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傾国狐のまつりごと-食われて始まる建国物語-  作者: つね
 第5章 神話の終焉
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冥府の大河 2

 地上の大河には所々にパピルスが生い茂る浅瀬があったり、岸辺から水面に影を落とすナツメヤシの林があったりしたものだが、冥府を流れる大河の両岸は、荒涼とした砂漠のような風景がどこまでも続いていた。


 しかも、だんだんと辺りが暗くなってきたように思える。

 最初にいた場所は、日が沈んだ直後のような、薄暗い感じだったのだが、今は月のない夜のような暗闇が濃くなってきていた。


「セト、この河の先はどうなっているのですか?」

「夜の河は、夜そのものを体現しています。夕闇から始まり、真っ暗な夜を越え、そして最後には夜明けに至る。死者の魂は、夜の河を旅しながら審判を受け、夜明けと共に天界へと昇るのですが…」

 リネアの質問に答えた小竜は、最後に言葉を濁した。


「何か異変が?」

「はい。いつの頃からか、死者たちの魂が天界へと昇ることができなくなり、冥府の底に落ちてくるようになってしまったのです」

「それは、審判に関係なく全ての魂が、ということですか?」


「はい。…おそらく、冥府から地上を経て天界へと至る道が、閉ざされているのではないかと。ですが、冥府の底から動けぬ身では、確かめる術もなく…」

「そう、なのですね…」


 リネアは、顔をやや俯かせて考える。

 夜の河の先に、魂が天界へと昇る場所があるのなら、そこから地上へと戻ることもできるのではないか…セトの言うように、その道が何らかの原因で閉ざされているのなら、再び通れるようにすることで、冥府の秩序も回復できるかもしれない。


 ほどなくして、辺りは完全に夜の暗闇に包まれた。

 セトの話からすれば、夕闇の領域を過ぎて、夜の領域に入ったということなのだろう。周囲に幾つも狐火を灯して行き先を照らしながら、九尾は大河の上を駆け続けていた。


「あら?」

 ふと気配に気付いたリネアが、小さく声を上げた。


 いつの間にか、狐火に照らされた水面の上を、九尾と並んで一羽の鳥が飛んでいた。スリムな体格に長い首と長い脚、見た目で言えばアオサギによく似ていた。


「どうして、こんなところに鳥がいるの?」

 リネアの声にピクリと耳を震わせた妲己は、すぐに鳥の姿に気がついた。だがここは冥府を流れる夜の河だ。普通の鳥がのんびり飛んでいるような場所ではない。


 すぐ近くを飛んでいるのに、リネアの声で注意を向けるまで鳥の存在に気付かなかった。そのことに妲己は内心戦慄を覚える。


「リネア、少し速度を上げるわ」

 リネアが毛皮を掴むと、九尾が加速した。大きく体躯をしならせ、跳ぶように駆ける。


「やっぱり、ただの鳥ではないようね」

 視界の隅に件の鳥を捉えつつ、妲己がつぶやいた。

 鳥は九尾の速度にも付いてきて、変わらず並んで飛んでいた。偶然隣を飛んでいただけなら、とっくに置き去りになっている。


「セト、あの鳥を知っていますか?」

「…この気配にはどこか覚えがある気もしますが…。申し訳ありません。分霊の感覚では、うまく気配を感じられず…はっきりとは申し上げられません」

「いえ、それならいいのです。気にしないで下さい」


 喋っている間に、九尾は先程までとは逆に走る速度を落としていた。それでも、鳥は九尾を追い抜くことなく、合わせるように隣に並んでいる。

 ついに九尾が足を止めると、鳥もスッと翼を畳んで、水面から突き出していた岩の上に止まった。よく見れば、ほのかに黄金色の光を放っている。


「あなたは、誰なのですか?」

 素知らぬ顔で毛繕いをしている鳥に、リネアが声を掛けた。


 だが、鳥は一瞬だけリネアに視線を向けたものの、また毛繕いに戻ってしまう。言葉が通じないのか、それとも無視しているのか…。


(リネア、良いではないか。付いてくるなら好きにさせれば良い。今はセトの元に向かい、ここからを出るのが先ではないか?)

(そうですね。早くフィル様のもとに戻らなくては…!)


「妲己様、行きましょう」

「えぇ」

 妲己にも玉藻の声は聞こえていたのか、九尾は短く返事をして川下に向かって走り始めた。案の定、鳥は再び飛び立って九尾に付いてくる。

 気にはなるが、今は放っておくことにする。


 それからどれくらい走ったのか、真っ暗だった辺りが仄明るくなり始めると、それにつれて行く手の風景が変わり始めた。


 緩やかな渓谷だった両岸が切り立った峡谷となり、下を流れる大河の流れは徐々に速くなっている。

 そして、ゴウゴウという轟音と、上に向かって高く立ち上る水煙が見えてきた。

次回予定「冥府の大河 3」

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