表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
傾国狐のまつりごと-食われて始まる建国物語-  作者: つね
 第4章 神話の正体
378/489

戦の後始末 1

 翌朝、まだ眠っているメリシャをリネアに任せたフィルは、ウゼルとアイヘブを伴って、戦場の視察に出た。

 メリシャが本陣を張っていた丘の上から、カリュブ平原を見下ろす。


 連合軍は戦闘の終了後、本陣を張っていた丘から撤収し、1キロほど後方に下がって野営を行っていた。それは、今、フィルが見ている光景が原因である。


 丘の上から見下ろすカリュブ平原には、血で地面を黒く染めながら折り重なるように横たわる、ネウト兵の亡骸なきがらが敷き詰められていた。血や臓物が放つ生臭い臭いが漂い、死肉をむさぼる獣や鳥、虫たちが集まってきていた。


 戦場には慣れているフィルやウゼル、アイヘブですら、あまりに凄惨な光景にしばし沈黙する。この光景を間近にして野営したいと思う者はいないだろう。

 

「たった1日の戦闘で、…ネウト軍はほぼ全滅したということね」

「ネウト軍は、こちらが後背に回り込んでも、陣形の変更や撤退の素振りを全く見せず、ただ前へと進むもうとするだけでした。包囲が完成した後は、味方も勢いづき、止める間もなく…」


「…そう…」

 やや固い声で言うウゼルに、フィルは軽く相槌を打つ。


「フィル殿、メンフィスの市民が動員されていたというのは、本当なのですか?…確かに、ネウト兵の動きは鈍く、最低限の戦う術すら心得ていないように見えましたが…」

 しばらくの沈黙の後、意を決したようにアイヘブが口を開いた。


「アイヘブ将軍、見なさい。倒れている中に、とても兵に見えない者がたくさんいるのがわからない?」

「…むぅ、確かに…」

 倒れたネウト兵のうち半分以上が、兜も鎧もなく、粗末な衣服だけを身に着けている。その姿を見て、アイヘブは唸った。

 普通は徴用兵であっても最低限の武具と防具は支給される。布の衣服だけを身に着けた者が戦場に出てくるなど、彼の常識からすれば有り得ない。


「この度の戦で、メンフィスの市民が大勢犠牲となったことは間違いないわ。事前にもっと移住させることができていたら良かったけれど…」


「そうですな……ただ、ここに我が兵たちの家族がいないことだけでも、幸いでした…感謝します」

 当然ながら、アイヘブも含め、メネス直轄軍の兵たちにも家族をもつ者がいる。

 その多くはメンフィスに住んでいたのだが、南部州軍がネウト王国を名乗り、メネス王国と敵対する関係になった時点で、彼らは迫害を恐れてメンフィスを離れ、ギーザをはじめとするメネス王国の領土に移住していた。そのおかげで、今回の動員に巻き込まれずに済んだのである。

 移住の際には、メンフィスに交易品を運んだ帰りの船に移住者を便乗させるなど、ヒクソス側も少なからぬ協力をしていた。


「…とにかく、我が軍の勝利は勝利よ。ホルエムも王城の奪還に成功したし、…もうしばらく兵たち休憩をとらせて、その後食事を。それが済んだら、全軍、メンフィスに向けて出発する」


「わかりました」

「承知した」

 淡々とした口調で指示を下したフィルに、ウゼルとアイヘブは、揃って返事をした。すぐに自軍へと戻っていくアイヘブに対し、ウゼルはフィルの側に残る。


「フィル様、メリシャ王は…」

 心配そうに尋ねるウゼルに、フィルは小さく笑みを浮かべた。


「大丈夫。メリシャのことはわたしたちに任せておいて……これは、わたしの読みが甘かったせいだから」

「いいえ、…我らが付いていながら、このようなことに…申し訳ありません。…メリシャ様の停戦命令を即座に実行していれぱ…」


 メリシャが発した停戦命令をウゼルはすぐに実行できなかった。

 ネウト軍に勝てるという手応えを感じた兵たちの士気は上がり、勢いにのって次々とネウト兵を討ち取っていた。

 如何に命令とは言え、圧倒的な勝ち戦の最中で、それを止めて良いものかウゼルは躊躇ってしまった。その結果、連合軍はネウト軍をほほ全滅に追いやり、約1万人もの犠牲を出した。


「勢いのついた軍勢を押し留める難しさはわかるし、こちらが停戦しても、それでネウト軍が止まるとも限らない。…味方の被害がほとんどなかっただけでも、良かったよ」

 メリシャの停戦命令に従わなかったことを、厳しく叱責されると覚悟していたウゼルだったが、フィルはむしろ慰めるように言った。


 命令遵守が徹底されている近世の軍隊であっても、勝利を目の前にして勢いづいた時には、命令無視や独断専行が往々にして起こる。それほどまでに、戦場の『勢い』という魔物は御しがたい。


 こうなるのは避けたかったのが本音ではあるが、今回のネウト軍の行動がアセトの差し金だとしたら、連合軍が一方的に停戦しても、ネウト軍は文字通り死ぬまで戦闘を止めなかっただろう。


 自己の命を顧みない『死兵』との戦いは厄介だ。連合軍側も相応の犠牲を覚悟しなければならず、さらに全体での死者数がさらに膨れ上がる事態にもなりかねなかった。


 結果的には、勢いのまま敵軍を全滅させたことが、死者をできる限り少なく抑えるという点では一番良かったのかもしれない、とフィルは考えていた。

次回予定「戦後の後始末 2」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ