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傾国狐のまつりごと-食われて始まる建国物語-  作者: つね
 第5章 神話の終焉
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冥府の大河 1

 冥府からの脱出を目指すリネアと妲己は、セトの分体が来るのを待っていた。


「それにしても、辛気臭い場所ねぇ…」

 辺りを見回しながら、妲己は顔をしかめた。


(そりゃ、ここは黄泉の国じゃからな。楽し気な場所だったらそれはそれでおかしかろうて)


「妲己様、お茶でもいかがですか?」

 妲己と玉藻のやりとりにクスッと笑いながら、リネアはいつもの麦茶が注がれたカップを差し出した。


「ありがとう。…それにしても、このお茶、どこから出してるの?」

 フィルや妲己ですら見破れない、どこからともなく飲み物や食べ物が現れるリネアの謎スキル。


「ふふっ、大したことではありませんよ。フィルさまのお世話をするのに当然の嗜みです」

 ふわりと笑うリネアに、あっさり追及を諦めた妲己は、軽く肩をすくめてお茶をすすった。


「リネア様、お待たせいたしました」

 声に振り返ると青銅色の小さな竜が、これまた小さな翼をはためかせて飛んでいた。


「セト?」

「はい。お待たせしました。これより道案内をさせて頂きます」


「よろしくお願いします。…ずっと飛んでいるのは疲れるでしょう。どうぞ、私の肩に止まって下さい」

「そ、そんな…リネア様、勿体ない…」

「構いません」

 リネアが言うと、小竜は慌てたようにバタバタとリネアの周りを飛び回っていたが、最終的には遠慮がちにリネアの左肩に止まった。


「さ、行きましょう」

「リネア、ちょっと待って」

 妲己は、歩き出そうとするリネアを呼び止め、九尾に姿を変えた。


「乗りなさい。その方が速いわ」

「はい、妲己様」

 リネアは、身を屈めた九尾の背にひらりとまたがった。九尾の背の温もりを感じると、何となく安心する。リネアは、愛おしむように九尾の毛皮をそっと撫でた。


「セト殿、どちらへ向かえばいいのかな?」

「妲己…殿でよろしいか?」

「えぇ、神獣である大妖狐九尾の力を預かっている。九尾の本当の主は地上にいるはずだから、妾は仮初の主に過ぎないけど、よろしく」


「こちらこそ。…では妲己殿、まずはあちらへ」

 小竜が短い前脚で右手前方を指すと、九尾は早速走り出した。馬が全力で走るくらいの速度は出ているが、九尾にとっては軽く流している程度だ。


「どこへ向かっているのですか?」

「すぐに見えてきます…ほら、ご覧ください」

 セトの言う通り、走り出していくらもしないうちに、大きな渓谷が見えて来た。崖面の縁まで来てみると、渓谷の底には黒々とした水面を見せる巨大な河が流れていた。


「これが、冥府を流れる大河イテルです。地上の大河とは表裏一体、地上のイテルが昼の河だとするなら、冥府のイテルは夜の河なのです」


「大河の下に大きな力の流れがあることは感じていました。私もフィル様も、地脈の流れだと思っていたのですが、もしかするとこの夜の河がそれだったのでしょうか」

「おそらくは。…大河イテルは地上と冥府の力の循環を担っているのです」


 九尾は、渓谷の斜面を下り、大河の岸辺へと近づいていく。真っ黒な水面には、ポツポツと光の球のようなものが浮かんで、流れていた。


「あれは、人の魂かしら…?」

 ゆっくりと流れている光の球に目を向けながら、妲己がつぶやいた。確かに、魂の井戸に向かって流れていた死者たちのバーのように見える。冥府に落ちた人の魂は、この夜の河を下って、どこへ運ばれていくのだろうか。


 だが、魂の旅は、決して平穏なものではないようだ。

 突然、水面が割れて大きな顎が突き出し、水面浮かんでいた魂を一呑みにした。

 ザバッと音を立てて水中から現れたのは、頑丈な鱗に覆われた黄色がかった褐色の背中。体長5メートルを超える、大型のワニだった。


 目を凝らせば、ワニたちは岸部近くの浅瀬にも潜んでおり、流れてくる魂をじっと狙っていた。


「あれは放っておいていいの?」

「はい。ワニはイテルの神、セベク神の眷属。生前に大罪を犯した者をああして食らうのです」

 妲己の問いに、小竜は答えた。


「なるほど、冥府の旅は、審判の場でもあるということね?」

「ご明察です。…妲己殿、ここからは大河に沿って川下に向かってください」

「わかったわ」


 ワニが空中の九尾を襲ってくることはなさそうだ…仮に襲われたとしても返り討ちだが、余分な時間を取られるのは避けたい。

 九尾は数メートルほどの高さを保って水面の上を駆け、大河を下り始めた。

次回予定「冥府の大河 2」

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