地下で待つ者 2
「フィル様はお優しいですね…どうして人間にそこまで肩入れするのかは、わたくしにはわかりませんけど」
アセトは、スッと笑みを消した。
「教えて下さるかしら。フィル様も、かつて人間に裏切られ、ひどい目に遭わされたと仰せでしたね。わたくしの見立てでは、間違いなく今も人間に対する憎しみはあなたの中にある。それに、ヒクソスはメネス王国の人間たちから虐げられてきたではありませんか。それなのに、どうして人間どもに情けをかけるのですか?」
淡々とした口調で尋ねるアセトの声に、フィルを揶揄するような響きはない。アセトの問いは、本心からのものであった。
「そうね…アセトの言うとおり、昔、帝国の人間にされた仕打ちは今も忘れてない。メネスがヒクソスを属国にし、搾取を続けて来たことも許したわけじゃない。けれど、人間の中にも信用できる者たちはいることもわかってる」
「いかに善良に見える者たちでも、人は簡単に心変わりするものです。自分の利害、他者からの扇動、些細な理由があれば簡単に裏切る。そんな連中、信用できると?」
「そうかもしれない。けれど、だからと言って、人間を一括りで信用できないと断じきれるものではないでしょう?…神にだって、信用できる者とできない者がいるのだから、人間と何も変わらないわ」
「あら、わたくしは信用されていないのかしら。とても残念ですわ」
「あなたは、霊魂を集めて、何をするつもりなの?」
「何を、と言われましても……あぁ、そうでした。あちらでは死者は炎で焼いて弔うものでしたわね。こちらでは、霊魂は死者の身体が残る限り、自らの身体に留まり続けるのです…それを、フィル様が燃やしてしまったため、住まいたる身体を失った霊魂たちが、一斉に冥府へと向かっているのですわ」
「そういうことを聞いているんじゃない。カリュブ平原のネウト軍と、この神殿で死んでいたメンフィスの民たち…これだけ大勢の人間を殺して、何をするつもりなのかって聞いているのよ!」
まともに答えようとしないアセトに、フィルの声が大きくなった。
「わたくしは人間に恨みがありますもの…少し煽ってやっただけで簡単に争いを起こし、自ら死んでくれるのですから滑稽なものですわ」
アセトは、くすくすと笑いながら言う。彼女の人間に対する憎悪は嘘ではないのだろう。だが、単純にそれだけではないとフィルは感じていた。
「ところで、あなたにそんなことを言われて、どうしてそちらのアンテフ殿やケレスは黙っているのかしら?」
ふたりとも、すでにアセトの操り人形にされていることは容易に想像が付くが、フィルはわざとらしく尋ねた。
「あら、フィル様はわたくしのお人形に興味がおありなのかしら」
「そんな悪趣味はない!」
「わたくしだって、飾るならフィル様のような可愛らしいお人形さんの方がいいですわ」
アセトは、フフッと笑うケレスの後ろに回った。そして次の瞬間、ケレスの胸の真ん中を貫通してアセトの手が突き出した。その傷口から白い煙のようなものが吹き出し、同時にケレスの身体は、ザッと音を立ててその場に崩れ落ちた。
それは比喩ではない。ケレスは本当に白い粉のようなものに変わって崩壊し、アセトの足下に白い絨毯を作った。
「一体、何をしたの?」
「霊魂は、身体に宿り、死した後も其れが朽ちてなくなるまで住処とするのですわ。けれど、無理矢理に霊魂と身体との繋がりを断ち切ってしまえば、ほら、このとおり。霊魂を失った身体は、塩へと返る…薄汚いこの男も真っ白な塩に返れば、多少は見目良くなるというものではありませんか?」
低く問うフィルに、アセトは微笑みを崩さず楽しげに答えた。
ケレスは南部州軍を利用するつもりだったのだろうが、アセトによって逆に利用され、その顛末がこれだ。同情する気は起きないが、哀れである。
「さて、…そろそろ頃合いでしょう。霊魂も十分に集まったようですし」
見れば、魂の井戸に吸い込まれていく死者の霊魂の流れはすっかり細くなっていた。地上にあった死者の魂をほぼ全て吸い込み終わったのだ。
アセトは、パンと一回手を打ち鳴らした。すると、呼応するように、ゆらりとアンテフが玉座から立ち上がる。
焦点の合わない視線を虚空に向けたまま、アンテフは檀上からフィルたちの前まで降りて来た。
次回予定「地下で待つ者 3」




