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傾国狐のまつりごと-食われて始まる建国物語-  作者: つね
 第4章 神話の正体
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奈落の別れ 1

「行きます!」

 まず仕掛けたのはリネアだった。一瞬で竜人に姿を変えると、並外れた身体能力を生かしてアセトに接近戦を挑んだ。


「…ッ!」

 鋭い竜の爪を振りかぶって肉薄したリネアに、余裕ぶっていたアセトは初めて焦りの表情を浮かべた。辛うじて躱したものの、衣装の裾を切り裂き石の床に深い傷をうがった攻撃に、アセトは驚きを隠せない。


「まさか…あなたがティフォン…?!」

 リネアは、これまでアセトの前で竜人の姿を見せていない。だから、アセトはリネアが宿す神獣の正体に気付いていなかった。


 この大陸には本来はいない、生物としての最強種。

 神々とも真っ向から争った竜族…その王権である神獣ティフォンは、時に主神をも敗北させた絶大な力を秘める。

 実際、単純な戦闘力では、同じ神獣の九尾であってもティフォンには歯が立たない。


「これは予想外でしたわ。竜族でもない者が竜王を継いでいたなんて」

 リネアはアセトの言葉を無視し、間髪を入れずアセトの足下目がけて尻尾を振り抜いた。


 反射的に大きく跳んだアセトに、今度はメリシャの糸が待ち受けていた。


 張り巡らされた糸に気付いたアセトは、ケレスの成れの果てである塩を床から掴み取り、自分の前面に広がるように投げる。それは白い障壁となってアセトを守り、アセトは糸の間を強引に突破する。しかし、咄嗟のことであまり大きな障壁を張れず、アセトの腕や足に幾つかの傷がついた。


「くっ…」

 着地したアセトは、悔しげに表情を歪め、その場で自らの傷に指を添えた。指先で傷をなぞると、次の瞬間には傷が消えていた。


「さすがに、3対1では分が悪いですわ。フィル様ともあろう方が、大勢で一人をいたぶるのを、卑怯とは思われませんの?」

「これは戦争よ。卑怯も何も、戦力の出し惜しみなんて、愚策でしかないわ」


「あら、正々堂々1対1で、とでも言って頂けないかと期待しましたのに…」

 全く動じた風のないフィルに、アセトは軽く肩をすくめる。


「では、わたくしも得意技を使わせて頂くとしましょうか」

 アセトの手の中は、いつの間にか白い小さな壺のようなものが現れていた。


 壺には、両肩に細い鎖が付いており、アセトは鎖の端を手に握って壺を吊り下げる。よく見れば、壺の蓋にはスリットのような細長い孔が幾筋か開いていて、そこから薄く煙が立ち上っていた。


「リネア、下がって!」

「はい!」

 フィルの声に、一番アセトの近くにいたリネアが後ろに跳び退く。


 あの壺は、おそらく香炉だ。あの煙に何かの効果があるに違いない。フィルはそう推測していた。


 アセトは、鎖で吊り下げられた香炉を振り子のように大きく揺らす。右へ左へと振れる香炉から、煙があたりに漂っていく。


「ふふふ…」

 うっすらと笑みを浮かべるアセトに向かって、メリシャが糸を放った。今度は切断糸ではなく、拘束を目的とする粘着糸だ。だが、アセトを絡め取ったはずの粘着糸は、列柱の一本に巻き付いていた。


「なっ…?!」

 アセトの姿はその場から一歩も動いていない…ように見えた。それなのに狙いを外された事にメリシャは驚く。


「これならどう?」

 フィルが狐火を放つ。大きな弾ではなく、石礫のような小さな火弾の連射。それもわざと広範囲にバラけさせている。


 フィルは、メリシャの糸が外れたのは、幻覚のようにアセトが自分の立ち位置を偽って見せているからだと考えた。

 だから、見えているアセトを中心にその周囲一帯を含めた範囲攻撃に切り替えたのだ。


「…チッ…!」

 珍しく短い舌打ちをしたアセトは、横に跳んで攻撃を避けるが、そこに先回りしていたリネアが、アセトに拳を突き込む。しかし、その拳は空を切った。

 連携攻撃を凌ぎきってフッと口角を上げたアセトだったが、次の瞬間、脇腹に衝撃を受けて体勢を崩した。


 見えているアセトの姿が、その場所にないのはリネアも織り込み済み。フィルの攻撃を避けたということは、フィルの攻撃範囲にアセトの本体も入っていたということだ。見えている姿と実際の位置は、さほど離れてはいない。


 だから、拳は囮で、攻撃範囲が長い尻尾による攻撃を本命にした。それでも必ず当たるという確信はなかったが、どうやら掠る程度はしたらしい。


 アセトは、床に倒れるかに見えたが、グンと手にした香炉を振り回すと、その遠心力を利用して体勢を立て直し、檀上に着地する。

 しかしその顔からは、余裕を伺わせる笑みは消えていた。

次回予定「奈落の別れ 2」

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