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傾国狐のまつりごと-食われて始まる建国物語-  作者: つね
 第4章 神話の正体
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オシリス神殿の惨状 1

 連合軍を引き連れて神殿に向かうことになったため、神殿への出発は2日後となった。捕らわれていると思しき民たちのことを考えれば、一刻も早く行動したいところだが、今回ばかりは無闇に突っ込むわけにはいかない。


 大勢の命を犠牲にして、ネウト王国…アセトが一体何を企んでいるのか、今のところ全くわかっていないのだ。


 そして迎えた当日、早朝から兵たちを載せた多数の筏が大河を往復し、フィルやホルエムたちは、弩砲戦艦に乗ってオシリス神殿のある対岸へと向かった。

 大河の岸辺に設けられた立派な石造りの船着き場に弩砲戦艦を横付けすると、石畳が敷き詰められた広い参道の向こうに、オシリス神殿の正面入り口となる巨大な塔門がそびえていた。


 アイヘブを将とするメネス王城の守備に3千の兵を残してはいるものの、それでも総勢1万3千の軍勢が大河を渡ってオシリス神殿を取り囲んだ。

 その間、不気味なくらい神殿に動きはなく、布陣は滞りなく完了した。


 弩砲戦艦に搭載された5門のバリスタは、まだ矢こそ装填してはいないものの、本体を真横に旋回させ、オシリス神殿に砲門を向けている。

 船着き場からオシリス神殿まではおよそ百メートルあまり。十分にバリスタの射程内だ。


 神殿の塔門には、いわゆる『門扉』は存在しない。つまりオシリス神殿の内部は外からでもある程度見えるのだが、神殿を囲む壁にも中の建物にも、見る限り損傷などはなく、以前と変わりない威容を保っている。

 だからこそ、人影もなく静まり返ったオシリス神殿の様子が余計に異様に感じられた。


「さて、そろそろ行こうか」

 そう言って九尾に姿を変えたフィルは、その背にリネアとメリシャを乗せた。リネアの肩にはテトの分霊がちょこんと乗っかっている。


「気をつけてのにゃ。何かあれば駆け付けるにゃ!」

「うん、テトの方も何かあったらすぐに分霊ちゃんを通して呼ぶのよ!」 

「わかったにゃ」

 弩砲戦艦の甲板では、ネフェルに抱っこされたテトが、ブンブンと大きく手を振っていた。

 全軍の指揮をとるホルエムの本陣は停泊する弩砲戦艦の船上に置き、テトとネフェルもそこで待機することになっている。


「メリシャ様、お気をつけて」

「テト様とネフェル様は、あっしが守ります」

 船上にはシェシとフルリもいた。もちろんシェシとフルリを神殿に連れて行くことはできない。代わりにメリシャは二人にテトとネフェルの世話係と護衛を頼んだのである。


 フルリの大刀の腕はまだ発展途上ではあるが、妲己の稽古のおかげでフルリは一般の兵よりもずっと強くなった。

 アセト本人が相手では厳しいだろうが、アセトはファラオの側近としてネウト軍を動かせる立場にいるのだから、配下の兵を差し向けて来る可能性もある。一般兵が相手なら、フルリは十分な戦力になるはずだ。


「うん、頼んだよ。大丈夫、空から神殿の様子を見て来るだけだから」

「はい…」

「ちゃんと帰ってくるよ」

 涙目で見上げるシェシに、メリシャはにこりと笑ってみせた。


「行って来ます!」

 九尾は空へと駆け上がり、塔門の上を越えてオシリス神殿の中に入った。塔門を抜けたところで少しペースを落とし、周囲に警戒しつつ進む。塔門の奥は広い前庭になっていて、その中心を通る参道の両脇には高い列柱が立ち並び、隅の方に幾つかの小神殿、正面奥には巨大な祝祭殿がそびえている。


 前庭の真ん中あたりの上空で、九尾は一度足を止めた。ゆっくりと、辺りを見回す。

「本当に、ここにメンフィスの人たちが連れて来られたのかな…」

 あまりの人気のなさにメリシャが言った。メンフィスの民だけなく、本来神殿にいるであろう神官や巫女たちの姿もないのは、どう見ても異常でしかない。


「どうだろう…一旦ここに集めて、すでに南方の自領に送った、とも考えられるけど…」

 可能性の一つとして言ってはみたものの、フィル自身、その可能性はかなり低いと考えていた。


 大勢の民をわざわざ南に連れ去るメリットが無いからだ。例えば奴隷として扱うにしろ、老人や女性、子供ばかりでは労働力にならない。労働力が必要なら、大人の男たちの方がいい。

 しかし、ネウトは彼らを戦場に送り込み、目論見通り全滅させた。


 以前、リネアが指摘したとおり、大勢の人間が死ぬことがそもそもの目的だと言わんばかりの行為だった。そして、その推測は当たっているのだとフィルは確信している。


 メネスに負けて国を奪われた先祖の恨みを晴らすため、メネスの民を皆殺しにする、そういう単純な復讐では決してない。絶対に何か目的がある。だとするなら、神殿に送られたという民は、もう…


 不吉な予感を抱えつつ、九尾は静まり返った神殿を奥へと進んだ…そして、"それ"に気付いたのはその後すぐのことだった。

 祝祭殿の上を越えると、神殿の最奥、ムルがそびえる中庭が視界に入ってくる。

 百メートル四方ほどの広さがある中庭は、おそらくメンフィスの民たち…いや、正確には『民たちだったもの』で埋め尽くされていた。


「…っ!」

 リネアが思わず息を呑んだのがわかった。


 衝撃を受けたのはフィルも同じだ。…千、いや二千は優に超えるだろう死体の山を見て、何とも思わないほど人を辞めたつもりはない。


 表情の出にくい九尾の姿ではあるが、その口元で牙がガリッと音を立てた。予想はしていたが、こうも見事に当たってしまうと自分の責任でもあるような気がして胸がむかむかした。

次回予定「オシリス神殿の惨状 2」

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