いて会釈する。
「リネア様とは、どんなご関係なのだろうか?」
「セト、フィル様は…!」
慌てて割って入ろうとしたリネアを、フィルは制した。
「リネアは、わたしにとって命よりも大事な伴侶よ。わたしの全てはリネアのもの。それでは不足かしら?」
じっとセトの目を見つめ、一瞬たりとも逸らすことなくフィルは答えた。
セトにとってみれば、竜王たる主君と親密な相手、しかもやりとりからはフィルの方がリネアより上位に見えるとなれば、警戒するのも当然だろう。
フィルにしてみれば、決してリネアを下になど見ていないのだが、元々の身分もあってリネアはフィルを様付けで呼ぶし、ふたりの性格や口調からそんなふうに見えるのは、フィルも自覚している。
だから、リネアとの関係を問われた時には、フィルは自分の命よりもリネアの方が大事だと断言する。それは方便ではなくフィルの本心だ。
「セト、フィル様は私の全てを捧げた大切な方です」
リネアも言った。
結婚した時…いや、リネアの生家の跡で、ずっと共に生きると誓ったたあの時から、フィルの全てはリネアのものであり、リネアの全てはフィルのものとなった。
その誓いはふたりにとって絶対だ。
「承知しました」
セトは軽く頷き、フィルにも臣下の礼をとった。竜王であるリネアの伴侶とは、すなわち竜王の王配ということ。つまりセトに取っては主君に準じる立場と言うことになる。
「フィル様、このセト、あなた様にも忠誠を尽くすことをお約束します」
「ありがとう。でも、あなたも今は神の一柱なのよ。竜王の配下たる竜族の戦士ではなく、この大陸を守る神として働いてほしい」
「私からもお願いします」
「御意」
もう一度深く一礼して、セトは立ち上がった。
「セト、あなたは翼を失っていると聞いたけど…」
「はい。アペプとの戦いでズタズタに切り裂かれ、根元から腐り落ちてしまいました」
「わたしに治療させてくれないかしら」
フィルの申し出に、セトは驚きの表情を浮かべた。
「そんなことが、できるのですか?」
「えぇ。九尾は戦いでは竜族ほど強くはないけれど、繊細な力の操作は得意なの。自分だけでなく、他者の傷も癒すことができる」
「セト、フィルさまは、その力で私の命も救って下さったのですよ」
「…お願いしても、よろしいのですか?」
「任せておきなさい。セトにはアペプと戦う時にも活躍してもらわないといけないんだから」
「ははっ」
セトは、その場で竜の姿に戻る。その背にあった一対の翼は、根元から引きちぎられたような無残な傷跡を残し、失われていた。
「これはひどいわね」
蹲るセトの背に乗って傷跡を見ながら、フィルは悲しそうにつぶやいた。
フィルは、傷跡に手を添えて治癒を始める。ティフォンの翼を参考にして、骨を、筋肉を、皮膜を形作っていく。もちろん大きな翼を復元するためにはかなりの力を消耗するが、このバステト神殿は地脈の真上。力はいくらでも補充できる。
セトの翼が根元から生え始め、植物が成長するように伸び、広がっていく。1時間もたたぬうちに、セトの背には、青色の立派な翼が蘇っていた。
「おぉ…!」
ばさりと自らの翼を動かし、セトはゆっくりとその身を宙に浮かべる。久しぶりの空を飛ぶ感覚に、セトは感嘆の声を漏らしていた。
フィルを疑っていたわけではないが、正直言えば根元から完全に失われていた翼が治るところは想像できなかった。無理なら無理で仕方のない事、と心の片隅では思っていた。それが、いともたやすく治ってしまったのだ。
さすがは神獣を名乗るだけのことはある、リネア様が信頼されるわけだ…リネアと並んでセトを見上げているフィルに目を向け、セトは内心つぶやいた。
次回予定「アペプ復活 1」




