奈落の別れ 4
第4章「神話の正体」最終話です。
フィル達が神殿に入ってからしばらくして、テトは突然、自分の分霊との繋がりが途切れたのに気付いた。
「ネフェル、テトの分霊が消されたにゃ。きっと、フィルたちに何かあったにゃ!」
珍しく険しい表情で言うテトに、ネフェルとホルエムは顔を見合わせる。
「テト様、分霊が最後にいた場所は、どこ?」
「魂の井戸がある地下の間にゃ!」
テトは答えると同時に神殿の方へと駆け出した。
「テト様、待ってー!」
テトを追ってネフェルも駆け出すと、ホルエムも慌てて駆け出しつつ叫んだ。
「メネス軍は俺に続け!」
「ヒクソス軍、突入せよ!」
ヒクソス軍を指揮するウゼルも、負けじとばかりに神殿への突入を命じる。元々、何かあれば即座に対応できるよう陣形を整えていた両軍は、一斉に神殿になだれ込んだ。
それぞれの隊が手分けして神殿の各所を制圧していく中、テトとそれを追うネフェル、ホルエム、ウゼル、そしてフルリとフルリに背負われたシェシは、神殿奥のムルの中庭に出た。
上部が破壊されたムルの姿を気もせず、テトは地下への入り口に入っていく。
ネフェルは、一瞬迷うように足を止めたものの、意を決してテトの後に続いた。フルリとシェシは迷わずネフェルを追いかける。
ホルエムとウゼルは、追いついてきた両軍の兵に周囲を固めるよう命じ、それぞれ10人ほどを引き連れてムルの中へと進んだ。
「逃げられたか…」
フィルは悔しげにつぶやいたが、アセトの魔術がまだ効いているのか、身体にうまく力が入らない。
今のところは、あっさりとアセトが逃げてくれてよかったかもしれない。
「フィル様、大丈夫なのですか?!お怪我はありませんか?!」
辛そうなフィルの様子に、リネアが心配そうに駆け寄ってくる。
フィルは、大きく息をついて井戸を囲む石壁の上に腰を下ろした。
…しかし、それが油断だった。
「うん、大丈夫、怪我はしてない……ッ!!」
苦笑しつつリネアに答えたフィルを、突然、身体が引き裂かれるような激痛が襲う。悲鳴すら上げられず、フィルは声を詰まらせる。
「…う…ぁ…」
フィルの胸の真ん中を貫いて、腕が突き出していた。
小さく呻いた後、ぐったりと頭を垂れて後ろに傾いたフィルを、魂の井戸から現れたアセトが受け止める。
「フィル様っ…!」
叫ぶようなリネアの呼びかけにも、フィルは何の反応も示さない。
貫かれたはずの胸には、不思議と目立った傷は見当たらなかったが、目をつむり、両腕はだらりと垂れさがったまま、フィルはピクリとも動かなかった。
「ふふっ…フィル様は頂いていきますわ」
素早くフィルの腰に腕を回したアセトは、そのままフィルの身体を井戸の中へと引きずり込んだ。
「いやぁぁ!フィル様ぁっ!!」
狂ったように悲鳴を上げたリネアは、フィルを追って井戸の中へと身を躍らせる。
「待って!ボクも!」
慌ててメリシャも井戸に駆け寄ったが、メリシャの意思と無関係に糸が繰り出され、たちまち魂の井戸を繭のように塞いでしまった。
「どうして?!…ボクもフィルとリネアを追いかけないと!」
メリシャは慌てて井戸を覆う繭を引き剥がそうとするが、強靱な糸は複雑に絡み合っていてびくともしない。
ふたりがいなくなったショックで、ただ呆然とするメリシャのところにテトやホルエムたちが飛び込んできたのは、そのすぐ後のことだった…。
地下の間に駆け込んだ一同が見たのは、たった一人で座り込んでいるメリシャの姿だった。
「メリシャ、大丈夫にゃ…?!」
テトの呼びかけに、のろのろと振り返ったメリシャの顔は真っ青で、今にも泣き出しそうな顔をしていた。
そして、部屋の中にいるのはメリシャだけ。一緒にいたはずのフィルとリネアの姿がどこにもない…。
その様子を見て嫌な予感を覚えない者は、誰もいなかった。
「…フィルとリネアは、どうしたにゃ…?」
メリシャの肩を揺すりながら訊いたテトに、メリシャは無言のまま、部屋の奥の壇上に鎮座する白い繭を指さした。
「あれは、魂の井戸…?」
ネフェルがつぶやく。元々自分がずっといた場所だ。白い繭に覆われているのが魂の井戸なのはすぐにわかった。
「フィルがやられて…連れて行かれちゃった…リネアもそれを追って井戸に飛び込んで、いなくなっちゃった…」
ようやく口を開いたメリシャは、掠れた声でそう言うと、両手で顔を覆ってすすり泣き始める。
フィルがやられた…にわかには信じられない言葉に全員が絶句し、その場に立ち尽くしたのだった。
次回予定「親友との再会 1」
次回より第5章「神話の終焉」が始まります。
…あの娘が、再登場します。




