テトの変化 1
困ったような表情で扉を支える衛兵を尻目に、堂々と広間に入ってきたのはテトとネフェルである。…いや、堂々としているのはテトだけで、ネフェルはその後ろで少し困ったような表情を浮かべていた。
昨日は、失っていた記憶の解放によって具合を悪くしていたテトは、ずいぶんとすっきりした顔をしている…のだが…。
「フィルと、…そなたはパエラだったな。予の記憶を取り戻してくれたこと、感謝するぞ」
テトは広間を見回し、メリシャの側でふよふよと浮いていたフィルとパエラに近寄ると、開口一番言った。
「テト…?」
見た目には変わりないが、口調と雰囲気が大きく変わっている。昨日までは、外見同様に幼児っぽい感じだったのに、今朝は、落ち着いた口調と固い言い回しのせいで、中性的な印象を与える。一人称も『テト』から『予』に変わっているし、語尾に『にゃ』もつかない。
フィルはネフェルに、どういうことかと視線で尋ねるが、ネフェルは首を横に振った。
「う、うん…良かったよ。テト、もう気分は良くなったの?」
「もう平気だ」
テトはそのまま壇上に上がると、空いていた玉座にどっかりと腰を下ろす。
「フィルよ。予もかつての戦いのことを思い出した。何か聞きたいことがあれば聞くがよい」
「わかった。まずはわたしたちが見た記憶のことを話すね。もし、テトが思い出したことと違うなら、教えてほしい」
フィルは、テトがどこまでの記憶を思い出しているのか、そして自分たちが見た記憶と、テトの認識にズレが無いか確認することにした。併せて、ホルエムたちへの説明を兼ねることにする。
「良かろう」
テトは鷹揚に頷いて、フィルを見つめた。
「そうね……まずは、大蛇アペプとの戦いからかな…」
フィルは話を始める。テトの記憶だけでなく、この大陸に伝わる神話、リネアから聞いたセトの話、ハトラから聞いたイシスの話、それにフィルの推測も交えて、ひとつのストーリーとして語っていった。
今の世から数えても太古と言っていい、古い時代。
この大陸には、太陽神ラーを始めとする自然を司る大勢の神々がいた。そして神々に守られた地に人が生まれ、大河イテルの畔で生活を営み始める。
やがて人々は、神々に畏敬と感謝の念を抱き、信仰が生まれた。それぞれが信仰する神々のために神殿が建てられ、神に仕える神官や巫女といった者たちが、神の意志を人々に伝えるようになった。
バステト神殿の創建はこの頃であり、バステトは自らに仕える者たちに加護を与えた。
加護を得た者たちは、運動能力が高く、病魔にも罹りにくい、強い身体に持つようになり、やがて加護を得た者たちの子孫に、バステトと同じ猫の耳や尾を持つ者が現れる。それが、後にヒクソスと呼ばれる民族の起源であった。
時は流れ、人間とヒクソスはそれぞれの地で文明を発展させていった。
だが、災厄は北の海からやってきた。
海を隔てた遙か北の大陸で、竜族の王たる神獣ティフォンに、同族の竜であるアポピスが挑み、そして敗れる。
反逆者となったアポピスは南の海へと逃れ、大海の底に潜んで名をアペプと変えて生き延びた。そして、辿り着いたこの大陸で力を蓄え、再起を図ろうとしたのである。
大河の水底から現れては、人を食らい、大地を荒らし、アペプは暴虐の限りを働いた。そしてあろうことか、太陽を食らってその力を我が物にしようとし、太陽神ラーが乗る太陽の船をつけ狙った。
アペプを倒すべく追ってきた竜族の戦士セトは、この大陸の神々に助力を求めた。そして、オシリスとバステトの協力を得て、バステト神殿付近の大河に底に冥府への口を開き、アペプを冥府の底へと落とすことに成功する。
アペプとともに冥府の底に落ちたセトは、自分諸共にアペプを封印させ、アペプの脅威を取り除いた。この行為を賞賛した太陽神ラーは、セトを自らの息子とし、神々の一柱に叙した。
次回予定「テトの変化 2」




