アペプの封印 3
「オシリス殿、次はこの上ですね?」
リネアは、背の上で顔色を悪くしているオシリスに問いかけた。
「え…あ、あぁ。その通りだ」
「では、行きます」
もう少し…もう少しで地上に戻れる。フィルを助けられる…もはやリネアにはその一念しかない。ティフォンは水煙の柱の頂上に向かって急上昇を始めた。その背の上では、再びオシリスが悲鳴を上げていた。
ほどなくして、ティフォンは水煙の柱の頂上が視界にとらえた。このまま突っ込んだらまた上下を反転されてしまう。徐々に速度を落として、空中に静止した。
「…も、もう着いたのか」
ややぐったりした様子のオシリスが、周囲を見回しながら言った。
「リネア様、この上に問題の防壁があるのですね」
「はい。見てください。ここまで上ってきた死者の魂が、あのように弾かれて下へと戻されています」
ティフォンの頭が向いた先では、以前と同じように死者の魂である淡い光球が、見えない壁にはじき返されるように下へと落ちていった。
「あの魂も、放っておいたらアペプの餌になるんでしょう?さっさと冥府の封印を解いた方がよさそうね」
「はい。オシリス殿、お願いします」
うむ、と力強く頷いたオシリスだったが、次の彼の言葉に、全員が唖然とした。
「相わかった。ではリネア殿、バステトに封印を解くよう呼びかけてくれ」
「はい?」
さすがのリネアも、一瞬、オシリスの言った意味を理解できなかった。
「私が、テト様に呼びかける…のですか?」
だがオシリスは、当たり前だろう、と言った様子で言葉を続けた。
「だから、冥府の関門の開放は、地上に残ったバステトがその役割を担っているのだ。中から関門を開く事ができては、関門の意味があるまい?」
理屈としてはわからないでもない。だが、納得できるはずもない。もう少し、本当にもう少しでフィルの所に戻れるはずだったのに。リネアは落胆のあまり声も出なかった。
当然ながら、リネアはテトに呼びかける術など知らない。
「オシリス、どうにかできんのか。冥府の封印はお前が構築したのだろう?」
見かねてセトが言うが、怒りの篭もった妲己の視線に気付くこともなく、オシリスは胸を張って答える。
「だからこそ完璧で、破れぬのだ。さっきも言ったがアペプを地上に出す訳にはいかん。だから決して内側からは解けぬように構築し、外にいるバステトだけが関門を開けるようにした」
「それならそうと、最初から言いなさい!」
遂に我慢できなくなった妲己が、後ろからオシリスを殴りつけた。
悪気は無いにしても、リネアを絶望に突き落としたのだから、一発殴らないことには気が済まない。
「痛いではないか!」
「うるさいわね。本当なら首をはねてやりたいところよ」
「まったく、吾輩が何をしたというのだ……ん?まさか、バステトと話ができぬのか?」
「オシリスよ。神同士の我らができぬことを、リネア様や妲己殿が出来るはずなかろう…」
呆れたようにセトが言い、ようやくオシリスも今の状況が手詰まりだと理解した。
「むぅ…なんたることだ…」
「それは妾たちの台詞よ」
はぁ、とため息をついた妲己は、優しくティフォンの首筋を撫でる。
(ふたりとも、ここは少し様子を見ようではないか。おそらく、地上ではフィルやメリシャも冥府への入り口を開こうとしているはずじゃ)
リネアと妲己の脳裏に玉藻の声が響いた。
(玉藻、そうは言っても、それより前にアペプが復活してしまったら、大変な事になるわよ)
(さりとて麿たちではどうにもならん)
淡々と言う玉藻に、妲己も落ち着きを取り戻す。
(それは…そうね。わかった…)
(心配するな。あのフィルがリネアを助けに来ないはずはなかろう。メリシャやテトにどんな無茶をさせているか、その方が心配なくらいじゃ)
(はい、玉藻様…)
冗談めかして言ってはみたものの、玉藻にも待つ以外の方法が思い付かない。返事をしたリネアの声も暗かった。
…フィル、貴女の大事なリネアはここにいるのよ…早く迎えに来なさい……妲己は天を仰いで無言で念じる。
(妲己?!)
突然、妲己の脳裏にフィルの声が響いた。
次回予定「冥府開放 1」
2023年年内の更新は、今回が最後となります。
今年もご愛読ありがとうございました。
次回は2024年1月1日、元旦の更新です!




