オシリスの不覚 3
「その魂たちは、どこへ行ったかわかるか?」
「妾たちが見た限りでは…水面に落ちて、この上の穴の中に流されていたわね」
「オシリスよ、我がここに封じられてしばらく後から、冥府の底にたくさんの魂が落ちて来るようになったのだ。妲己殿の言は正しいと思うぞ」
「セト!それは本当か?!」
突然、オシリスの声が大きくなった。
「もちろん本当だが、どうしたのだ?」
「まさか、奴は……竜王殿、バステトはムルに閉じ込められていたと言われたな?…バステトはムルに力を吸われていたか?」
オシリスはセトの返事にますます表情を固くし、リネアにも質問した。
「はい、その通りですが……」
「うぅむ…やはりか」
リネアの返事はオシリスの予想を裏付けるものだった。低く唸ったオシリスは、リネアとセトに深く頭を下げる。
「オシリス殿、一体、どうしたというのですか?」
「すまない。吾輩とバステトは完全に不覚をとったらしい。あの女がまさか、アペプの復活の為に動いていたとは…!」
「なんだと?!それはどういうことだ?!」
オシリスの口からアペプの名が出て来たことに、セトは驚愕した。
リネアと妲己は、視線を交わして小さく頷く。もちろん二人とも驚いてはいるが、言われてみればそれほど意外ではなかったからだ。
ムルに閉じ込められていたテト。自我と力を奪われてベンヌの姿で冥府を彷徨っていたオシリス。そして神話の改ざんによりオシリスを殺した犯人にされたセト。
アペプと戦い、アペプを封印した3人が標的にされている時点で、アセトの目的がアペプに関わることなのは想像がつく。しかもアセトは、アペプの引き渡しを求めてオシリスのところにやってきた。
そしてアセトは、メネスとヒクソスの争いを煽り、南部州軍を利用し、意図的に大勢の死者を作り出すよう暗躍していた。それもまたアペプ復活の為の準備だったのではないだろうか。
「まずはアペプの封印の様子を確かめねばならん。説明はその時にする。セト、竜王殿、妲己殿、一緒に来てくれるか?」
「わかりました。案内してください」
リネアが真っ先に返事をした。リネアが行くと言うなら、妲己とセトに否やはない。
オシリスは、奥にそびえる白い柱に向かった。
この冥府の底の中心にある白い柱の中にアペプは拘束され、冥府の底と冥府を区切る水の層、そして冥府の関門として地上に築かれたムル、全部で3重の障壁で封印されている。
それほど厳重な処置しなければ、安心できないほどに、アペプは脅威であった。
「オシリス殿、ひとつ伺ってもよろしいでしょうか」
先を行くオシリスに、リネアが声を掛けた。
「うむ、構わないが」
「オシリス殿の身体がバステト神殿のムルに置かれていたのは、なぜなのですか?」
「あれは、吾輩の身体を要として冥府の関門を構築したからだ。吾輩は魂が抜けた後に塩となった我が身を二つに分け、バステト神殿とオシリス神殿のムルに納めたのだ。オシリス神殿の関門は地上から冥府へ、バステト神殿の関門は冥府から地上に向かってしか通れぬようにした」
「あの棺は、オシリス神殿にもあったのですね」
「然り。…今もあるかはわからんが」
「それはどういうことでしょうか?」
「イシス…いや、今はアセトと名乗っているのだったか、竜王殿や妲己殿の話を聞くと、アセトは魂の井戸とやらを使って冥府と地上を自由に行き来していたらしいな」
「はい、おそらくは…」
「魂の井戸などとというものを、吾輩は知らぬ。おそらくそれもアセトの仕業だろう。オシリス神殿の関門に手を加え、自分専用の出入り口を造ったのだ。そのために不可欠なのが、関門の要を成していた我が身というわけだ。なにしろ冥府の王の肉体だった物だ…冥府の理をねじ曲げるのにこれほど適した素材はなかろう」
「ムルに安置されていたオシリス殿の棺を暴き、それを利用した、ということですね」
「まったく、このオシリス、痛恨の不覚と言わざるをえん。…すまぬ。竜王殿たちにも迷惑をかけた」
オシリスが苦渋に満ちた表情を浮かべたところで、一行は高くそびえる白い柱の足下に到着した。
次回予定「アペプの封印 1」




