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傾国狐のまつりごと-食われて始まる建国物語-  作者: つね
 第5章 神話の終焉
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閉ざされた道 2

「リネア!止まって!」

 何かに気付いた妲己が大声を上げる。反射的に大きく翼を広げて急制動をかけるが、さすがにティフォンの巨体はそう簡単に止まれない。


「妲己様、一体…?!」

 驚いて妲己に尋ねるリネアだったが、それを言い終わる前に、ぐるりと視界が反転した。世界が一瞬にして上下逆さまになったように感じた。


「…ッ!」

 上昇していたはずティフォンは、今度は頭を下に向け、そのままの勢いで落下を始める。突然の変化に狼狽えつつも、翼を羽ばたかせて頭を起こし、どうにか落下を止めた。


「妲己様、ご無事ですか?!」


「ええ、なんとかね…」

 妲己は息を整えながら言った。直前に気付いたおかげで、咄嗟に角にしがみついて耐えることができたが、危うく振り落とされるところだった。

 

「一体、何が起こったのでしょうか?」

「文字通りの、天地逆転ね」

 困惑するリネアに、妲己は上を見上げながら言った。


「妙な力を感じたから止まるように言ったんだけど……どうも、この先には行けないように、防壁みたいなものが張られてるわ」

「…防壁、ですか?」


「神殿のムルに張ってあったような、侵入者を弾くものとは違うけど、先に行けないようにする意味では同じよね。防壁に突っ込むと、そのまま強制的に反転させられる…そういう防壁」


「私のブレスで、破ることができないでしょうか?」

「止めておいた方が良いわね。たぶん、そのままこっちにブレスが返ってくるわよ」

 力尽くの提案をするリネアに、妲己は苦笑交じりに返した。


(玉藻、何かいい考えはないかしら?)

(そうじゃのう…)

 玉藻もすぐに妙案はなく、小さく唸って考え込む。


(この防壁、何の為に張ったのじゃろうな?)

 しばらくして口を開いた玉藻は、問いに対して少しズレた答えを返した。その目は、ティフォンと同じように行く手を阻まれ、下へ落ちていく死者の魂を見つめていた。


 誰が、というのはさておき、そもそも天界へと昇る道を塞いでいる防壁の目的…それがわかれば、防壁を破るなり解除するなりする方法の手掛かりになるかもしれない。


 リネアたちが冥府に落ちたのは全くの偶然だ。

 しかもセトの話からすれば、死者の魂が天界に行けずに落ちてくるようになったのは、かなり前のこと。防壁はその頃から機能していたと思われる。だから、これはリネアたちが地上に戻るのを邪魔するために張られた防壁ではない。結果的にそうなったというだけだ。


 ここは天界へと昇ろうとする死者の魂の通り道だ。魂が天界に昇れないようにすることに、どんな意味があるのだろうか。


(リネア、ここは一旦下に降りてみんか?)

(…玉藻様、それはなぜでしょうか?)

 リネアの声が無意識に固くなる。


 もう少しで地上に、フィル様のもとに戻れたのに…フィル様に会いたい、話したい、笑顔が見たい、温もりを感じたい…焦りと寂しさが入り交じり、リネアの心を締め付けていた。


(まずはセトに話を聞きたい。セトはずっと冥府の変化を見てきたはずじゃ。何か手掛かりが得られるかもしれん)

 玉藻は、諭すように言う。玉藻とてリネアの気持ちはよくわかっているが、このままではどうにもならない。

 

(……わかりました)

 少しの間、切なそうに上を見上げたリネアは、やがて小さく頷いた。


 ティフォンの巨体が緩やかに降下を始める。


 降下する間、妲己は、周囲に浮かぶ死者の魂の動きに目を向けていた。水煙の柱に沿って、上へと昇っていく魂と、下へと落ちていく魂…。

 落ちていくのは、己の罪の重さのせいなのか、防壁に阻まれて落ちてきたのか…どちらにせよ、あの防壁がある限り、上は行き止まりだ。今は昇っている魂も、ほどなく落ちてくるのだろう。

 

(いつもこれだけの魂が落ちていくなら、とっくに冥府は魂で溢れかえっているはずよね?)

(そうじゃな…しかし、そんな様子は見られなかったの)


 死者の魂は、天界への道を塞ぐ防壁によって冥府に閉じ込められた状態にある。それも随分と長い間だ。ならば、冥府にはたくさんの死者の魂がひしめくように溜まっているはずではないか。

 しかし、ここまで通ってきた冥府の様子は、とてもそんな状況には見えなかった。

次回予定「閉ざされた道 3」

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