オシリスの不覚 2
「アペプが自分の国も襲ったなんて、アペプの封印を解くよう要求するための単なる大義名分よ。あの女も、そんな嘘で騙せるなんて最初から思ってない。…それを見抜いたなんて偉そうに言われても、正直、困るわね」
「なに?…小娘、貴様は何者だ?神たる我に対して不敬であろう」
突然の批判にオシリスは明らかに不快そうに言う。
「妾は妲己、中華殷王朝の王妃にして、悠久を生きる大妖狐、九尾の知識と力を預かっている者よ」
オシリスに全く臆することなく、妲己は自己紹介を返した。
「たかが小娘と見た目で侮ると、足下をすくわれるわよ。実際、イシスを侮ってしてやられたのではないかしら?」
辛辣な指摘にオシリスは小さく唸って妲己を睨み付ける。だが、事実だけに反論はできなかった。
「それで、あなたがベンヌに姿を変えられていたのは、どういうわけなの?何があったのか、話して頂戴」
問われたオシリスは、ウッと一言唸って、そのままだんまりを決め込む。
「…そう」
しばらくオシリスの返事を待っていた妲己だったが、やがて低い声でつぶやくと、一瞬でオシリスに肉薄し、手の中に出現させた大刀の刃をその首筋に突きつけていた。
「なっ…何をする?!」
「こっちには時間を無駄にしてる余裕はないの」
鋭い視線そのままに殺気を放つ妲己に、オシリスは顔を引き攣らせる。
「冥府から天界への道を閉ざす関門として、あなたがムルを築いたことと、テトが定期的にそれを開く役割を担っていたことはわかった。そして、イシスと名乗っていた当時のアセトは、あなたに会いに来た。おそらくは、地上のテトにも会いに行ったでしょう。…だとすれば、テトの力と記憶を奪ってムルに閉じ込めたのは、十中八九アセトの仕業だわ。その目的は……冥府の関門を閉ざし、死者の魂を冥府に閉じ込めること。けれど、冥府の管理者であるあなたが、その異変に気付かないはずがない。…だから、邪魔をさせないために…というところかしら」
一気に喋って、妲己はオシリスの返答を待つように間を置いた。だが、大刀の刃はオシリスの首筋にピタリと添えられたままだ。
「オシリス、どうなのだ。妲己殿の話は、我も筋が通っているように思うが」
「…まずその武器を離してくれまいか」
「いいでしょう。…でも、あんまり聞き分けがないようなら、神殺しの竜王様がお怒りになるから、覚悟しておきなさい」
そう言いながら妲己はスッと刃を引き、大刀を消した。そして、腰に手を当てて仁王立ちしながらオシリスに話を促す。
「オシリス殿、お聞かせ願えますか?」
口調はいつもどおり穏やかなリネアだったが、彼女には珍しく刺々しい空気が漏れ出していた。
リネアと妲己に気圧されるように口を開いたオシリスだったが……。
「すまぬ。正直に言うと、吾輩にもよくわからないのだ…」
「…どういうことですか?」
「我は冥府を移動する時にはベンヌの姿をとる。イシスと謁見してしばらく後だったと思うが、吾輩は冥府の様子を視察するためにベンヌとなって飛び立った…のだが…」
「…で?」
口ごもったオシリスを睨む妲己の手に、再び大刀が現れる。
「本当に、そこから先のことが思い出せないのだ。アペプの封印の様子を確認するつもりで、冥府の底に向かったのは覚えている。だが、それからどうなったのか、さっぱりわからん」
「それは、本当なの?」
「ほ、本当だ!隠す理由などないであろう!」
詰め寄る妲己に必死の形相で言うオシリス。
「妲己様、オシリス殿の言葉に嘘はないようですね」
「そうね…」
残念そうに言うリネアに、妲己はため息交じりに応じた。
「リネア様、不甲斐ないことで申し訳ありません」
「セトのせいではありません。それだけ、アセトが周到に動いていたということでしょう」
リネアはそう言って微笑むが、落胆した様子がにじみ出ている。期待していた地上へ戻る手掛かりが、何も得られなかったのだから…。
「でも、困りましたね…」
リネアは、ポツリと呟いて上を見上げた。
「ところで、冥府が閉ざされ、死者の魂が天界へ行けぬと言っておったが、あれは本当なのか?」
「本当よ。水煙の柱の頂上まで行ったけど、そこから上へ行くことはできなかった。天界を目指して上っていた死者の魂たちも、上下を反転させる防壁に阻まれて、逆に下へと落ちていたわ」
オシリスの質問に妲己が答える。
それを聞いたオシリスは、片手を顎に添えて険しい表情を浮べた。
次回予定「オシリスの不覚 3」




