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傾国狐のまつりごと-食われて始まる建国物語-  作者: つね
 第4章 神話の正体
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地下で待つ者 3

「それ以上近づくな!」

 メリシャが声を上げ、アンテフの身体を糸で縛り上げた。


「無駄ですわ」

 アセトがニヤリと笑った瞬間、パシャリという湿った音とともに、アンテフの身体は赤黒い血のような液体に姿を変え、メリシャの糸をすり抜ける。

 そのまま床に零れて広がるかに見えた液体は、波打つように蠢動しつつ1か所に集まり、軟体生物のようにむくりと起き上がった。

 液体のようでありながら、粘性や弾力も感じさせる。言うなればスライムだ。


「これは?!」

「ふふっ、アンテフ様は良く踊ってくださいましたから、その望みを叶え、人を超えた力を与えて差し上げたのです。…しかし、人を超えた力が人の身におさまるはずはありませんよねぇ」


 過ぎた力を流し込まれたアンテフは、人の姿を失い、化け物になり果てた。

 もちろん、アセトにはこうなるとわかっていた。わかっていて、人を超えた力を持ちたくはないか、とアンテフを誘ったのだ。


 メリシャが再度を腕を振るい、切断糸を繰り出す。糸はたやすくスライムを切り裂くが、粘液のようなスライムの身体は、一度切り裂かれてもすぐに元通りに繋がってしまう。


「わたしがやる!」

 フィルは、頭上に直径2メートルほどにもなる狐火を出現させると、そのまま投げつけた。


 スライムは、自らに迫る狐火に対し、あろうことか投網のように自身を広げ、狐火を飲み込もうと覆い被さった。狐火とスライムが触れた瞬間、ジャッともギャッとも聞こえる濁った音とともに、ブワッと生臭い風が吹き荒れる。


 高温の狐火がスライムを焼き、液体部分を蒸発させている。シュウシュウと掠れた吐息のような断末魔が上がり、わずかな残り滓が発火して細い煙を上げる。もはや離れようにも離れられない。自ら狐火を飲み込んだスライムは、内側から火に炙られ、見る見るうちに小さくなっていった。


「あらあら、アンテフ様、頑張ってくださいませ」

 笑みを崩さないアセトが、パチンと指を鳴らすと、もう少しで燃え尽きそうになっていたスライムが爆発するように弾け、四方八方に飛び散った。

 フィルたちが、それぞれに飛び退いて避けると、スライムは地下の間の天井や柱にこびりつき、斑模様を描いた。


 飛び散ったスライムの欠片は、浸食するように石材を溶かし始めた。…いや、石材を食らっているのか…焼かれて小さくなっていたスライムたちが、徐々に大きさを取り戻していく。


 フィル、リネア、メリシャは、地下の間の真ん中で背中合わせに固まる。飛び散ったスライムがそこらじゅうに蠢いているのだ。どこから攻撃を仕掛けられるかわからない。


「一気に焼き払う。リネア、メリシャを守って」

「はい!」


 リネアがメリシャを抱えて伏せるのと同時に、フィルの周りに炎の旋風が巻き起こった。風をまとった狐火が壁や天井を嘗め、赤黒いスライムを焼き、蒸発させていく。

 石と石に入り込んだスライムも、石自体が高温に熱せられるにつれ、逃げ場を失っていく。やがて、力尽きたようにボタリと音を立てて床に落ちたスライムの欠片に、フィルが狐火を投げつけ、とどめを刺した。



「意外と簡単にやられてしまいましたわね。もう少し、フィル様たちと遊んでくれるかと思っておりましたのに」

 まるで他人事のようにアセトが言う。


 フィルは細く絞った狐火の針をアセトに向かって飛ばした。無言のまま、指先で弾くような最小の動作での奇襲だったが、そこはアセトも只者ではない。

 アセトはアンテフが座っていた玉座を傾け、その背もたれで炎の針を受け止めた。たちまち玉座は炎に包まれるが、それよりも早くアセトは、玉座を壇上から蹴り落としていた。


「チッ」

 小さく舌打ちするフィルに、さすがにアセトも眉を寄せる。


「ずいぶんと品のないことをなさるのですね」

「人間をスライムに変えるような貴女に、品性を問われたくないわ」

 

「フィル様、このままアセトと戦うおつもりですか?」

 リネアがフィルに訊いた。


 …これはチャンスなのでは…と、フィルは思い始めていた。アセトは今、たった一人なのだ。ネウト軍の軍勢に囲まれているよりも、兵の巻き添えを気にしなくて言い分、はるかに戦いやすい。


 アセトがフィルたちをここに誘い込んだ理由はわからない。当然、何らかの罠を仕掛けている可能性は高い。

 だが、アセトはメネスとネウトの争いを画策し、戦争のどさくさに大勢の人間の命を奪った張本人だ。後の禍根を断つためにも、多少の危険は覚悟して、ここで倒しておくべきではないか…。

  

「リネア、メリシャ、ここでアセトを倒そう」

 小声で言ったフィルに、リネアとメリシャは頷いた。

次回予定「奈落の別れ 1」

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