戦の後始末 3
「本当に…誰もいないんですね」
メリシャと一緒の馬車に揺られながら、シェシが不安そうに言った。
「町が壊されているわけでもないのに、誰もいないのは、かえって不気味でやすね…」
手綱を操るフルリも怯えたように肩をすぼめた。
「フィルたちの話だと、男の人たちは兵として駆り出され、戦えない老人や子供、女性は王城の地下牢に閉じ込められていたらしいよ」
「そんな!どうしてそんなひどいことを…だって、同じ人間同士なのに…」
「そうだね…一体、何を考えているのかな…」
憤慨するシェシに相槌を打ち、メリシャは目を伏せた。その駆り出された男たちは連合軍と戦って全滅したのだ。
一応、心の整理はつけたとは言え、気にならないわけではない。ただ、もしネウト軍の全滅をアセトが仕組んでいたのだとしたら、きっともっとロクでもない目的があるに違いない。それだけはなんとしても避けなくては。
フィルとリネアは、待機させていた弩砲戦艦をメネス王城の船着き場に回航するため、今は別行動している。駆け付けてくれたテトとネフェルも、すぐにペルバストには戻らずメンフィスまで付いて来ていて、フィルたちと一緒にいる。この後すぐに王城で落ち合う予定だ。
「シェシは、もう平気?」
「はい…あの、メリシャ様をお支えしなくてはいけないのに、シェシはメリシャ様よりも先に具合を悪くしてしまって…」
カリュブ平原の戦いの後、そのあまりの惨状に衝撃を受けたのはメリシャだけではなかった。初めて戦場を見たシェシやフルリもまた大きな衝撃を受けて、寝込んでいたのであった。
「あっしも、面目ねぇです」
半分振り返ったフルリも、まだ声に力がない。
「仕方ないよ。あれを見たら…前の戦いとは違うからね」
メネス軍を破った『狩り場』での戦いでは、見通しの悪い森の中で、弓を使って中距離から敵兵を倒していった。しかもフルリたちはメリシャと一緒に本陣にいたから、敵兵が死ぬところを直接目にする機会は少なかった。
だが、カリュブ平原のような見通しのよう場所での野戦となれば、人が人を斬り殺し、血しぶきが飛び散り、そして、戦いが終わった後には夥しい数の戦死者がその場に残される。
文官、武官として能力を発揮しているとは言え、シェシはまだ10歳、フルリも15歳の少女。戦場の光景にショックを受けるのも当然だ。
「辛かったら、アヴァリスに帰っててもいいんだよ?」
「帰りません!」
「嫌でやす!」
即座に答える二人に、メリシャは一瞬きょとんとした後、微笑みを浮かべた。
馬車に揺られてしばらくの後、メネス王城に到着したメリシャとシェシ、フルリ、そしてウゼルは、待っていた文官に案内され、メネス王城の広間へ通された。以前の来訪の際、ウナス王と謁見した場所だが、その時とは様子が違う。
広間の真ん中に、兵舎の食堂あたりから持ってきたのであろう、十数人は座れそうな、飾り気のないテーブルがドンと置かれ、その周りには、あちこちの部屋から掻き集めてきたらしい、デザイン不揃いの椅子が並べられていた。
ホルエムは玉座には座らず、そのテーブルの席の一つで、先に到着していたアイヘブから、報告を受けているところだった。まだフィルたちは来ていない。
「メリシャ王、よく来られた」
メリシャがやってきたの気付くと、ホルエムは話を中断して立ち上がった。
「ホルエム殿、王城とメンフィスの奪還、おめでとう」
「それはヒクソスの支援があればこそだ。まずは礼を言わせて欲しい」
ホルエムはメリシャに頭を下げる。
「ヒクソスは、ヒクソスの国益の為に参戦したんだから、気にしないで」
「…カリュブ平原での戦いのことは聞いた。大変だったらしいな」
「メンフィスの民を大勢死なせてしまった。…助けられなくて、申し訳なく思ってる」
「全てはネウトの企みだ。メリシャ王のせいではない」
ホルエムはそう言って、互いに立ったままなのに気づき、メリシャに椅子を勧めた。
「…王城の方はほとんど抵抗もなく、正直、戦いの方は拍子抜けだった。城に残っていた兵も、フィルたちがやったバリスタの砲撃で完全に戦意を失っていたからな」
王城の壁や屋根が所々崩れているのはメリシャも見た。石造りの建物にあの距離から損傷に与えるのだから、バリスタの威力はさすがである。
「城の中にも、女性やお年寄りたちがたくさん捕らえられていたとか…その人たちは大丈夫なの?」
「うむ。今は城内の空き部屋に住まわせている。もしもネウト軍が奪還に来た時、城にいてくれた方が守りやすいからな」
「ヒクソスから食料を送らせるわ」
「すまない。…だが、問題はオシリス神殿だ」
ホルエムは、窓の外に視線を向けた。そこには大河イテルの流れが広がっている。
「メンフィスの奪還を完遂するには、オシリス神殿の奪還も必要だ。それに、地下に捕らえられていた者たちより先に、大勢が神殿に連れて行かれたらしい。無事ならいいのだが…」
ホルエムの表情は暗い。無事を願うのは本心だが、正直、その可能性が低いであろうことも予想していた。
「…神殿の様子はどうなの?」
「船を出して、大河の上から神殿の様子を探らせたが、人の姿は見えなかったそうだ。中がどうなっているのかはわからない。…確かめるには、直接行ってみるしかないんだが…」
ホルエムは眉を寄せ、言葉を濁した。
神殿で何が起こっているのかもわからないのに、兵を送り込むのは危険過ぎる。だが、もし民が神殿に閉じ込められているのなら、一刻も早く助けなければならない。
思い付く方法はあるのだが、…メリシャの前で自分からそれを口にするのは躊躇われた。
聞こえて来た足音にメリシャが振り向くと、ちょうどフィルたちが広間に入ってきたところだった。
次回予定「見えない未来視 1」




